第6話 穴
どれくらい長く、暗い穴の中をはいずり回っていただろう。
男は、あやまって、林の中にあった穴の中に落ち込んだのは覚えていた。
高価なカメラを持ち込んで野鳥を写そうと、最寄りの山に分け入ったのである。
落ちる際、自分の身もかえりみず、両手でささげ持ったいたから、身体のあちこちを傷つけてしまった。
とりわけ後頭部がずきずきする。
手で触れると、ぬるっとし、嗅ぐと鉄さびの匂いがした。
手も足も、どこからどこじゅう、泥だらけだ。
これじゃ、すぐに化膿してしまうとチィと舌打ちした。
とにかく早く穴から脱出しなけりゃ、と男はあせった。
穴は思いのほか深い。
何度も這いあがろうとするが、そのたびにずるずる底まで落ちてしまう。
しかたがないから、横穴を掘ることに決めた。
初めは落ちていた枯れ枝を使った。
案外やわらかい。
これなら両手を使った方がはやいと思い、試みるとまたたく間に一メートルくらいの横穴ができた。
男はなんだか楽しくなってきた。
ずんすんほりすすんだ。
ボトンと彼の頭に落ちて来たものがある。
ムカデでもあったら大変だ。
あわてて頭を大きく振るった。
壁にあたって、ぐしゃっとそれがつぶれた。
辺りに生臭い匂いがただよう。
まだ、もぞもぞうごめいている。
暗闇で見えるのが不思議だと男は思う。
猛烈に腹が減って来て、それを右手でつかんで口に入れた。
むしゃむしゃとほうばる。
細くて長い生きものだった。
味はない、というか、ほとんど土に似ていた。
その頃になると、早く家に帰って、家族を安心させたい気持ちが薄らいできた。
ただ、むやみやたらと土を掘りたいのだった。
首につるしたカメラが、そのたびにぶらぶら揺れる。
男はむりやり首からカメラをひきはがし、地面にたたきつけた。
こんな穴の中に長くいると、目は退化し、逆に手足は進化するのだろうなとのんびりと考えた。
どのくらいの時間が経っただろう。
男は頭の上が妙に明るいのを感じた。
土の層が薄いのだろう。
やった、これで出られると大喜びで土くれをひっかいたら、ごぼっと塊が落ちて来て、顔におおいかぶさってきた。
さっと光が差しこんで来て、まぶしくてたまらない。
まるで目がつぶれるようだ。
ひょいと地上に頭を出してみると、いきなりガツンと来た。
固い棒で殴られた感じだ。
「おい、でかいやつがいたぞ。まるで怪物だ」
ま上で子どもの声が聞こえた。
サクサクと落ち葉を踏む子らの足音が近づいて来る。
男はあわてて首をひっこめると、地中深く逃げこんだ。
あんまり上手に掘るので、自分でも驚く。
毛むくじゃらでぼってりしたピンク色の手を見て、あっと思った。
顔を手でそっと触れると、低いはずの鼻が、つんととがっていた。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます