第三話 始まりの街Ⅲ
屋根の上にもエネミーが居る。
俺はテキトーに進路を塞ぐ奴だけを倒し、屋根から屋根へと飛び移りながら移動した。
こいつらに関わってたら、いくらスタミナ消費しても足りん。
銀行は街の少し奥にある。そして、大通りの延長上にはログアウト地点である中央広場があるわけで。
このまま、一人だけでログアウトしてしまおうか、と、悪い考えがよぎった。
いやいや、店の中に海人を置き去りにしてるし、外にはまだ多くのプレイヤーが取り残されてる。
俺のチートは偶然だが、この街のエネミーを倒せる数少ない戦力だろうとも思う。
一人だけ助かればいいって問題じゃないよな、これ。
それでもまぁ、下見がてらに奥を見てくるのもいいか、と思っちまったんだ。
銀行の屋上を越え、さらに奥の屋根を次々と渡る。
開けた土地が見えた。
けど、同時に、見たくも無かったモンまでが、目に飛び込んできた。
広場が狭く感じるほどの巨体がうずくまっている。
暗黒竜。
【始まりの街ダンジョン レベル:プレイヤーマストダイ】
満を持して実装された廃人ご用達ダンジョン、雑魚エネミーがそれまでの各ダンジョンボスクラス。
最深部のダンジョンボス、暗黒竜の腹の下に、ログアウトに必要な魔法陣が下敷きになって隠されている。
俺はようやく周囲に群がるエネミーを一掃し、屋根の一角で、空を見上げて呪いの言葉を吐きだした。
「死ね! 運営!」
異常事態だ。バグの状態が、どうしようもなく最悪すぎる。
ふと、このまま俺達は運営に、いや、社会に見捨てられようとしているんじゃないか、そんな事まで考えた。
暗黒竜を斃さない限り、その下の魔法陣が姿を現すことはない。
近付いても、暗黒竜に殺されるだけだ。下手にログアウトしようとして、無限ループに嵌ったらそれこそアウト。
けど、倒すといってもアイツはレイドボス最強だ。廃人プレイヤーが数十人掛かり、何度も死に戻りしながらでようやく倒せる強敵で、そして今は、高いダメージを食らうわけにいかないデスゲームの中だ。
景虎のチートでも、たぶんどうにもならない。
それだけじゃない、死に戻り自体も危ないかも知れない。そこら中がバグってる状況だ、復活の手続きをプログラムの中で延々と演算され続けるループに落ち込んだら、それでもうリアルもバーチャルもアウトだ。
このまま、ゲームに閉じ込められたままだと、恐らくはリアルの身体の方が衰弱死か。
いや、家族が経済的に追い詰められて安楽死ってことも。くそ、保険の規約ちゃんと読んどきゃよかった。
リアルの世界でも俺達には手出し出来ないまま、見守るしかない状態なのかも知れない。
大騒ぎになって、ニュースとかで連日報道されていたりするんじゃないか。
でも、打つ手はないんだろう。あるなら、とうに助け出されてる。
ゆっくりと、確実に死んでいく。
本当のデスゲーム。
屋根の上にしゃがみ込み、しばらく考え込んでみたものの、何も思いつかなかった。
絶望まではしてない。いや、あまりの事で感覚がマヒしたんじゃないかと思う。そっちのが正しいかな。
このまま座ってても仕方ない、一旦、海人を拾って街の外へ出るか。
リアル外の世界と通信する方法さえあれば、どうなってるのか状況も解かるんだけどな。
当初の予定通り、俺は銀行横の魔法店からスタミナドリンク100本と、魔力回復薬100本を買い込んだ。両方、インベは1マス、重ね置きで20本づつに纏まるから助かる。
俺はスライムでも景虎でも魔法は使えないから不要だが、海人やルナには必要になるかも知れないからな。
ついでで銀行にも寄り、邪魔にならない程度で資金を調達しておく。次にまた金が必要になったら、此処へ来るだけでも骨が折れるからな。武器の類をすべて売り、空にしたインベには薬と金を詰め込んだ。
インベントリもバグってて、景虎のインベは広いはずが、元々のスライムの小さいのしかない。わずか16マスだ。
ここに金貨袋2×2が1つ、薬類と余った場所に金貨を詰めて、所持金は5万と100Gになった。
おっと、ついでに着替えておくか。
今の執事服なんてのは何の効果も付いてない、防御も低いシロモノだからな。ま、着替えたところで表面上は変わりゃしないんだろうけど……。
イベントで貰った装備に着替えよう。アーマー類は全滅だ、くそう、アサシン用の黒ずくめだけか、装備可能品。
お、見た目変わらんと思ってたら、ちゃんと反映された。着替えられた。
黒髪、黒目、黒いカーゴパンツに、黒のショートブーツ、黒いレザーベスト、両腕にぐるぐる巻いた黒い布、そんで口元を隠す黒のショール……マフ? やたら長い布を首に巻いて、とにかく真っ黒スタイルだ。けどコイツはいい、双剣が装備可能になる。
そして、スキル【投擲】が付いてくる。投げた武器は消えちまうが、攻撃力MAX+武器攻撃力MAXが、敵の防御率無視して突き刺さる。
だが、これでもあの暗黒竜には勝てないんだ。インベの限界までアイテム積んで挑んでも、敵のHP削り終わるまでにアイテムが底をついて、俺のスタミナが切れちまって終了だ。
銀行と往復って手が使えりゃ、なんとか行けるかとか思ったんだが。ドアを閉めたらリセットされた。斃したはずの雑魚エネミー、元の位置に戻ってやがったから、これも望みが絶たれた。せめてインベが景虎のだったらなぁ。
レイドボスなんてのは、そもそもソロアタックなんざ不可能な敵なんだよな。詰んだ、完全に詰んだ。
元来た道を辿って、エネミーを躱して、なんとか道具屋へ戻る。
後は海人を連れて、街の外へ出るだけだ。
店の扉の前へ降りると、すぐに二匹のスケルトンオーガに気付かれる。あいつらがアクティブでのこの位置のカバー担当ってことだ。カタカタと音を立て、雄叫びを上げながら走ってくる。
装備はまだナックルのままだ。インベを圧迫したくないからな。二匹を軽く瞬殺。
視界に入る位置のエネミーが片付けば、後はなんとでもなる。もう一度俺は店へ入り、海人を呼んだ。
「すまん、一匹ずつ釣ってくれ。」
「うん!」
海人は魔法が使える、面倒だが遠距離のエネミーを一匹づつ斃すほうが確実だから手伝ってもらうことにした。
ルナにしても海人にしても、役に立てるとなると、まるで尻尾を振るみたいに嬉しげだ。
海人がぶつぶつと詠唱を唱えると指先に炎の珠が揺らぎ出て灯る。
それを器用なモーションでもって投げると、まっすぐに少し先に居る一匹のエネミーを直撃した。
吹っ飛んで、むくりと起き上がるスケルトンオーガ。
その隙に、海人は素早く店の中へ退避する。オケ、後は任せろ。
まっすぐ突っ込んでくる敵エネミーを、ナックルのパンチ一発で粉砕するだけの、簡単なお仕事です。
一匹ずつ釣りながらだからな、楽勝だ。
海人が釣り上げ、俺が殴り消し、店の周囲のエネミーがほぼ一掃されると、海人は外へ出て釣りに専念した。
そうそう、気付いた事がある。同じチームで、俺が外に居れば、海人が店内と外を行き来してもリセット扱いにはならないらしい。銀行もそうならいいんだが、実証はまだだ。攻略の一助になればいいんだが。
徐々に範囲を広げ、移動する。俺達が移動する範囲のエネミーは全て消えている状態だが、見遣れば遠くなった道具屋の店先には、元通りくらいには多数のエネミーがすでに涌きだしていた。やはりバグってやがる。
最後は、外へ通じる門へ駆けこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます