第6話 もう、こんなことしないで
2021年、1月6日(水曜日)のお昼、
私は睡魔に襲われていた。
「おいっ、寝るんじゃ、なーい!!」
教科書で優しく叩かれた私は、
眠気に勝てず、そのまま机に突っ伏す。
「おい、起きろ」
明日香は私の肩を掴み揺らすが
私は起きようとしない。
「ご飯できたよー」
智絵の声が聞こえ飛び起きる、流れに身を任せ階段を駆け下りる。
デート以来、私の胃袋は智絵の
作る料理にすっかり掴まれてしまった。
「何だ、アイツわ」
明日香は1人呟き、微笑む。
やがて明日香もリビングへと向った。
「唯、静かに降りて来て」
智絵がリビングに顔を覗かせた私に
頬を赤く膨らませて言った。
「ごめん、ごめん」
「御免は一回」
全く悪いと思っていない様子の私に
智絵は目をつぶりながら母のように言った。
その姿は
昼の太陽に照らされ美しく輝いている、
その顔は少し赤かった。
2人がそんな時を過ごしていると
明日香がリビングにやって来た。
明日香はスーツ姿で、手には仕事用の鞄を持っている。
明日香は午後から学校で残っている雑務をするそうだ。
「もう帰るのか?明日香?」
首を傾げて問う私に明日香が言う。
「先生をつけろ」
そんな明日香の説教に私は少し拗ねた。
「今からご飯のようだからおじゃまするよ」
明日香は手を振り玄関に向かおうとするが、智絵が明日香を引き止める。
「待ってください、ご飯一緒に食べませんか?」
明日香は1度だけ私と智絵を交互に見て言う。
「いや、円了するよ。私が一緒に食べると
洗い物も増えるし、何より智絵は熱があるから」
そう言って明日香は智絵の額に自分の額を重ねた、体温を計るように、
明日香は智絵から額を話すと優しく微笑んだ。
「よし、もう行く。唯、妹を大事にしろ。」
明日香は一瞬厳しい顔を見せ、
見送りしようとした智絵を椅子に座らせて
手を軽く振り玄関へ向った。
そしてカチャリとドアが閉まる音がして、
私と智絵の二人だけになった。
―三日後の朝、私は智絵より早起きして五時四十五分に目覚めた、
いつもとは違う朝だ。
いつもと違うことはほかにもある、
まず一つ、今私がいるのは智絵の部屋という事、
次に二つ目、寝起きにも関わらずジャージ姿と言う事だ。
私は一度、頭を整理するために昨日の事を思い出す。
―昨日、智絵の作ってくれた昼食を食べた。
メニューはとんかつ、ワカメの味噌汁にポテトサラダ、
とても美味しくて私は20分で食べ終わった。
「御馳走様。」
「お粗末さまでした。」
智絵と挨拶をかわしてから立ち上がり、
食器を台所へと持っていく、
食器を洗い終わると智絵は遅れて昼食を食べていた。
智絵の昼食は私とは違いお粥だった、
不思議に思いながら私はリビングを後にしようとしたが、
やはり気になり問いかけようとした。
「なぁ・・・とも・・・え・・・」
お粥を食べる智絵は私を見つめて・・・
「何も言わないで」という表情をした。
私は「わかった」と頷き、
勉強の復習をするために二階へと向かった。
***
私は智絵、今日は明日香先生が唯の家庭教師として
来ることになっている、アリゾナと凛はもういない、仕事に行ったみたい。
「着替えなくちゃ」
私はいつもより重い体を無理やり動かしクローゼットへと
足を運ぶ。
軽い素材でできた白く、清楚なワンピースに着替えた私は
壁に手を当てて慎重に階段へ向かう。
(少し力を抜くと倒れこみそうで怖い)
階段を無事に降りると冷蔵庫に向かい、
お茶をコップに注ぎ、飲む。
冷たく冷えたお茶が喉を通り、火照った体を
冷やす。
「ピンポーン」
お茶を飲んで呼吸を乱している私の耳にインターホンが鳴り響く。
私は玄関に向かいカギを開ける、
「明日香先生・・・今・・・あけ・・・」
急に力が抜け・・・倒れる、
倒れる音が聞こえたのか明日香先生が慌てて中に入ってくる。
「智絵!」
明日香先生は倒れた私の体を見て、
顔が赤いことに気が付いたのか、すぐに駆け寄って私の額に
冷たくなった手を当てる。
「熱・・・」
「明日香先生・・手・・・冷たい・・」
小さくつぶやく明日香先生に私が軽い愚痴を言う、
しかし、言葉に力が入らない。
「バカっ、お前のおかげでもう温かくなったよ」
私を抱きかかえてリビングに向かう明日香先生は、
とても焦った表情をしている。
「教え子に・・バカ・・なんて・・酷いですよ」
私は弱々しく微笑む。
「これのどこがバカじゃないんだ、具合が悪いなら布団に入っていろ。」
優しく怒る明日香先生に私は言う。
「明日香先生・・唯には言わないで心配するから」
私の微笑みを見て明日香先生は「わかった」とそれだけ言った。
―私(唯)は、ペンをクルクルと廻していた。
勉強を始めたのは良いものの、集中力が完全に切れている。
それというのも、昼食を食べた後、
「晩御飯、何だろう」などご飯の事でいっぱい、いっぱいだからだ、
それほど智絵の料理はおいしい。
智絵のご飯を食べれば五時間ほどはご飯の事で頭がいっぱいになる。
メニューに合わせたドリンクも最高だ。
そんな調子で昼食の事を思い出していると、
ふと気になる言葉が頭をよぎった。
「熱があるから」
あの時、明日香が言っていたことはなんだろう。
起きた時、智絵から体調が悪いなんて聞いていない・・・。
「ダメだ、気になってしょうがない」
私は不安と怒りですぐに椅子から立ち上がり、階段を駆け下りた。
・・・バリンッ・・・ドタッ・・・
階段を下りて何かが割れる音が聞こえた、
ガラスのような軽いものの割れる音・・・、
そして何かが倒れる鈍い音。
悪い予感が頭をよぎる、
さっきまでの怒りは不安に包まれ体を走らせる。
リビングに入り、
「イタッ」
足に痛みが走る、足裏を見ると透明な破片が足に刺さっていた。
透明な破片は私の不安を大きくする。
私は不安に恐怖し、破片が飛んできたであろう台所に
目を向けた、
ゆっくりと・・・その目線の先に待ち受ける不安に立ち向かおうと・・・。
台所を見た私の不安は恐怖に変わった。
台所の床にはガラスの破片が散らばっている、
その上に倒れている智絵は血を流していた。
私は恐怖に震える足を叩き、智絵の元へと足を運ぶ、
足に刺さった破片が足に喰い込むのも気にせず、
智絵を抱き起す。
「ともえっ」
私は叫ぶ、智絵が目を必死に開け手を伸ばす、
その手は私の頬に力なく触れた。
「うるさいよ」
智絵はただ一言だけ発し、気を失った。
智絵の頬に一滴の雫が落ちた・・・、私は泣いている。
―涙をぬぐい、智絵を抱きかかえ、ソファーに運ぶ。
私は混乱している自分の頬を叩く、
頬を叩いても落ち着かない。
私は電話を取った、呼び出し音が鳴る。
数秒の呼び出し音が長く感じる、
それでも呼び出し音は私を冷静にした。
しかし、電話はつながらない。
私は冷静になって頭を廻らせる・・・・・、
そういえば、凛は「何かあった時に使うよう」にと
ポケベルを渡してくれていたじゃないか!
-数分経った。
「唯、智絵!」
凛の声が聞こえる・・・凛が来てくれた。
振り向くとリビングの入り口に凛が立っていた、凛は白衣姿で息を荒らげている。
ポケベルを見て飛んできてくれたようだ。
智絵の手を握り、静かに涙を流している私の顔を見て近づいてくる。
私の頭を優しく撫でた凛はソファーの近くで膝をつく。
手を智絵の額にあて、次に智絵の前髪をかきあげ、傷を見る。
「大丈夫よ、熱は高いけどガラスは刺さってない。ほら見なさい。」
凛は私を肩まで抱き寄せ傷口を見せる、
「ほらね、少し擦っただけだから・・・もう泣かないで」
凛は私の頬に優しく触れた、その目はとても心配している、その目を見つめると自分の無力さに腹が立つ。
悔しくて、自分が憎くて静かに泣いた。
「でも私が智絵の話を聞いてあげていたら・・・それに智絵は何も言ってくれなかった!智絵の姉なのに」
混乱している私を凛は優しく自分の腕の中へと導いた、凛の腕に包み込まれる。
優しく包まれた私をとても柔らかくて、
白くて、大きい胸が迎えた。
何故か懐かしく感じる胸は
激しく波打つ私の鼓動を和らげる。
凛の体温が伝わり、瑞のような柔らかな鼓動が私の耳に届く。
体の震えはいつしか収まり、
涙も塩の結晶となっていた。
「凛、ゴメンナサイ・・・私・・何もできなくて」
歯を食いしばり俯く、
自分の手を、足を見る、
この手足は何もできず、ただ・・・ただ、
私は何もできない・・・。
私は無我夢中で傷ついた足を叩いた。
足に刺さったままのガラスたちが足を痛めつけ、血を流す。
足から流れ出る血を見て動きを止める、
何をやっているのだろう・・・、
流れる血を見て凛が言う。
「唯、貴女怪我しているの!? 」
凛は足を見て目を見開く、
そして足の状態を見てピンセットを鞄から取り出す。
いつも仕事に持っていく鞄から
「唯、よく聞きなさい。破片も深くは刺さってない、このまま病院に行くことも出来るけど、歩くことで今よりも深く刺さって血管に入るかもしれない、だからここで抜くわ、かなり痛いだろうから何か噛むものを」
凛は私の返答を聞くことなく決断し、
言う。
「唯、私の肩に腕を廻しなさい」
私は無言で凛の言う通りにした、
そして足を凛の膝にのせた。
「くっ」
凛が破片を抜き始めた、
私は痛みで凛の肩を強く抱きしめる、
凛は一瞬顔を引きつらせた。
凛の目はとても真剣で鋭く尖っている、
まるで獲物を狙う獣のように・・・。
やがて残るは少し深めに刺さった、
大きめの破片だけとなった。
「唯、これはかなり痛いわよ。それに少し深く刺さっているから血も出るわ」
「うん」
真剣な目で言う凛に私はただ一言で頷く。
凛はうなされながら眠っている智絵を
見て、智絵の汗をふく。
「どんなに痛くても我慢して、智絵を起こさないように」
「分かった」
凛は月明かりに照らされながら暗く微笑み
「行くわよ」
凛は破片を強く引っ張った、
次の瞬間想像出来ないくらいの痛みが
体を貫いた。
そして、傷口から出血した、
その痛みに堪らず凛の肩に噛み付く。
「くっ」
凛は痛みの声を出し、すぐに出血した所を
止血する、強く包帯を巻き付ける。
また痛みが走り、
私はさっきより強く歯を噛み締める。
「よく頑張ったわね、唯」
数秒経って凛はそう言った。
私は凛からゆっくりと離れた、
凛の白衣は血に染まっている、
足を止血した時の血、私が噛んだ肩の血。
私は息を乱しながら言葉を発した。
「ハァ・・・ハァ・・・ゴメンナサイ凛」
「いいわよ、これくらい」
凛はお腹らへんに付いた血を見る。
違う、私が言いたいのはそっちじゃない。
「違う、肩の方、ゴメンナサイ」
凛は私の言葉を聞いて肩を見る、
「いいわよ、たいして痛くないわ」
(ウソだ)
「だから泣かない」
(どうして、そんな優しい嘘付くんだよ)
「アリガトウ、母さん」
「何よ、急にそんな呼び方しちゃって」
(今までは、恥ずかしくて)
「だから泣かないで、ってば!」
凛の優しさが嬉しくて私は静かに泣いた、
「しょうがないわね」
また凛は私を抱きしめた。
私の頬に凛の雫が流れた。
「ありがとう、お母さんって呼んでくれて」
「気にするなよ、事実私の母親だろ!
アリゾナは母さんかな?父さんかな?」
私は笑う。凛も笑う。
「父さんじゃない?」
「そうか、父さんか」
二人は笑った。
-凛は私たちを病院へ連れていった。
病院に向かう間、
私は熱にうなされる智絵の手を優しく、
しかし強く握った。
私と智絵の診察は見知らぬ人が担当した、
担当医によると身内の人は医療行為ができない規則になっているそうだ。
私の怪我は凛のおかげで全治2週間だそうだ。
担当医は
「短い治療期間で良かったな、凛に感謝しなさい。 お母さんに。」
足の治療を受けている時、
凛が教えてくれた事だが、智絵は三日で元気になるそうだ。
「ありがとうございます」
私は足を見てくれた男の人にお礼を言った、松葉杖をつき凛の元へと向かう。
廊下で待っていた凛は一人ではなく、
凛から電話を受けて駆けつけたアリゾナがそばに立っている。
「凛!」
「アリゾナ、今日は仕事のことは任せてもらっていいから・・・帰っていいそうよ。」
「そっか、私も同じ」
アリゾナは俯く凛の頬に手を伸ばす、
凛の横髪を指先でどけ、優しく触れる。
凛は顔を上げる、凛の目は潤っていて
今にも涙を流しそうだ、凛は涙を流さないようにきつく唇を噛む。
髪の毛で隠れていた肩が見える、
肩は包帯で巻かれ、薄赤くなっている。
「肩、痛そうね・・・大丈夫?」
「ええ。大丈夫・・・それに、この怪我は唯より軽いわ。」
「そう。」
アリゾナは優しく微笑む、凛の潤う瞳を静かに見つめて。
「この怪我は唯のためだから、
あの時、タオルを噛ませる事もできた・・・だけど唯には頼れる人が・・・貴女のそばにいる事を分かって欲しかった。」
アリゾナは何も言わない、
「それにね、あの娘に抱きしめられた時、
私はこの娘の母親で、この娘は私の娘だって感じられたの」
凛が頬を濡らす、アリゾナは堪らず凛を抱きしめる。
アリゾナは凛を抱きしめた優しく、強く。
「痛いよ、アリゾナ」
凛はアリゾナの胸に顔を押し付け泣いた。
「カッコイイな、父さん」
私は二人を見ないようにドアの影に隠れて呟く。
「嗚呼、もらい泣きしちゃったよ。」
泣いた。
ただ、皆泣いた。
ホットしたのか、悲しいから泣いたのか
どっちか分からない、
ただ、泣いたのだ。
―三日経った
朝5時48分
智絵はまだ眠っている、私はジャージ姿で智絵の部屋に居る。
6時
私はベッドの横に座り、智絵の手を握っている。
智絵の表情は三日前と違って安らかだ。
6時10分
部屋にノック音が響く。
「はい」
いつもとは違う低い声で語尾を強めて返事をする。
「おはよう、唯。」
ドアが開き、柔らかい声が届く、
ドアから顔をのぞかせたのは凛だった。
凛は優しく微笑み、朝の挨拶をしてくる、
私は微笑み返す。
「おはよう、母さん。」
凛は顔を赤らめた。
「ゆっ、唯。智絵の様子はどう? 」
凛はゆっくりと近づき、私の横に腰を下ろす。
そして、智絵に手を差し伸べ、具合を見る。
私はただ隣にいる。
「もう大丈夫ね、このままの調子ならお昼には起き上がれるでしょう。」
凛は「ほっ」と息を漏らすと同時に肩をなでおろした。
「良かった。母さん」
「何? 」
私の呼びかけに凛が返事をする。
「怪我の具合はどう・・・・・・? 」
目を下に俯け、私は問う。
そして、俯いたまま凛の肩を見つめ、目をそらした。
しばらくの沈黙、凛は答えた。
「・・・嗚呼、大丈夫よ、心配ありがとう。」
凛は自分の肩を優しくつかみ、微笑む。
(そんな顔しないでよ、心配なんかしてないのに。
私が心配なんてしちゃいけないだろ)
暗い顔をしている私を凛は横目で見る。
「体の傷はいつか綺麗に消える。」
そう言って凛は立ち上がり、部屋を出て行った。
「ありがとう」
私は凛の言葉に救われてばかりだ。
凛の言葉は、一言の意味が深くて
まだ私にはすべては分からないけど、
それでも私を救ってくれる。
救える力がある。
母の優しさを教えてくれる。
10時
凛とアリゾナは、2時間ほど前に仕事場に向かい、私はもうすぐ来るのであろう客人を迎えるために、朝の支度を始めていた。
いつも通り、顔を洗い。女性が作ったとは思えない、ガサツな料理を食卓に並べ、静かに食べる。
1人での食事とは静かなものだ。
私は静けさを紛らわそうと、
食卓の隅に置いてあったテレビのリモコンに手を伸ばし、赤いボタンを押す。
数秒して全く知らない男性がしゃべり出す、私はチャンネルを変えることなくリモコンを手元に置いた。
三十分ほど経って朝食を食べ終わると、立ち上がり、食器を洗いう。
濡れた手を粗めに吹き、歯を磨くため洗面所に行く。歯ブラシスタンドにある黄色の歯ブラシを取り、蛇口を捻る。
軽く水洗いして、歯磨き粉を付け、洗う。
表面、横、内・・・・・・歯茎、いつもと違う順番で洗う。理由は単に歯茎を洗い忘れた、それだけ。
口を濯ぎ、タオルで荒く、しかし、しっかりとふく。
歯を磨き終わり、階段を上がる。
自分の部屋に入り、クローゼットを開ける。ジーパンにカッターシャツを取り出し着替える。
クローゼットに取り付けられた鏡に映る私はまるで男のよう。だが、この格好が好きだ。
今ここに智絵がいたら、こんな格好はしないが・・・・・・。
朝の日課を終え、階段を降りる。
食器棚に向かい、コップと薬、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
そして、また階段を上がり、智絵の部屋に入る。一様ノックをして。
「ピーンポーン」
広い家にチャイムが鳴り響く。
私は持っていたものを枕元にあるスタンド代に起き、階段をかけ降りる。
インターホンをのぞき玄関に向かう。
「はい」
戸を開け、顔を上げる。予定通り客人が来たようだ。
「明日香」
「先生を付けろ」
いつも通り、挨拶のような会話をする。
今日は智絵の見舞いに来て、ついでに私の勉強を見てくれるそうだ。
明日香、私はついでか?なんて思ったりする。
刹那、私は考える。いつもは無駄なことは考えないがこの時は違った。
お昼に来た明日香。見舞いに来たのだし、智絵の部屋に通すのが、この場合妥当だろう。だが、智絵は眠っている。明日香を部屋に入れて嫌ではないだろうか、寝顔を見られるのは嫌ではないだろうか。何より私が・・・・・・。なっ、何を考えている。
結局、明日香を智絵の部屋に通すことにした。
「取り敢えず、入って」
「おじゃまします」
明日香は軽やかな声で会釈し、玄関を通った。
やっぱり、先生だ。客として家を訪れる事が普段からよくあるからだろう。礼儀正しい。
「具合はどうだ?」
明日香が主語のない疑問を投げかけてくる。第3者からすれば意味が分からないだろう。だが、今回の目的は智絵の見舞いだ。
少し考えればすぐ智絵の事を聞いているのだとわかる。
しかし、男よりカッコイイ声をしている。いや明日香に女らしさが無いからかもしれない。学校では人気があるだろう、主に女子。
「熱は下がった。今朝、凛に見てもらったら、「お昼には目覚めるだろう」って」
階段を上がりながら、明日香の疑問に答える。
「そっか、それは良かった」
明日香は笑い、清々しい晴れ晴れとした声で言った。
「嗚呼」
私は微笑みを浮かべる。
智絵の部屋の前で立ち止まり、ドアノブを掴んで明日香に頭を向ける。
「明日香は智絵の部屋初めてだよな」
「先生をつけろ」
明日香は呆れた声で言った。私は明日香の言葉をYesだと汲み取り、うなずく。
明日香は私を見て、分かっているな、私は無駄話が嫌い、なんだと目で言った。まあ、口に出す訳がないが、明日香からしたら、それさえ無駄話だ。こんな人が教師でいいのだろうか?
「智絵の部屋はここで、多分今は寝ているだろうから静かに」
私は唇の前で人差し指を立て、静かにとサインを出しながら言う。
明日香は重心を後ろに移し、腰に手を置く。そして、少し困ったような、優しい顔で頷く。
気のせいだろうか、一瞬明日香が私の唇を見つめた気がする・・・・・・、そんな訳ないが。
私は薄く微笑んだ。
部屋に入ると智絵は思っていたとおり、眠っている。
明日香は智絵の隣にゆっくりと近づき、頭を優しく撫でた。
そして、智絵に優しく微笑みかけ、部屋を出ていく。あまり長居をしないように。
私もその後を追って部屋を出た。
部屋を出ると明日香は振り向いて言葉を発した。
「じゃあ、お昼まで勉強するか」
明日香はそう言ってスタスタと私の部屋に向かった。
少し遅れて部屋に入ると明日香はベッドに腰を下ろしていた。安らかに目をつぶって寝ている。その姿は凛々しく、輝いている。てか。寝るの、早いな。速すぎるだろ・・・・。
私は呆れながら明日香に声をかけた。
「勉強、教えてくれるんだろ」
私は片足に重心をずらして、言う。
「ハイハイ。じゃあ、数学」
そう言われて、私は棚から教科書とレポート用紙を出し、床に配置されたテーブルに置く。
明日香はだるそうに歩み寄ってきて座る、
私はその横に腰を下ろし座った。
__一時間経って、明日香はしゃべり出す。
「唯、貴方のことが好き」
突然の告白に私は「何冗談言っているんだよ」
と薄く笑う。そして、軽く、遇うように言った。
「それはどうも。私も明日香の事は好きだよ」
明日香の方を見ると。明日香は真剣な眼差しを私に向けていた。
「唯、異性として好きなんだ」
明日香の言葉を聞いて、あまりの驚きにキョドって言葉をつまらせる。
「でっ、でも女だ」
「私、バイ・セクシャルなのよ。だから女でも構わない」
バイ・セクシャル?なんだよ!それ!
「ふざけるな!」
私は動揺のあまり、怒鳴り声を上げる。
明日香は怒鳴る私を気にせず、冷たい目を向けた。 怖い。
明日香は、冷たい目のまま笑い、私を押し倒した。
「わっ」
明日香は馬乗りになり、私の手を片手で抑えた。明日香の手は大きく軽々と私の手を包み込む。
「私ね、昔は凛と恋仲だったのよ」
明日香は私の唇に近づき、私の唇を塞いだ。''辞めろ!''
私は藻掻くが手を押さえつけられているせいか何の抵抗も示せない。明日香は舌を私の唇に押し込んでくる。そして、唇を離して明日香は言った。
「先生って、呼んだら。辞めて上げる」
私は口の横から唾液を流し、目をトロンと溶かしながら言った。
「先・・・・・・生」
「可愛いじゃねえか」
明日香はまた唇を塞いだ。
「そんな、辞めてく・・あっ」
明日香は唇を塞ぐだけでは飽き足らず、胸を揉み始めた。
「やめてって・・・・・言っているでしょ・・・」
私は激しく藻がいた。
しかし、次の明日香の言葉を聞いて動きを止めた。
「感じているんだな」
「そんなわけないから」
にやりと笑う。強がって、強がって、負けないように
「いいえ、感じているわ。だって、あなたの口から、喉から甘い声が聞こえている。空耳だとでも言うか?」
「!?」
そんなわけ・・・・・・・だって、私が好きなのは・・・・智・・・・絵
「智絵、助けて」
涙を流し、私は小さく叫んだ。蚊の羽音のような細い声で
〈今の時間は、12時前。智絵お願い助けて・・・・・・。
バカかあたしは、今助けて欲しいのは智絵じゃないか・・・・・・私よりも
弱い、智絵の方が苦しいはずだ・・・・・智絵は来ない〉
明日香が強気で傲慢な表情で言う。
私の心を読んだかのような言葉を
「智絵は来ない。智絵は寝ている、お前よりも弱い病人なんだ。」
〈そんなことわかってる〉
「いくら叫ぼうと来ない、ここに居るのは私とお前だけ・・・・・!」
明日香は部屋を見るように頭を振り、やがて扉方面に目線をやり、
そして、その強気で傲慢な表情に驚愕の色を浮かべた。
私も明日香のそんな表情を見て、扉に目を向かわせる。
そこに居たのは悪魔のように正気の抜けた智絵だった。
智絵の青い瞳は、灰色に濁り、その眼は見るものが恐怖するぐらい尖っていて
深く、深い、暗闇へと引き込まれそうになる。
私も恐怖した、明日香ほどではないけど、確かにその眼に恐怖を覚えた。
〈あんな智絵は見たことがない。怖い、怖い、智絵は怒っている〉
「ふぅー」
智絵はその場で目をつぶった。〈神判〉を下すように真っ直ぐな吐息を吐いて
そして、目を開き、強い眼差しで明日香を見つめる。
明日香は私の上で恐怖のあまり、硬直する。
「私の女に手を出さないでください。明・日・香・せ・ん・せ・い」
智絵は声を出さずに薄く笑う。
〈今、私の目の前に居るのは、本当に智絵なのだろうか。〉
明日香は、神でも見たかのように目を見開かせながら言葉を発した。
「わっ・・・・私は・・・・カエル・・・・・スマナカッタ・・・・」
私の上から立ち上がり、明日香はゆっくりと歩きだす。そして部屋を出て行った。
明日香が部屋を出ると、智絵は部屋の扉を閉め、私の前に立つ。灰色に濁った眼で私は起き上がり、智絵から一歩、また一歩下がる。
智絵は私が一歩下がる度に、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
やがて、私の行く手を一枚の壁が阻んだ。
「ともっ」
私は唇を震わせながら智絵の名を呼ぼうとするが、智絵が私の前でしゃがんだので言葉を止めた・・・・・・しゃがんだ智絵の灰色の目に一滴の水が浮かんでいたから、その眼は何故かとても綺麗に見えたから
「唯・・・・・」
智絵は私の乱れた服に手をかけ、整え始めた。そして、灰色に濁った眼から
青い光が浮かび、智絵の青い瞳がキラキラと蘇り、一滴の雫を流した。
「見ないで、こんな汚い目・・・・」
そう言って、私の胸に智絵が倒れ込んだ。同時に私は座り込む。
「智絵」
名を呼ぶ。
智絵は顔をあげる。
「ありがとう、智絵・・・・・アリガトウ」
智絵を温かく見つめた。その顔は見えないけど、抱きしめた。
智絵は言った、頬を赤く腫らせ、唇を震わせて。
「好き、愛している。愛しすぎて苦しい。」
「えっ」
〈なんて言ったの、智絵。もう一度聞かせて、智絵〉
「唯、貴方が好き。愛しているの。だから、貴方を奪おうとした明日香が許せない、ごめんなさい、ゴメンナサイ」
謝ってなさいよ、こんな悲しい告白嬉しく・・・・嬉しく・・・・っ・・・・。
「嬉しいよ、嬉しいよ」
私は涙が流れないように、天を見上げる。
「智絵、私からも言わせて。貴方を愛している、冬馬智絵も、加賀智絵も
貴方のすべてを愛している。」
天を見上げる、私の視界に智絵が映る。
智絵の唇の震えは止まり、涙は乾いている。
智絵は私を愛しそうに見つめる、私も見つめた。
愛おしく、天にも昇れるぐらいの幸せの中で。
「唯、貴方を小さい時から姉妹以上に愛している。だから、血の繋がりがないとわかった時、嬉しかった。たとえ、戸籍が一緒でも女同士でも、愛し合っていい存在なのだと。愛している。」
そして、智絵は私に口づけをした。
「私を愛してくれて、愛させてくれて、ありがとう。アリガトウ。愛している。」
そして、また口づけをした。今度はもっと長く、何度も唇を合わせて、お互いを激しく求めあった。
--十一時間後
「「ただいま」」
凛とアリゾナが唯の部屋の扉を開ける。
元気よく仲良く。
「!貴方たち何しているの」
凛が驚きの声をあげる、アリゾナは目を見開かせるばかりだ。
二人の目に映ったのは、綺麗な少女二人が月の光に照らされベッドで抱き合っているところだ。
二人はお互いを抱きしめ、冬眠する動物のように丸まっていた。
二人は、慌てて事の顛末を説明した。
「そうだったの、ゴメンナサイね。唯。それより、まず智絵と距離をおきなさい」
あきれたように凛は言った。
凛は一言そう言うと電話を掛けた、掛け先は多分明日香だろう。
その後、私たちの事を話すと
凛「えっ、そうなの?なんだか変な感じ」
アリゾナ「良いじゃないですか、姉妹愛を超えた愛、美しい。それに恋愛に
ついては、私たちは口を挟まない。これが我が家のルールです!」
こんな感じで祝福?してくれた。
To Yui
I love it forever
Then Tomoe
Fin
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