2-2

 俺はぼんやりと考え事をしながら、新たなフィールドへ踏み入った。ガラリと風景が変化する。こういうトコがまた、この世界が作り物なんだと思い出させる杜撰さで、ある地点を境に右と左でまるっきり違う景色に切り替わってしまうんだ。新大陸と旧大陸とを繋ぐ運河で、船着場があるという設定だ。いきなり何の前触れもなく船着場の桟橋に移動している。ちょいと身体を後退させたら、そこはサバンナのど真ん中。まるで異次元だ。


 幸い、船はバグっていなかった。ようやく旧大陸へ戻り、俺は街にほど近い郊外の森に辿り着く。森林公園よりもまだ明るい、想像上だけにしか存在し得ない、ありえない森だ。木漏れ日が幻想的な光を織り成し、霧にけぶる木立に薄い緑の影を落とす。毒虫の一匹、朽ちたゴミのような倒木の一本も見えない。小鳥のさえずりが遠くからの音楽のように響く。リアル世界のどこかには、きっとこんな森があるのだと、世間知らずの何人かは信じ込んでいるだろう。綺麗すぎて作り物っぽいなんて感覚は、本物を知ってるヤツだけのものだ。


 幻想的なライトグリーンに輝く森の中で、俺は運命の出会いを果たした。彼女は美しい女騎士だった。少し驚いた顔をして、出会いがしらの俺を見下ろしていた。エンカウントのような出会いだ。

 俺の身体が透明に近いブルーのせいだろう、森は保護色で、俺はきっと遠目には見つけにくいんだと思う。ばったりと出会ってしまった、素敵な出会いに乾杯したい。彼女はその艶やかなピンクの唇を開く。微笑んでいた。


「あんたなんか敵じゃないのよ、どきなさいよ!」


 あっ、と言う間もないな。彼女は腰のサーベルを引き抜いたと思う間に、俺を真っ二つに切断した。問答無用かよ。残念ながら彼女も、俺の運命の女神ではなかったらしい、なんてね。

 新大陸から帰還してこのかた、なんか出会いがしらでいきなり襲われる事が多くなった。もういい加減慣れっこだからな、斬られてやったまでだ。俺一人が電脳世界に取り残されたのかといった不安は取り除かれたものの、残っていた連中はどいつもこいつも凶暴さを増している気がした。


 目の端を吊り上げた女騎士は、得意満面に息を吐き出した。邪魔なエネミーを一体葬り去ったという顔だ。俺はエネミーモンスターのスライムと勘違いされたんだ。よく見れば頭の上に小さな性別アイコンがあって、プレイヤーのINするペットモンスターだと解かるようになってるんだけど、そんな心の余裕は無くなっているヤツがとにかく多い。俺は平気だ。バグの具合がさらに酷くなってるんだ。


「ふんっ、」

 鼻から荒々しく息を吐いて、女騎士はサーベルを鞘に納めようとしている。余裕だな。そのすぐ前で斬り捨てたスライムが二つに切り分けられたままでプルプルと身を震わせているわけだ。

 彼女は俺を、すっかりエネミーと思い込んでいる。油断しきって表情を緩めた。スライムは光の粒子となり霧のように霧散するはずなのだ、が、彼女の目の前の青い物体はいつまでもプルプルしているばかりで、一向に消える気配がない、てなモンかな。女騎士の表情が変わった。目の前のザコモンスターがなかなか消えないことに、ようやく疑問を感じた様子だった。


 喧嘩売ってんのか、いい度胸だ。


 出会いがしらのこの手の暴挙は、これで何度目だったかな。最初こそ穏便に済ませてきたけど、すでに我慢の度は越えてる。よく耐えてきたよな、俺。今はもう遠慮なく反撃する事に方針転換して、男なら半殺し、女ならくすぐりの刑と決めている。

「きゃあっ!?」

 女騎士の纏うシルバーアーマーの隙間から、二対となった俺(スライム)が忍び込む。するりと滑るように侵入し、彼女の身体にまとわりついた。脅威の二体同時コントロールは、何度も襲われるうちに気付いたものだ、現在は6体まで操作可能だというところまでは把握している。それ以上に切り刻んでくるプレイヤーはまだ居なかったから、限界は解からない。感覚的には片方に俺が居て、もう片方は遠隔操作って気分が近いか。

「ちょ!? やだなに、この変態スライム、出てきなさいよ!?」

 ようやく、名も知らぬ彼女は相手がエネミーではない事に気付いたようで、頬を赤く染めた。武器を放り出し、慌てて鎧の中に両手を突っ込み、無礼者の捕獲を試みる。もともと滑りやすいスライムのつるつるボディに苦戦して、女騎士は半泣きになっていた。俺は蛸みたいに張り付いてるからな、剥がれるもんじゃない。傍から見ればなかなかエロい画になってる事だろうが、これも今では見慣れた光景、通常運転ってヤツだ。


「や、やだ、そこダメ! や、きゃははは!」

 敏感なところをさらに敏感にするサワサワ攻撃の後に続く、くすぐり攻撃。鎧の下に着けているアンダーウェアですら、俺の触手の前には障害にならなかった。文字通りにのた打ち回り、ヘロヘロになった騎士職の女プレイヤーを開放してやると、彼女は息も絶え絶えに、それでも憎たらしい捨て台詞を吐き落とす。

「お、覚えて、なさいよ……! ばかぁ……!」

 声に艶が乗っている事に、彼女は果たして気付いているだろうか。這いつくばったまま逃げていく彼女を、手を振る仕草で俺は触手をひらひらと振って見送った。触手がまるでアメーバみたいに伸びるんだぜ、元々のペットスライムがこんな仕様なわけはない。盛大なバグだ。


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