第11話 ドライブシート

 ゾウさんのじょうろやバケツといった幼児用の遊び道具。

 それらが青いビニルシートをかぶせられた状態で原っぱにおかれたのは、三年前のこと。

 たまには子どもたちがやってきて、それらを用いて遊びに興じるのだろう。初めはそう思っていたが、数か月たっても、彼らは来なかった。

 ほかにも気になるものがあった。

 子どものための特別座席である。

 法律が改まり、幼児を車に乗せるのに特殊な座席を用意しなくてはならなくなった。決して安価な代物ではないはずだ。

 (どうしてあんなものをうち捨てているのだろう)

 お隣さんの庭とは、何のへだたりもない。見ようと思えば、簡単に見られた。

 一年、二年と月日が経っていった。

 三年目の早春の時分。

 「おまえ、気が付いているだろうけど」

 台所で朝食の用意をしはじめた妻に、わたしは話しかけた。

 「なによ。主語をいわないなんて。わかんないじゃない。あんたらしくない」

 「うん。ちょっと聞きづらいんだ」

 「いつだってずけずけ言ってるくせに、もう。どうしたのよ」

 「じつは、我が家につうじている小道わきにあるもののことさ」

 そう言ったとたん、みちえが口をとざした。

 まな板を打つ包丁の音が、一段と高くなる。

 湯呑に残っている茶湯を、急いですすり終えたわたしは、さっと立ち上がった。

 奥の間に行き、箪笥からお気に入りの防寒服をひとつえらんで着た。

 よしっと声をかけ、玄関の戸を開けた。

 ひんやりした風が襟元に入りこんできて、わたしは首をすくめた。

 まっすぐ前をむき、町道までおよそ五十メートルの砂利道を歩いていく。

 朝陽を受け、霜柱がきらきらかがやいている。

 「お・じ・ちゃん」

 ふと子どもの声がかすかに聞こえたように思え、わきを向いた。

 だが、四方に伸びた梅の小枝で、青いビニルシートが見えない。

 (子どもがこんな寒い朝に遊んでいるわけがないしな。俺ってばかだよ)

 わたしは歩きつづけた。

 「おじちゃん、おとなりのおじちゃん」

 たしかに女の子の声。いつもよりよわよわしい。

 思わずわたしはふり向き、声がした辺りに目を凝らした。

 長い間雨ざらしになっているドライブシートに、見覚えのある黄色のセーターを身につけ、赤いスカートをはいた少女がすわっている。

 (以前より彼女の体が大きくなっている)

 幻を見ているにちがいないと思い、わたしは両手でまぶたをこすった。

 「ありがとう、遊んでくれて」

 彼女が右手をあげたので、わたしもそうした。

 「ああびっくりした。突然手なんかあげるんだもの。いったいどうしたのよ。マフラーを忘れたからって、わたし、追いかけてきてあげたのよ」

 みちえの大声に、われに返った。

 「ああそうなんだ。どうもありがとう。わるかったね」

 どうもありがとう、にわたしは力をこめた。

 

 

 

 

 

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