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 ウサギの突進。

 俺は跳ね飛ばされる、また天地がひっくり返って、胃がぐるぐるして。


 胃が飛び出そうな衝撃が再び襲った。だけど、直撃を受けた時の痛みよりもかなり弱まっている、……気がした。

 オーバーキルのはずが、死んでもいない。ミリ単位しかHPは残ってなかったはずだ、偶然の削り残しなはずはない。なんだ、今の。


 同じ攻撃のはずだ、何かが変だ。

 なんか納得いかない奇妙さというか、なんか怖い誤作動なんだけど、ラッキーには違いない。


 俺は慌ててスキルを発動した。風船のように膨らんで黒ウサギを包み込む。

 ちょうどバルーンパッケージのぬいぐるみみたいに、黒ウサギは水色のボールにすっぽりと包まれた。


 バーチャルリアリティをウリにするゲームは数限りないが、操作性ってのはピンキリだからな。このゲームがRCTS(Real Connected Thinking System)採用で助かった。

 普通に手足を動かす時と同じ感覚で各種の技が使えるように工夫された、思考がダイレクトにアバター操作に連動されるシステムだ。ほとんど反射的に動ける。

 どうにか間に合って、黒ウサギは封じ込めた。やれやれだ、ふぅ。


 一昔前のゲームと違って、実際にプレイヤーがフィールドに降り立つ感覚を愉しむ事が目的となったから、いちいちボタン操作などしていられないという意見が大きくなったんだ。

 従来のゲーム性の方が好きだという変態感覚のヤツも多いけど。


 あいつらはアレだ、中空にコントロールパネルを呼び出して、昔ながらの手法でポチポチとボタンを叩くんだそうだ。

 俺は直感的にプレイ出来るRCTS、思考連結システムの方が好みだ。

 咄嗟の判断力、瞬発力で決まる、従来通りにプレイヤー自身の運動能力がモノを言うスタイルのゲームって事だけど。


 さて……と。ここからどうするか、だな。

 スキル発動したはいいが、これ、単なる足止め効果しかない技なんだよなぁ。中に入れてる間は攻撃判定なくって、どんだけ暴れられてもダメージは負わないけど。スキル解除したら、やっぱり攻撃食らって終わりだろうか。

 悩んだところでどうにもならない、よな。


 仕方ない、俺はスキルを解除した。

 膨らんでいた身体が萎み、中のモンスターは自動的に放り出され……ない。

 黒ウサギは、突然収縮して身に張り付いた薄水色の皮の中で窒息し、もがき苦しんでいた。


 なんだ、これ。

 何かが変だ。警告のアラーム音が激しく心中に鳴り響いている。

 運営からのアナウンスが耳に入る。


『ピンポンパンポーン。運営でーす。ただ今、サーバーが暴走していまーす。みなさん、お願いだから、早く出てってねーん。』


 ずいぶん省略されたもんだ。アナウンスしてんのは、運営であり、この世界の女神という設定の、人工知能、AIだ。

 焦ってる俺とは対照的な、落ち着きってか、開き直り具合のAIの声の終わりくらいにエネミーの最期の断末魔らしき鳴き声が重なった。


 やられたー、とでも言いそうなオーバーアクションの後に、黒ウサギはしっかり周囲の安全確認をしてから、どうっとばかりに横倒しになる。

 このゲーム世界じゃモンスターの死に際ってのは、何故かリアリティが搭載されてないんだ。


 最期の最期、その大きな片耳をふるりと震わせて、後は光の粒子になって退場する。呆然と俺は、最後の光が消え去るその瞬間までを見送り、何が起きたのかを懸命に考えようとしていた。


『オープン、』


 俺は心の中で念じた。嫌な予感がひしひしと感じられた。

 まさか、の念がどんどん強くなる。

 そんで案の定、目の前に開くはずの俺のステイタス欄は、開かなかった。


 体力が、防御力が、変だ。固定スキルもおかしい。

 システムの操作も出来ない。バグってる?


 慌てて思考を打ち消した。恐ろしい予測は考えるだけでも勇気を必要とする。意識が存在する限りは、感電死だけは免れているという事だ。今のところは。

 なんでもいい、とにかく街へ、指定された<始まりの街>へ移動すれば事情が解かる。今度は移動のスキルを念じ、始まりの街の名を脳裏に唱えた。

 だけど、やっぱり何も起きなかった。


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