第8話 ブルー

 今年は、から梅雨模様。

 紫陽花がどことなく元気がない。

 「かわいそうにね。雨が欲しいでしょう」

 真由は前かがみになると、彼女の胸辺りまで伸びた一本の枝を引き寄せ、小ぶりの青い花にそっと顔を近づけた。

 鼻からすうっと息を吸いこんでみる。

 ベンチにすわり、さっきから彼女の様子をじっと見つめていた浩二が、

 「匂うんだっけ、あじさいって。まるで嗅いでるみたいだけど」

 とほほ笑みながら訊いた。

 (匂わないの知ってるくせに、浩二ってデリカシーが乏しいんだから)

 彼女はそう思いながらも、彼に話を合わせた。

 久しぶりのデートである。ちょっとのことで、ふいにしたくなかった。

 「匂うわよ、もちろん。あなたも嗅いでみたら」

 真由の答えに、浩二はにやっとし、

 「うそだろ。匂うもんか。前に嗅いでみたことあるもの」

 と怒ったように言った。

 彼女はこの日あまり体調が良くなかった。それでも、常日頃、ふたりの将来の生活のために懸命に働いている彼のことを考えて、会うことにしたのである。

 一事が万事。

 そんな言葉が彼女の脳裡にふわりと浮かんだ。

 (ひょっとしたら、この人は私と合わないのかも)

 別れた方がいい、と呼びかける心の声に、戸惑ってしまう。

 「ここには青いのと赤いのがあるけど、まゆはどっちが好きだい」

 人の気持ちを考慮せず、自分ばかりがばんばんしゃべってくる。

 「そうね。今は、どちらかというと青いのがいいかな」

 彼女としては黙っていたいところだが、無理して答えた。

 「どうして、今はなんだい。赤いっていうか、薄紅色だって、とってもきれいだよ。ほら、ここのは、青いのと赤いのが半々につくってあるよな。土が酸性かどうかがはっきりわかるね」

 彼は農家の長男。バイオ技術に興味があり、今は県の農業大学で学んでいる。

 俺はなんだって知っているんだ、という雰囲気が伝わってくる。

 一種の傲慢さを感じ、彼女はますますいやになった。

 「女の気持ちがあまりわからないのね。浩二って」

 「どうしてさ。こんなことくらいで、よく判断できるね」

 「できるわよ。女心って、とっても微妙なの。単純明快な男には逆立ちしたってわからないでしょうよ」

 真由はむしょうに腹が立って来た。

 わきにあった小ぶりの薄紅色の花のくきを左手でつかみ、ひとつふたつとむしりはじめた。

 「あっ、何すんだい。かわいそうじゃないか。きみがそんなひどい人間だったなんて、俺、思わなかったよ」

 「あたしの方がずっとかわいそうなのよお。だってデートの相手がちっとも私のことを考えてくれないんですもの」

 彼女は目に涙を浮かべながら訴えた。

 


 

 

 

 

 

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