1-3(改
何度も体当たりしたり、場合によっちゃ宙返りしたり、バーチャルのアクションゲームはアクロバティックだから調子に乗りすぎて体調を壊すなんて事もある。
船酔いみたいに酔っ払うと訴える声も多い。
俺はまぁ、三半規管が頑丈なんだろう、どれだけ無茶をしても割と平気だった。
擬似空間でも感覚そのものはケーブル越えた生身の体が感じている事だから、個人差ってのはあるんだろう。
慣れてしまえば大抵のヤツが平気になる、これもリアルと同じだ。
人間と違って、プログラムで出来ているエネミーモンスターの行動はすべてがパターンで決まっている。
攻撃にしてもそうで、だいたい三種類の強度で数パターンが用意されているものだ。だから、パターンを覚えて対処するだけの事で、慣れてしまえばただの作業になる。これが面倒くさいんだ。
戦闘のシステムは各タイトルで工夫を凝らしてあるけど、この世界はそのバランスが抜群に良い。
ゲームの戦闘が楽しいのは、初めて見る敵にはボコボコにされても、だんだん慣れて自在に動けるようになる所にある。
何度も戦って、パターンを覚えて、互角に戦えるように、相手を倒せるようになる、プレイヤーは自身の成長を感じる事が出来るんだ。
それがゲームの醍醐味だな。
だから、慣れてくれば皆、ルーズになる。
新規アバターを育てるのに、手っ取り早いからといきなり強敵に挑むんだ。
その方が経験値を多量に稼げるからな。
この黒ウサギも、そういうワケでこの辺りで一番強いエネミーだ。コイツを倒すだけでレベルは10上がる。
もう何百回と倒してきた敵だからパターンなんか覚えちまってる。
それにしても面倒だ。いい加減、俺は後悔し始めていた。
確か攻略サイトじゃ『HP200から250くらいじゃね?』なんて言われていたけど、スライムの初期攻撃力は1なんだよなぁ。あと何回殴りゃいいんだ?
200回くらい軽いとか思ってたけど、ただ殴るだけじゃなくって、確実に相手の攻撃は避けなきゃいけないっていう縛り付きなんだよな。
黒ウサギの攻撃力は32、こっちの防御力は1。体力は10しかない。
一回でも攻撃がヒットしたら確実に死ぬ。
おっと危ねぇ。強攻撃『体当たり』が俺の横を掠めていく。
「当たらねば、どうという事はないさ。」
なんてね。スライムは喋れないから、今のは俺の心の声だ。
『運営からのお知らせです。現在、ゲーム暴走が起きています。各街より速やかに脱出してください。
なお、激痛を受けた衝撃でショック死するケースが御座います、無暗に戦闘をしないようご注意ください。プレイヤー各人で協力し、なるべく多数で移動する事をお勧めしております。
チュートリアル・フィールドの<始まりの街>に、ゲームのログアウト地点を設けてあります。急ぎ、ログアウトをお願い致します。』
お気楽なメロディに負けない軽い声が俺の耳にも届いた。
軽快に響くぺたーんぺたーんに混じって、やけに明るい女性のアナウンスが曲の後に続いて、まるで何でもない事みたいにゲームの故障を謳い上げた。
まーたバグったのかよ、そう思った俺の一瞬の隙が、タイミング悪く黒ウサギの強攻撃にマッチした。
大きく腕を広げて突進してくる敵の攻撃に、完全に油断していた俺は回避のテンポを外す。アナウンスに気を取られたせいだ。
バチーン、だか、バシーン、だかのイイ音が響き渡る。
星が飛ぶ、脳震盪だ、くらくらする。
やられた、この何時間だか何十分だかがパーだ。
即死レベルを超えるダメージが入った計算で、俺は強制フィールドアウト、事前にセーブしたポイントまで時間が巻き戻って今までに稼いだ敵エネミーへのダメージもチャラ、というワケだ。
ジ・エンド、今までの作業がー。
そう思ったんだが、1ミリ程か体力残ったらしい。
ボヨンと跳ねて、なんとか持ちこたえた。
ゲームってのは色々と不条理に感じることが多いんだ。あのちっこい腕に掠ったとも思えないのに、なんでか当たった事になってて痛みまで加わる。
どこに当たったんだ、風圧かっ、て感じで痛いんだ。
アタリ判定の範囲がオカシイのが時々あるんだよな。アナウンスに気を取られた俺も悪いんだが。
攻守のリズムが狂っちまった。敵のアルゴリズムは一定だから武道の演技みたいに型通りに動けば傷一つ負わないんだが、タイミングが狂えばその限りじゃありませんって事だ。
そのくせリアリティとかをウリにしてるから、当たれば息が詰まるくらいに痛い。拘る箇所が違うだろと言いたいトコだ。
天地がひっくり返る、視界がぐるぐると回る。
跳ね飛ばされた俺は何度かバウンドした。
リアルに衝撃を体感して、酔っぱらって、吐き気がこみ上げる。
こんなところのリアリティは不要だよな。バグってるせいか、痛覚コントロールが死んでいるのか、痛みの強弱が調整されていない気もした。
頭上に星が飛んでる。比喩じゃなくって、これも演出だ。
脳震盪を示す外部コマンドで、硬直という状態異常に陥っている事を表している。
本人は至って平然としていても、ゲームのシステムで強制的に与えられるペナルティだ。VRになってから、ゲームの中の不条理はこんな風に誰にでも解かるようになった。
俺の意識は気絶なんかしてねぇし。
詰んだな。ふふ。
諦めと残念仕様なゲームシステムへの呪詛が、妙な笑いを生んだ。
次に一撃もらったら死ぬんだ、俺。ふふ。
黒ウサギは俺の前で身震いをして、大きな両耳をふるりと揺らす。そして身構えた。
せっかく、1ミリほどでも体力が削りきられずに残ったってのに、硬直して、コントロールも不能とくれば、もうどうにも打つ手はない。
次のウサギの攻撃で終わりだ。死ぬ。この何時間だか何十分だかの作業はすべてパー、レベルはひとつも上がらずに終わるんだ。
おまけにデスゲーム発生とくれば、リアルでも死ぬかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます