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第七話 平原レイドボス・白狼

 平原フィールドのレイドボスは白狼だ。灰色狼の群れを率いて現れ、早急に斃さないとすぐに逃げてしまう。討伐条件、時間制限付き、タイムアタック型のボスだ。群れの半数以上を残したまま、斃さねばならない。


「海人! そっちの連中引き付けといてくれ!」

「解かった!」

「ルナ! 結界張ってじっとしとけ!」

「うん!」

 ルナは戦闘センス皆無だからな。


 ボスの白狼は群れの数が多いうちは逃げない。じっとこっちを見てるとこへ走り込んで距離を詰める。

 逃げられるのが一番厄介だ。リベンジ戦で不意打ちをかけてくる時がある。

「海人! 手に余るならルナの剣使え!」


 言い置いて、俺自身は白狼に突っ込む。コイツのヒットポイントは50000、防御で8割落ちるから、景虎の素手殴りでも3発は入れる必要があるな。8割方ダウンさせられても一発ダメージ2万が入る計算だ。

 コイツは早急に斃さなきゃいけない、ルナや海人がコイツに噛まれりゃ瀕死ダメージ食らうはずだ。今は特にそんなモン食らったらショック死の危険がある。俺は防御もチートだからな、俺が適役ってワケだ。


 もっと細かい数字を知るにはスキルが要る。アサシン専用スキル【暴露】だ。普通にプレイヤー同士はスキル無しでも互いのステを覗けるんだが、エネミーのステを見るにはそのスキルしかない。Wikiにも載ってるデータだが、残念ながら俺はうろ覚えなんだ。


 MMOなんてのは分業だからな、役割分担して大人数で対処するのが王道だ。だから、エネミーなんてものは大抵、ソロでは割に合わない体力に設定されてて、無理やりソロで狩れないことはない代わりに、ソロで倒したところで旨みなんてものもない。巧いヤツなら、半日かけりゃソロで倒せる、けど、それは単なる時間の無駄だ。

 せいぜい自己満足だけだから、MMOの敵をソロで倒すなんてのは、単なる暇人か酔狂人だ。


 とにかく馬鹿デカい、家一軒くらいの大きさの白い毛皮に覆われた塊。両の紅い瞳が俺を見据える。


 おらよっ!

 最初の一撃を弱点の額へキレイにヒットさせた。こいつはここを撃たれると眩暈を起こす。反撃封じだ。

 右手の一撃に続いて、同じ個所へ左手の一撃、そんでトドメに無防備なアゴを強烈に蹴り上げた。


 白狼はもんどりうって倒れ、よたよたと起き上がる素振りを見せてから、どう、と倒れて煙のように消える。


 本来は50人くらいで取り囲んで斃すレイドボスだからな。さすがにチートで殴っても死に際演出無しで消えるほどにはならないってか。まぁ、通常なら50人がかりの数十分総攻撃で倒すのがレイドボスだから、当たり前っちゃ当たり前のことなんだが。三発で終わる景虎(コイツ)は充分異常だ。


 消えた跡に光る物質が残される。これこれ! コイツを狙ってたんだよ! 景虎に装備可能な武器!


 レイドボスを倒した特典は、トドメを刺したキャラが装備可能ななにがしかの武器だ。ボスが消えた跡の地点に、光ってる何かが出現する。ドロップ品ってやつね。超レア、てヤツ。なんせレイドボスが出る期間は決まってて、ボスにトドメを刺した、たった一人にしか与えられないアイテムだからな。


 ボスの格に合わせた攻撃力を持っていて、白狼はかなり強いボスだから、出てくる武器の数値もかなり期待できる。

 なにより、素手の攻撃力に上乗せ換算されるのが助かる。


 攻撃力99999(カンスト)の景虎の素手殴りだが、敵の防御が8割だと一撃で与えるダメージは2万ほどにしかならない。

 そこへ武器の補正で3割が戻されたら? ダメージ計算は一撃5万に跳ね上がるって寸法だ。


 本来、プレイヤーキャラの攻撃力がカンストする事態なんぞ無いわけだからな、実質、敵の防御を下げる武器補正は重要だ。本当なら、一般レベルのプレイヤーで攻撃力は3000あるかどうかってところだからな。桁が違う。

 このレベルの攻撃力を得ているのは、ごく一部の古参や廃人プレイヤーだけだ。


 キラリと光る点滅は、白狼を倒した俺を誘っている。近付けば、草の中に金属の箱が落ちていて、軽く腰を曲げて拾い上げた。

 箱の中から出てきたのはナックルだ。『ベオウルフ』、白銀に輝き、疾走する狼の刻印が刻まれている。

 補正は敵防御率低下&自己移動速度強化。移動強化は戦闘時のみ、か。回避率上昇のが良かったんだけどな。


 本来は武器それぞれに能力値ボーナスが付いているから、自分の戦闘スタイルに合わせてチョイスしたりする。デスゲームと化してる今は、そんなもんはどーでもいいって状態だけどな。

 さっさと入手したナックルを装備して、残りの狼どもを一掃する。海人一人じゃ支えきれない数だからな。


「はっ、早く! もう持たないよ! 助けてっ!」

「おう、ご苦労さん、逃げてていいぞ。」


 ルナは気が利くな、遠隔で補助魔法の防御UP、回避UP、回復、自己回復UPを適度に掛けてたらしい。


 海人も一人で10匹以上の灰色狼を引き受けてた。レイドボスの率いる灰色だからな、普通の灰色狼じゃなく、グレートウルフ(灰色)ってヤツで、初期に相手する無印の灰色狼とはベツモノだ。二回り大きくて、プレイヤーよりデカい。海人は回避に専念して、とにかく走り回って、逃げ回っている。命懸けのトレインだ。


 ルナの方へ行かないように、時々注意を引き付けるために魔法を放っていた。偉いぞ、海人。やっぱ使えるヤツだ。


 んじゃま、さっそく新しい武器の試し撃ちをさせてもらおうかな。

 ガシン、と両手のナックルを打ち合わせて、にんまりと笑ってみせた。AIのエネミーにそんな事したって意味ないんだけどさ。


 飛び掛かってきた狼の鼻っ面をパンチ一閃。声も漏らさず掻き消えた。

 続けて反対側に迫ってた一匹に回し蹴り。サークル活動の真似事程度なんだけど、見よう見まねでもさすがにチート威力だと破壊力が違うわな。ヒットした瞬間に霧散した。

 よっしゃぁ! イケる!


「景虎!」

 悲痛な叫び声に振り返ると、ルナと海人が三匹同時に襲い掛かられていた。


 一匹は海人が押さえてる。が、あと二匹は辛いな、よし。俺は口を開けて、俺の本体をむんずと掴む。

 スキルはモーションキャンセル入れない限り、中身が居なくても発動するからな。


 鉱山掘りのスキルON!

 そいやっ!


 フライング・スライム・アタック!


「ぎゃー!!」

 お子様二人がまた真っ青になった。


 ずるりと口から引きずり出された蛍光ブルーの粘着物体が、出たと同時にブワッと広がって飛んできたら、そらまぁ、軽くホラーかも知れないな。


 空を飛ぶ俺。目算通り、二人に襲い掛かる狼二頭の上へ覆いかぶさる。

 ぐるんと巻き込んで、そのまま身体をぎゅう、と収縮する。ぎちぎちになった二頭が断末魔を上げた。足止め程度と思ったが、チート離れた直後はそのまま攻撃力引き継ぐらしい。


 残りの狼は二頭、一刀の許にカイトがチート剣で叩き斬った。

 いそいそと這いずりながら俺は景虎のボディへ戻る。ぴたっ、と皮を同化させて、はい、元通り。


「びっくりしたー、景虎って中身、スライムなの?」

 海人がびくびくしながら俺のほうへ寄ってくる。


「おう、なんかバグっててな。俺はペットのスライムにINしてるとこを今回の鯖暴走に巻き込まれたんだ。で、なんやかんやとあって、なんでか知らんが景虎ともリンクしてる。」

「景虎はあたしのなんだよー。」

 ルナが能天気に割り込んだ。よせ、混乱してるだろ。


「まー、話せば長くなる上に、俺もよく解かってないから聞くな。そーいうモンだと思っといてくれ。」

「けど、さっきはほんとにびっくりした! ショック死するかと思った!」

 そーか、そいつは悪かったな。へらへら笑いながら聞いてたら、ショタっ子は本気で怒っていた。


「最初に言っといてくれたら良かったのに!」

「言ってたら、峠で殺られちまっただろ。」

 うっ、と言葉を詰まらせるショタ。


 勘違いすんなよ? もし知ってたら、もっとこじれた末に、お前は俺に殺されてたって意味だからな?


 それにしても……、だ。

 レイドボスが出てくる時期じゃないはずなんだが、色々とヤバいバグが起きてるようだな。

 さっさと始まりの街へ戻って、ログアウトした方が良さそうだ。


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