第二話 始まりの街Ⅱ
「いらっしゃい、今日は何が必要なんだい?」
道具屋のNPCは、時間が経つと同じ台詞を繰り返す。俺達が店内に居る限り、何度でも言うだろう。
ちょびヒゲの中年男性はリアルのヨーロッパ辺りならどこにでも居そうな顔で、常に俺達の方向へ身体を向ける。
オーバーオールにエプロン、ビール腹を突き出して、よくある雑貨屋の風景に馴染む服装の亭主だ。
「とりあえず、俺はテントを買っておくかな。」
スライムのインベに金貨袋満タンのヤツ、一つ入れてあってほんとに良かった。所持金5万G也。
まさかこんな事になってるなんて思わなかったからなぁ。
買い物はインベに金が入ってさえいれば、金貨袋を出さなくても引き落としで買えるんだぜ。
「俺、金は全額銀行に預けてある、どうしよう……、」
途方に暮れたように、情けない声で海人が言った。
銀行はもう少し奥になる。この状態の街をあそこまで移動するのはちょっと無理だろう。俺一人ならまだしも、海人を守りながらというのは、ちと危険が大きすぎる。一発でもダメージ食らったらリアルがヤバい。
「金なら俺が持ってる、お前は便乗しとけ。」
テント一つの為に危険を冒す必要はないさ。
買ったばかりのテント5つを海人に押し付けるように渡した。テントはゲーム内24時間の使用期限付きだ。リアル24時間がゲームでは48時間になる。まぁ、陽が沈むのがやたら早いだけで体感とかは何も変わりゃしないけど。
バグが激しい現状、ペットのインベに入れてたり銀行に預けてある状態の奴は不味いことになる。ペットは呼び出し不可の状況で、銀行はこの街では到達が難しく、別の街の銀行へ行くには徒歩で時間が掛かり過ぎる。このあたりのエネミーは初心者向けの弱いヤツばかりで、ほとんど金にならない。街のエネミーは強すぎて斃すのは命懸けだ。
そして、プレイヤーは何か食わなきゃスタミナゲージがゼロになって動けなくなる。今まではスタミナドリンクってアイテムで急場を凌いできたんだが、コイツもそろそろストックがヤバい。売ってる場所は銀行の横だ。
詰んだな、こりゃ。外の連中が暗い顔してんのも頷けるぜ。
ここでこうしてても埒が明かない、外の連中と合流して対策を練るべきだな。
そうなると。
「まずはここを安全に切り抜ける方法を考えないとな。」
とにかく異常なくらいにエネミーが涌いてる、あれを何とかしない事には危険すぎる。強行突破のシミュレートを何度考えてみても、海人が無傷で出られるという確率が上がらない。
オートセーブは3パターンだ、ログアウトした地点と、街へ入った瞬間。そんでテントの中に入った瞬間。
この街自体がバグってる今、ここで死ぬのは非常に不味い。何がどうなるか見当も付かん。下手すりゃプログラムで引っ掛かって永久ループなんて洒落にならん状態もありえる。リアルは植物人間決定だ。高速で処理されるルーチンワークの中でたらい回しになった挙句、ゲーム世界でも復活できず、リアル世界にもログアウト出来ない、最悪はそんなパターンだって有りうる。
絶対に、死ぬことは避けなきゃいけない。
「海人、俺が出て周囲のエネミーを片付けるから、お前はここで待機してろ。」
普通はリセットが掛かって、プレイヤーがダンジョンを出たらエネミーの状態も元に戻るはずなんだが、その辺りのプログラムもおかしくなってるんだろうな。涌いたら涌きっ放しか。
その上、死ぬことを恐れるプレイヤーたちは、街へ入ってもほとんど戦闘せずに逃げてるだろうから、増える一方ってことだ。俺ならここの雑魚エネミー程度はどうという事もない、ただ、あと数個しかないスタミナドリンクがなぁ……。
よし。決めた。
「海人、俺はまずスタミナドリンクを買い足してくるから、お前は絶対にここから出るな。戻ったら、周囲のエネミーを片付けて、一旦街の外へ逃げる。大通りしか片付ける余裕はないから、他の場所とか見るなよ、解かったな。」
「うん、目が合ったら拙いもんな。解かった。」
エネミーは敵を見失ったら、その場から半径5mくらいの範囲をうろうろとうろつき回るだけの行動を取る。目が合わない限り、向こうはこちらを感知出来ないから、横切ることも可能だ。エネミーの視界は狭く、まっすぐ目の前のラインの物しか索敵(み)ることが出来ないから、その範囲に入らなければいいんだ。実際の視界じゃなく、座標の相関関係で決まる。索敵範囲は大抵が楕円形に、目のある方向に広がっている。だから見晴らしが良いとかは関係ない。
じゃ、行動開始といくか。
店を出た俺をさっそく発見したスケルトンオーガが二匹、小走りにこちらへ向かってくる。手にした棍棒を振り上げ、雄叫びを上げているにも関わらず、その傍の数匹のエネミーたちは知らん顔だ。これが本物の生物とAIとの違いだ。仲間の行動の異常によって、異変に気付くということは無い。
俺は店の戸を背に、二匹を迎え撃つ。へたに動けば他の連中の視界に入ってしまうからな。
目の前に来たオーガが俺に向かって同時に棍棒を振り下ろす。一匹には、向こうより早くパンチを、もう一匹の攻撃は寸で避けた。攻撃判定は早い方が優先、一匹目の攻撃はキャンセルになり、俺を殴る前に棍棒は透明になって消えた。ばらける骨の塊を横目に見ながら、再び襲ってきたもう一匹にも同じようにパンチを入れてやる。バラバラになって飛び散った。
ふーぅ、と息を吐いて一旦、店の中へ戻る。
「よし、」
何か言いかけてたショタっ子を無視してすぐさま外へ飛び出した。
うしっ! エネミーの即時二度涌きはなし! イケる!
斃すしりから涌いて出てこられちゃ堪らねーからな。バグの程度を見極めながらでないと迂闊な行動は出来ん。
あとは、と。
普通は通れるはずがないんだが、バグってる今ならもしかする。店のひさしに手を掛けて、よじ登ってみた。
イケるじゃん!
屋根伝いで銀行まで行ければラッキーだ。そう思ったんだが、甘かったね。屋根には屋根で、うじゃうじゃとエネミーが涌いてやがったよ。これ、街全体が完全にダンジョン化してやがる。
まー、下の通りをバカ正直に行くよりは、屋根の上のほうがまだエネミーの涌きは少ないってくらいか。
さすがは廃人向けダンジョン。鬼畜具合に運営の本気を見たぜ。マストダイ、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます