高橋君の恋愛事情

 高校に入ってすぐに、俺は恋に落ちた。完全に一目惚れだった。そのミステリアスな雰囲気、柔和な言葉使い、ちょっと天然なところ。表情はほとんど変わらないけど、それでもコロコロと変わる彼女の感情に、俺は釘付けになった。

 世の中に、あんなに愛らしい子がいるのかと。是非とも、お近づきになりたいと。


 ただ壁は厚かった。


 実をいうと一年生の時は同じクラスで、さらには何度か話したことがあるのにもかかわらず、彼女は俺のことを認識してくれさえいなかったのだ。まあ周りの男子から聞いたところによると、男子の名前は全員覚えられていなかったらしい。

 それでもめげずに話かけようとすると、決まって田中が邪魔をしてくるので、一年の時は全く会話ができなかった。


 二年にあがって、何かがあったのか田中が彼女から少しだけ距離を離したのだ。緩くなった警備網のおかげで、俺は週に何度か彼女と一言二言の会話をするようになった。おはようとまたねくらいだけど。


 その甲斐もあって、名前だけは覚えて貰った。ぶっちゃけ嬉しくてその日はテンション高くて友達に心配された。


 ただそれ以上になれないのが悔しい。できることなら、まずは友達として認識されたい。そのためにも俺は今日、佐藤と友達になる。


 放課後。


 球技大会で無事優勝も果たしたので、気分は爽快だ。この気持ちのまま、素直に佐藤に言おう。別に告白する訳じゃないし、まだそんなことできるほど友好的でもないし……むしろ言ったほうがいいかな? いやでもあの佐藤だからそういうことは疎いだろ。余計なこと考えないようにしよう。


 試合が終わった後に、佐藤が一人になったところを見計らって場所を伝えた。校舎裏とかだとなんか変な空気になりそうだったから、中庭のベンチに呼びだした。それも皆が帰ったであろう夕方位に。


 取り敢えず条件は揃った。佐藤に頼んで田中は連れてこないように言ったし、バレないかぎりは大丈夫なはず。でも佐藤が言っちゃうかもしれないんだよな~。絶対あいつそういうところありそうだからな~。


 不安になりながらも、俺は佐藤を待った。だがどうしても落ち着かず、スマフォで何度も時間を確認してしまう。まだ時間まで後10分もあるのか。長すぎる。


 むしろ来なかったらどうしよう? 行かなくてもいいかなとか思われたかな? そうなったらだいぶへこむ。たぶん三日は引き摺る。


 不安で胃が痛い。早く時間を過ぎてくれ!


 俯いてただただ時間が過ぎるのを待っていると、唐突に声がかかる。


「あっ、高橋君。おまたせ~」


 その声に、勢いよく顔を上げた。そこには、佐藤が無表情で俺のことを見下ろしていた。後ろから差し込む夕日に照らされて、彼女の黒髪が紅く輝き、いつも以上の美しさを放っている。

 綺麗過ぎて。俺はいままでの思考が吹っ飛んだ。


「……大丈夫?」

「えっ!? 大丈夫! うん大丈夫!」


 わたわたと手を振って、平気であることを伝える。佐藤を見て固まってたなんて、恥ずかしくて言えるわけもない。


「すまん。急に呼び出して」

「いいよ別に~。私も気になってたから」

「……えっ?」


 気になってた? 何を?


 予想外の切り替えしに、また思考が止まる。

 いや待て、ちゃんと考えろ。ついこないだまで名前すら憶えてもらえなかったやつだぞ? いい方向に捉えようとすんな!


「どうかした?」

「いや……気になってたって?」

「高橋君」

「……俺?」

「うん? ……へん?」


 へんどころか凄く嬉しいんですが!

 なんだ? これはなんなんだ!? 好きな子が自分のことを気にしててくれたのか!? これはどっちなんだ!? いい方向に捉えちゃってもいいのか! いやむしろここはいい方向に捉えちゃってもいいんじゃないのか!

 佐藤は嘘をつけるようなやつじゃないはず。つまりは本当に俺のことを気になってくれてたんだ。いける。なんだかいけそうな気がする。友達すっとばして恋人になれる予感がする!


「佐藤!」

「ん?」

「今日お前を呼んだのは聞いてほしいことがあるからだ」

「うん、何?」

「あの……」


 心臓の音が煩い。体が熱い。凄く緊張してるせいで声が震える。でも、伝える!


「俺――」


 その時、彼女の遥か後方。校舎の正面玄関口のところに、女生徒の誰かが立っているのが見えた。正直遠すぎて誰が立っているのかはよくわからなかったが、彼女から発せられる真っ黒なオーラが、俺をどん底の現実に引き戻してくれた。


 田中智恵。彼女のおかげで、熱くなった頭が冴え。冷静さを取り戻させる。


「俺。お前と友達になりたいと思ってるんだ」

「友達?」

「うん。駄目か?」

「いいよ。私も男友達いなかったから、ちょっと嬉しいかも」


 表情はかわってないけど、それでも嬉しいんだということは察することができた。そう。これでいいんだ。もし告白なんかしたら振られてただろうし、なにより田中に殺される。たぶん友達程度なら生きれるはずだ。


「じゃあ、そういうことだから」

「あっ、待って」


 立ち上がって帰ろうとしたところを、佐藤に止められる。彼女はスマフォを取り出して、通話アプリの一つ、ラインを開いて俺に向ける。


「友達記念。交換しよ?」

「……おう!」


 今はこれでいい。だって好きな子の連絡先をもらったんだから、たぶん三日はこのことだけで喜べる。


「じゃあ私。ちーちゃんと帰るから」

「ああ、またな」

「うん。またね」


 彼女が去った後、ラインに追加された佐藤真澄の名前を見て、嬉しくてガッツポーズをした。

 それを通りすがりの先生に見られて、凄く恥ずかしかった。

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