第5話 私は・・・・・・。
「唯、起きて」
智絵に揺さぶられ、目を半分つぶったまま返事をする。
「なんだよ」
智絵は目をキラキラと輝かせ私に言ってくる。
「今日はデートよ、忘れたの!?」
「忘れた~」
脱力しきった声で言う、
どうやら今日は、これが朝の挨拶となりそうだ。
「もうっ、起きてってば!」
智絵は頬を膨らませ、私を激しく揺さぶる。
「・・・・デート・・・。」
私はつぶやく。
本当は覚えている、智絵がキラキラと目を輝かせ「デートに行こう」と
言った日の事を・・・・覚えている。
忘れるはずがない、私が十年ぶりに目覚めた日からの
智絵の泣き顔、温かさ、笑顔を・・・・
理由はたぶん、私が思い出した十年前の記憶で智絵は笑っていなかったからだと
思う。
十年前、事故にあう前、私は智絵が義理の妹だと言う事が理解できず、
ずっと、智絵の顔を見ないように下を向いていた。
だから両親の顔も見ていない・・・、今では両親の顔を思い出せなくなっている。
それでも智絵の顔を覚えていたのは・・・。
「さあ唯、起きて着替えて」
寝ぼけた頭でそんな事を考えていると、
智絵が布団を剥ぎ取り、私の腕を掴んで起き上がらせようと
していた。
「うっ、おも・・・・重い・・・」
私の身にショックが襲いかかる、
私は、自分の身に襲いかかってきたショックで体を飛びあがらせ、
「誰が重い、だよ!」
私を起こそうとベッドの上にいた、智絵を押し倒した。
「キャッ」
智絵が可愛げな悲鳴をあげる。
智絵と私の顔が近づく、吐息がつたわるほど・・・。
「はぁ、」
すると智絵が頬を赤らめ、甘い声を出した。
私は、智絵が今まで見たことのない顔をしたのに驚き、
智絵の手首を触る手に力を入れた。
「あっ」
智絵は小さく、甘い、甲高い声を出し、
力の入らない表情をする。
しかし智絵はどこか気持ちよさそうな顔をしている。
私は、そんな智絵の声、表情に鼓動を早め、
呼ばれているような気がして、智絵の唇に、私の唇を近づけていく。
「唯・・・・」
智絵がそんな私をとろけた目で見つめ、名前を呼んだ。
私は一瞬動きを止め、また動き出す。
(この先には・・・、何があるのだろう)
ついに唇の温度が伝わるほど近づき・・・、智絵が目をつぶった・・その時、
「ご飯で来たわよ~、もう凛が仕事に行くから見送ってあげて!」
アリゾナの声が私をすんでのところで止めた。
「はっ」
我に返った私は、握っていた智絵の手を放して
後ずさりした。私の顔は熱くなっているのが分かる。
智絵はそんな私を一度見て部屋の入口を見て
アリゾナに返事を返す。
「はーい、」
智絵はこちらに目を向け、
「顔、赤いよ(笑)」
「バッ、バカ!そんなわけあるか!」
(智絵だって赤かったくせに!・・・これを言うのは
ずるいか)
「ふふ、可愛い」
智絵が笑う、無邪気な智絵が可愛くてしょうがない。
「早くして!もう凛が出るわ!」
アリゾナにせかされ、慌てて階段を下りた。
階段を下りるとアリゾナと凛が何か喋っていた。
「いいわよ」
「ダメ、凛は帰りが遅いんだから・・・、それに愛する
娘二人に見送られるのはうれしいでしょ?」
「恥ずかしいだけよ」
「もう、素直じゃないんだから。
でも、そうやって照れる凛は可愛い」
アリゾナが凛の耳元で囁く、
「バカっ」
凛は頬を赤らめ、目をそらした。
その様子を見た智絵が言った。
「まるで私たちみたいね」
「何のことだよ」
「ふふふ」
智絵が微笑む、
私は意地悪な顔をする智絵を見て
頭を廻らせた。
・・・そして私が頭を廻らせた結果・・・
「バカッ」
凛のように、智絵に突っ込んだ。
ダメだ、これじゃ本当にアリゾナと凛みたいだ。
(別にアリゾナと凛が嫌いなわけじゃないけど)
「二人とも遅いわね、アリゾ・・・・ハウッ」
アリゾナと凛を階段下でしばらく見ていると話していた
二人が唇をかさねた。
私は見てはイケナイ気がして目をそらすが、
隣に座っている智絵を見ると、目をキラキラと輝かせ二人のKISSを
みている。
(ダメだ、そんな顔をするな、気になってしまうじゃないか)
智絵を見ながらそんな事を心の中で言っていると、
智絵が手で口を覆って目を見開かせ始めた。
(そっ、そんなにすごいのか)
ついに私は二人の方に目線を向けてしまった。
二人は唇を重ねながら、舌をからめあっていた。
「はぁ・・・・あっ・・・うっ・・・うんっ」
凛の甘い声が廊下に響き渡たった。
アリゾナが舌で凛を責める。
凛の顔は赤らみ気持ちよさそうで苦しそうだ・・・
凛は、もう終わりと言うようにアリゾナを突き放そうとするが
アリゾナは離れず、より強く絡み合う。
一度唇を話した二人の舌には糸が伸びている、
「凛」
アリゾナはとろけた顔を下から覘かせる凛の
背中に腕をまわし抱きしめるように曳きつけた。
「ひゃっ・・・まっ…・待ってアリゾナ・・・う・・うん・・」
凛はひきつけられた衝撃で声をあげ、
アリゾナを制止するが、
アリゾナは止まらない。
「う・・・・うん・・・もっ・・・もう・・」
「うっ、はぁ」
「シーツ、聞こえる」
あまりの事に私は叫んだ、
智絵が私を止めようとしたが・・・・遅かった
「ひゃっ、唯・・・智絵・・・・」
凛が可愛げな悲鳴をあげ、
混乱と恥ずかしさの色に染まっていく。
「お、おはよう」
私は慌てて朝の挨拶をした。
「じゃっ・・・・じゃぁ…もう行くわね・・・それじゃ!」
凛は挨拶を交わすことなく、慌てて家を出て行った。
「もう、唯・・」
智絵は頬を膨らませる。
「だって」
私は少し威張りながら言った。
「ふふふ」
そんな私たちを見て笑った。
色々、衝撃的な朝を迎えた私は現在八時十二分
アリゾナの運転するワゴン車に乗っている。
今日は快晴で絶好のデート日和というやつだろう、
しかし、車に乗っていては、空も見えにくいし、
冬の太陽の温かさだって味わえない、
十年間眠っていた私には眩しすぎるが
今はそれが恋しい。
私は前からアリゾナに聞いてみたいことがあったので
聞いてみることにした、
「なあ、アリゾナはなんで女になった?」
「ああ、それはね」
アリゾナは言いにくそうに笑った。
「凛と出会って、女の子の魅力みたいなのにはまって
それに凛は男に興味なかったし」
「へぇー」
私は興味なさそうな声を出す。
そんな私をアリゾナがミラー越しにみる。
「凛と会ったのは、私が電話で犬を引いたと聞いて
現場に言った時、凛はそこにいて犬を励ましながら応急処置していた。
そんな凛に目を奪われた、動物相手に汗を流す人なんてあまりいないから。
もちろん「知識もない人が何やっているの!」ってやめさせようとしたけど、
凛は言った、「今、目の前で命が消えかかっているのに放っておくなんてできない」そんな彼女に惚れた」
アリゾナは微笑む。
「ちょっと待った、アリゾナは何の仕事しているんだ?」
「獣医」
アリゾナが無邪気に笑うのがミラー越しに見えた。
「獣医!アリゾナが!」
私は体を起こし、運転席のアリゾナに叫んだ。
「何よ」
アリゾナが少し頬を膨らませた。
「いや、そんなふうに見えないから」
紅潮させた頬を指でこすりながら唯は何とも言えない笑みで言った。
智絵が言う
「確かにね」
「もうひどいわよ」
智絵と私は笑った。
「・・・・なあ・・・アリゾナ、キスってどんな感じ?」
唯が唐突に聞いた、車内が沈黙に包まれる
「どうして?」
アリゾナが聞き返してくる、
「いや、今朝、凛のあんな顔初めて見たから、
今の両親は二人だし・・・・、ただ気になったんだ」
アリゾナが優しく微笑む。
「時期分かるわ、唯は美人だから」
「なっ」
私は言い返そうとしたが智絵の声に阻まれた。
「着いた!」
私たちの乗った車は無事目的地に着いたようだ。
私はここがどこなのか分からずに車を降りた、
続いて智絵が下りる。
数時間、薄暗い車内にいたせいか、
冬の太陽がより眩しく感じられた。
車を降りた智絵は、アリゾナの乗る車に向き直り、
アリゾナと会話をする。
「じゃあ、私は仕事があるから行くわね。」
車の窓から顔を出すアリゾナは、笑顔で智絵に言う。
智絵は、そんなアリゾナの笑みを見て同じように笑う。
「うん。帰りはバスで帰るから大丈夫よ。」
アリゾナは優しく微笑む、
「そっか、じゃあね。楽しい一日を」
「うん、アリゾナも。今日は命を助ける最高の一日でありますように」
アリゾナは頷き、窓を閉めた。
アリゾナは最後に微笑んで、
車を走らせた。
「今日は命を救う最高の一日か・・・・・」
「なあ・・・・智絵ここどこだ?」
私は、見覚えのある風景を見廻し、
やがてその風景に浮かぶ、木の板に書かれた文字と思われるものに
目を留める。
「・・・・・・」
文字と思われるものを一度見て、一瞬俯き、顔をあげ、智絵は言う。
「あれは漢字で、スイゾクカンって読むの」
「スイゾクカンって、昔、みんなで来た場所か?」
私は記憶をたどり、片言な言葉で言った。
「うん」
智絵は微笑んだかと思うと、悲しい顔を浮かべる。
「久しぶりだな」
私はハッキリしない記憶に身を任せ、智絵を励ますように・・・笑う。
智絵は私を見て、笑い、私の手を優しくとる。
「さぁ、中に入りましょう!今日は最高のデートにするわ。」
智絵は優しく包んだ私の手を引き、
入口へと足を運ぶ。
入口へ向かう智絵を後ろから眺める、
智絵の顔はすべて見えないが・・・・、
さっきまでの暗い顔は、そんな顔していなかったように、
笑っているように見えた。
あれから一時間たった、
初めて見るものに目を輝かせ、
ガラスに張り付く私がいた。
智絵はそんな私に一生懸命になって、
魚について教えてくれた。
でも私は、
そんな状況に苛立ちを覚えていた。
頭では何に苛立ちを覚えているのか分かっている、
しかし口にできない。
― 魚を一通り見て、外にいた。
智絵は腕時計を眺めている、
私も近くの柱時計に目をやる。
時計の読み方は知っている、
小さい頃に、今は顔も思い出せない母が
教えてくれた。
「十二時だな」
「そうだね、唯、お弁当作ってきたから・・・、食べてくれる?」
「もちろん、お腹空いたしな。」
私は不安そうに言う智絵にニカッと笑う。
智絵は不安そうだった表情を明るくする。
「良かった」
水族館を出て、少しのところにある広場で私たちは
お弁当を食べていた。
朝の暖かな太陽は
少し強い光になり、冬にしては優しい
風が吹く、智絵のお弁当は冷えているがとても美味しい。
「おいしいよ!特にこの卵焼き!できてから
結構時間経つはずなのに・・・、むしろ出来立てのより美味しいよ!」
「ありがとう、マヨネーズ入れたの」
智絵は気恥ずかしそうに笑う。
「マヨネーズ入れるだけでこんなに変るの?
凄いよ。美味しい、料理上手だな。
エビフライも美味いし」
「言い過ぎよ」
「いやホント」
頬を膨らませる智絵に、
口の中の食べ物を(ゴクリ)と飲み込み話す。
智絵は頬に手を置くように触り言う。
「そんな、面映ゆいわ」
そんな智絵に私は笑う。
楽しい食事の途中、雨が降ってきた。
「大変、急いで屋根のある場所に行きましょう。」
智絵がお弁当を片付け始める。
私は久しぶりの雨に見とれている。
「唯?」
智絵に呼ばれ、振り向く、
お弁当を片付けた私たちは、バス停に向かい走った。
― 五分ほど走ったところにあるバス停に私たちはいた。
「少し早くなったけど」
「良いよ、帰ろう」
「うん」
少し残念そうな智絵に私が言う、
空を見る私を智絵は一度見て頷いた。
「智絵」
「何」
「今日、私は楽しめなかった。」
「えっ?」
「もちろん楽しい時もあったけど・・・、
今日は智絵と自分の違いが見えた日でもあった。」
雨に濡れたせいか、言葉が流れ出る。
智絵が震えた声で言う、何かに怯えたような声で。
「智絵が知っている事を私は知らない、私が知らない事を智絵は知っている。
気の抜けた声で私は叫ぶ。
「それは」
智絵が突き放すような声で言う。
「そう、事故のせい。あの事故がなかったら・・・・・なかったら」
手を握りしめる、雫が流れる、血のように。
智絵が私を抱きしめた。
「わかったから・・・・もう・・・泣かないで」
私はそう言われて初めて自分が泣いていることに気付いた。
私は声を殺して・・・・・・・・・泣いた。
帰りのバスで私たちは話さなかった、
ただ体温を別つように手を繋ぐだけ・・・・。
その夜、アリゾナと私、凛は深夜にも係わらず話し込んでいた。
今日の出来事を智絵がアリゾナに相談した。
そしてアリゾナは、深夜の十二時に帰ってきた私に智絵から聞いた
話をした。そして夜の午前一時、この場が儲けられた。
「そう、唯がそこまで、」
いつもより低く、優しい声で私が言う。
「十年振りに目覚めたら、自分の知らないことばかりで精神的に参っちゃったんだと思うわ。」
アリゾナが俯きながら息を吐くかのように言う。
「無理もないわよ」
私は人差し指で耳に髪をかけ、俯く。
そして数分後顔をあげた。
「ふふっ」
アリゾナが微笑む、
「何よ」
「何も」
アリゾナは私が今何をしていたか理解している、
私は考え事をする時はいつもこうだ。
その度に彼女は何故か笑う。
「それで、考え事は終わった?」
アリゾナはわざとらしく首を傾げる。
「えぇ。・・・唯は十年も昏睡状態だった。
まだ集団行動をするのは主治医として進められない、
何より母親として・・・。」
「そう」
アリゾナは悲しい目で相槌をうつ。
私は頷き、進める。
「私の知り合いに高校教師がいるわ、その人に家庭教師を頼むの。
唯の年齢は16歳高校教師が教えても問題ないはずよ。」
私はアリゾナに「話して」と手で合図を送る、
アリゾナは頷き、話した。
「でも教師は基本、バイト禁止でしょ?それに義務教育も受けていないわ」
「そうね、でもバイトではなく仕事なら問題ないはずよ。」
「どういうこと」
「つまり、教師にではなく学校側にお金を払うの、
ほかの生徒と同じ分、あとは交渉して何とかしてもらうわ。
ほかの事に関しては詳しく知らないから。」
こうして交渉の末、我が家に家庭教師が来ることになった。
「唯、起きて」
「あと十分」
「もう、起きてったら」
今朝も揺さぶられている。
「もう、唯、今日は先生が来る予定でしょ。だから!」
「はぁ?先生なんことだよ、それ」
「私の担任が凛の知り合いで、今日から唯の勉強を見てくれることに
なったの!」
「あっそ・・・、お休み」
私は頭から布団をかぶった・・・・・、
智絵の声が急に焦り始めた、
「わっ先生!!どうして・・・まだ時間じゃ・・・」
「今日は休みだから早く来たんだよ、
お前の姉さんのためにね」
「そっ、そうですか・・・・あはは」
知らない声の主と喋る智絵が珍しく、ぎこちない笑い声を出す。
「そこで寝ているのが姉さんか?」
「・・・・はい」
聞きなれない声の主がドスドスと近づいてくるのが分かる。
「!!」
聞きなれない声の主に布団をはがれ、声の主が姿を現した。
「お前が唯か・・・・気に入った」
透き通った声の女が言う。
「あんた誰?」
「なんだ、まだ聞いていないのか。
私は今日からお前の家庭教師をする事になった、
鏡 明日香だ。」
「な・・・な・・・なんだと~~~~~」
私は雄叫びのような声をあげた。
明日香はそんな私を見てニカッと子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
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