calling

○1 ☓☓湖・外観(日中)【夢】

   青々しい森林に囲まれている湖。

   手前側の湖畔にボートハウスと浮桟橋。

   湖の入り口に立て札。

   S「☓☓湖」

   湖奥手の水面が、小さく盛り上がってくる。


○2 同・湖上【夢】

   中央分け目の長髪女性――中原雪那なかはらゆきな(16)の頭部がゆっくり水面に出てく

   る。

   鼻頭まで水面上に出ると、閉じられていた目をパッと見開く。


○3 山ノ目家・悟の部屋(朝)

   ベッドで寝ているやまさとる(17)。

   悟、ハッと目を見開く。

   屋外から蝉の声。

   悟、身を起こし、頭を押さえる。

悟 「……まさか」


○4 同・リビング

   食卓についている悟と父・山ノ目鋭輝えいき(46)。悟はスマホを操作している。

   鋭輝は新聞を読んでいる。

   スマホを見ている悟、表情が恐ばむ。

悟 「……ねえ、☓☓湖って、俺、行ったことあったっけ?」

鋭輝「藪から棒だな」

   台所で味噌汁を味見中の山ノ目千鶴ちずる(41)。

千鶴「あら、懐かしい。昔、お父さんとよく行ったわね、ボートデートしに」

鋭輝「(気恥ずかしさを紛らす咳払い)」

悟 「(溜息)で、どうなの?」

千鶴「冬にハクチョウに餌あげに行ったりしたわよ。だいぶ小さい時ねぇ。なん

 で?」

悟 「ううん、なんでも。――(安堵の笑みで、ぽつりと)なんだ、見たことある場

 所か」

鋭輝「……(悟をじっと見ている)」

   と、室内隅にある家電が鳴り出す。

千鶴「朝っぱらから誰ぇ? 悟、お願い」

   悟、スマホを食卓に置き、立ち上がる。

   悟、家電に出る。

悟 「はい、もしもし」

   受話口から、水の中のようなボコボコとした異音。

悟 「……?(不審げ)」

   受話口から女性(雪那)の声。

雪那の声「(か細く)私を見つけて」

     ☓   ☓   ☓

   (フラッシュバック)

   水面から頭を出している雪那。

     ☓   ☓   ☓

悟 「ッ!?」

   悟、受話器を叩きつけ、電話を切る。

千鶴「ちょっとちょっとぉ?」

悟 「……間違い電話だった」

千鶴「もう、乱暴なんだから。――じゃ、ご飯できたから運んでちょうだい」

   悟、台所に向かう途中、立ち止まって鋭輝を見る。

鋭輝「――(何か問たげに悟を見ている)」

悟 「……(目をそらし、歩みを再開)」

   食卓に置かれたスマホ。

   その画面。画像検索バーに『☓☓湖』の文字と、シーン1と同じ場所の写真が

   何枚か表示されている。

   BGM。ショパンの『ノクターン第2番 変ホ長調 Op.9-2』が流れだす。(後

   続シーンへ続く)


○5 ☓☓湖・水面(日中)【夢】

   手こぎボートが一艘浮いており、その上で悟が仰向けで寝ている。


○6 同・手こぎボート上【夢】

   ラジオが、座板に置かれている。

   ラインを垂らした釣り竿が、ボートの縁に固定されている。

   悟、目を覚ます。身を起こして首を巡らせ、釣り竿を見つける。

   釣り竿が、大きく二度、しなる。

悟 「(ぽつりと)上げなきゃ……」

   悟、釣り竿を手に取り、リールを巻き始める。

   ギリギリと重い音を立てるリール。大きくしなっている竿の先端。水中の奥深

   くへ潜っているライン。

   ノクターンを流していたラジオが、自動できゅるきゅるとチューニングされ、

   ニュース報道の音声に切り替わる。

男性の声「――行方がわからなくなっているのは、☓☓市に住む、高校一年生の中原

 雪那さんです」

   水中奥から、膨らんだスクールバッグが浮かび上がって来る。

   悟、縁に掴まり、水面に手を入れる。

男性の声「今月13日、雪那さんは高校から帰宅途中、自宅最寄りの駅で、改札を出

 る姿が防犯カメラに捉えられたのを最後に、行方がわからなくなっているとのこと

 です」

   ボートの床に引き上げられた、膨らんだスクールバッグ。ウサギのぬいぐるみ

   が側面に吊られている。

男性の声「雪那さんは制服姿で、ウサギのマスコットが取り付けられたスクールバッ

 グを持っていました。携帯電話に掛けても、呼び出し音がならず、現在も、つなが

 らない状態です」

   悟、棒立ちでバッグを見下ろしている。

   スクールバッグのジッパーがひとりでに開き出す。


○7 スクールバッグ内部からの視点【夢】

   ジッパーが下がっていく。バッグの口が徐々に開かれ、空が垣間見えてくる。

   そして、恐れおののいている悟の姿が露となる。

男性の声「警察は、雪那さんが何らかの事件に巻き込まれた可能性があるとみて、本

 日から公開捜査を行うことに――」

   ラジオの音声がプツッと途切れ、

   ジッパーが開ききり、

雪那の声「私を見つけて」


○8 山ノ目家・悟の部屋(朝)

   ベッドで寝ている悟、弾かれるように上半身を起こす。

   屋外から蝉の声。悟の荒い呼吸。

   掛け布団に水滴がポツポツしたたる。

   悟、汗まみれの顔を埋める。

悟 「嘘だ……(顔を振り)嫌だ嫌だ嫌だ」


○9 テレビ画面

   日曜朝の報道番組の映像。

   制服姿の雪那の写真(学生証写真)が、一面に映しだされている。

   画面右上のテロップ。

   S「☓☓市の女子高校生 行方不明」

   画面下のテロップ。

   S「高校1年 中原雪那さん(16)」

男性キャスターの声「雪那さんは制服姿で、ウサギのマスコットが取り付けられたス

 クールバッグを持っていました。携帯電話に掛けても、呼び出し音がならず、現在

 も、つながらない状態です」


○10 同・リビング

   悟、行方不明者報道を映すテレビの前で、愕然と立ちすくんでいる。

悟 「……同じだ」

鋭輝の声「呼ばれたんだな?」

   悟、振り返ると、背後に鋭輝が立っている。

悟 「……(顔を伏せ、小さく頷く)」


○11 同・座敷

   鋭輝、仏壇の前に座り、線香をあげている。

鋭輝「変わってやれればいいんだが、やはり孫へと引き継がれてしまうようだな」

   仏壇に、祖父・山ノ目玄治げんじ(78)の遺影が飾られている。

   悟、鋭輝の後方に立っている。

悟 「……(暗い顔で俯いている)」

鋭輝「(振り返り)悟、手順はわかってるな。祖父さんから聞かされた通りやればい

 い」

悟 「(食って掛かる)俺が行かなくったって警察が――」

鋭輝「〝警察が回収できるのは肉体だけじゃ〟――だったろう?」

悟 「……(また俯いている)」

鋭輝「☓☓湖、なんだな?」

悟 「……(頷く)」

鋭輝「水の中なら、早いほうがいい。親御さんのためにも」

悟 「……少し、考えさせて」

   悟、座敷から廊下に出て行く。


○12 同・リビング

   千鶴、ひとりで食卓に着き、テレビを見ながら朝食を食べている。

   悟、入室。

千鶴「なにしてたの? 食べちゃってたわよ。お父さんは?」

悟 「座敷で線香あげてる。もう来るよ」

千鶴「そう」

   悟、食卓に移動していく。

   と、家電話が鳴り出す。

   千鶴、テレビのリモコンを操作しつつ、

千鶴「悟、立ってるついで」

悟 「……(立ったまま家電を凝視する)」

千鶴「(テレビ見たまま)悟」

   悟、深く息を吐き出し、受話器を取る。

悟 「……もしもし」

   受話口から、水の中のようなボコボコとした異音に続き、雪那の声。

雪那の声「(か細く)私を見つけて」

悟 「……(目をギュッと閉じ、受話器を持つ手が小刻みに震わせている)」

千鶴の声「心配ねぇ……」

   悟、千鶴を見る。

   千鶴、テレビを見ている。


○13 テレビ画面(中原家の客間)

   シーン9と別な報道番組の映像。

   雪那の母・中原那穂なほ(43)が、記者からインタビューを受けている。

   画面右上のテロップ。

   S「高校1年生 13日から行方不明

     無事を祈る家族」

   画面下のテロップ。

   S「雪那さんの母 那穂さん(43)」

   ハンカチを手に、涙ながらの那穂。

那穂「娘が、雪那が、一刻もはやく、無事で帰って来てくれることを、祈るばかりで

 す。どうか、ご協力、お願いします」

   那穂、深々と頭を下げる。


○14 戻って、山ノ目家・リビング

   食卓でテレビを見ている千鶴。

千鶴「はやく帰ってくればいいわねぇ……」

   悟、受話器を耳に当て、千鶴を見ている。

   受話口から雪那の震える涙声。

雪那の声「うちに帰りたい……」

   鋭輝、リビングのドアを開けて入室し、悟を見る。

   悟、鋭輝を見て、受話器に、

悟「……わかった、迎えに行くよ」

   鋭輝、悟に頷き、食卓につく。

雪那の声「……ありがとう」

   通話が切れる。

   悟、受話器を家電に戻す。


○15 タイトル『calling』


[END]

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【シナリオ】 calling のうみ @noumi

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