招かれざる客

【君山 滉(きみやま こう)】

「……帰りは迎えに来れないですからね。自分で何とかしてくださいよ。この島の住民はおかしいんだから。」


ボートの舵を取っていた初老の男性が額に脂汗を浮かべながら、目をさ迷わせている。


「いいですよ、町長さん。面倒をお掛けしました。助かりましたよ。連れてきて下さってありがとうございました。」


人好きする笑顔で、トレンチコートの好青年が頭を下げた。


「いいって。それじゃあね。」


彼を下ろすと、周りをキョロキョロ見渡してから、そそくさと来た航路を戻っていく。


「……さて、ここが『悪魔の棲む島』か。確かに不気味だな。……あの奥のデカイ館が目的地かな。」


町長と呼ばれた男性が見えなくなるまで、頭を下げ続けた青年が、頭をあげて呟く。


◇◆◇◆◇◆◇


彼が何故、この島に現れたのか。

その理由は、今から3日ほど前に遡る。


◇◆◇◆◇◆◇



「…お願いいたします。娘がいなくなったんです。」


行方不明の娘を探してほしい依頼が入った。一件だけなら、場所を特定するのは難しかっただろう。同じ依頼が立て続けに6件。


非常事態と言えるだろう。


年齢や依頼人は母親や父親、同僚など様々だ。手懸かりは、同じ真っ赤な便箋のみ。同じ文句の書かれた手紙が一通。


『時が来ました。お迎えに上がります。』


彼らは照らし合わせて誘拐されたのだとわかる。丁寧な言い回しだが。

消印も何もない便箋だけでは、情報は足りないのは明確。依頼人一人一人に心当たりがないか、様々な方向から情報の捻出に試みた結果。


依頼人が皆一様に、不可思議な体験をしていた。一人を除いて。


その一人は全く関係ない人物と言えよう。


◇◆◇◆◇◆◇


20年前、とある島に彼らは集められた。その島は、『悪魔の棲む島』と呼ばれる島だったと。本人たちを集めることこそしなかったが、話の内容や人物像が合致することから、間違いないと推測出来る。

彼らは、そこで合ったことは固く口止めされていた。だから、最低限の話だけで進めなくてはならない。口外すれば、何があるかわからないのだろう。

彼らはそこで、精神的苦痛を共に体験したと言う。最後に"一人"を犠牲にして、帰還出来た。本当は、"一人"だけが生還出来るはずだったらしい。

"一人"が名乗り出たことで、事なきを得た。しかし、帰還する彼らに課せられたのは、厳しい現実だった。


『もし、あなた方にお子さまがいる、若しくはこれからお子さまが出来た場合……、あなた方の生還の報酬に頂きに参ります。』と。


そもそも、何故彼らは集められたのか。初めて出会う相手同士だったにも関わらず。皆一様に口をつぐもうとした。けれど話してもらわねば、進展しない。


……聞き出した内容は、皆同じだった。


理由こそそれぞれだったが、5人とも借金があり、請け負ってくれた富豪がいたと言う。その富豪の名は、"山科"と言うらしい。それを知ったのが、集められた『悪魔の棲む島』と呼ばれる島の館内。それまでは、どんな親切な人が請け負ってくれたのだろうと喜んでいたようだ。


……謎なのは、そこに集められたのは"7人"だったこと。

"7人"目は、"山科夜伽"と言う美少女だったと。


問題は、これ以上は誰も話さなくなってしまったことだ。自分が名前を出したことは絶対に話さないでほしいと、頻りに嘆願された。


腐っても探偵。依頼人の身の保証は確保しなくてはならない。彼は、知り合いの刑事に頼み込んで、依頼人全てに監視をつけてもらった。万が一のことが起こらないように。


男女3人ずつ、計6人の誘拐は、かなりの危険性がある。"山科夜伽"、彼女は事件に何らかの関係がありそうだ。


友人であり、情報屋でもある"榊 雄士さかき ゆうじ"と共に調査を行った。彼らは相当、怯えていた。トラウマになるレベルのことが、その島で起きていたと予測出来る。

と言うことはだ。今まさに、誘拐された者たちがその驚異に曝されている可能性があると言えるだろう。


事は急を要する。


◇◆◇◆◇◆


彼は何とか少ない情報で、場所を特定し、今に至る。一人で来たのは、友人は情報屋。もしものことがあれば、支障を来す。それを恐れた。


この島は圏外で、連絡すら取れない。断ってもよかったはずだった。けれど、彼の性格がそれを許さなかった。助けを求められたら、手を差し伸べるべきだと。それが、どんな危険を孕んでいようとも。探偵になると決めたからには、覚悟かなくては出来ない。

元刑事だった彼は、人を救うことにはストイックだ。どんな理由があるにせよ、命は奪ってはならない。助けられる命があるのなら、助けるべきだ。


………これが、人生の最後になろうとも。


「……ま、生きて帰るつもりだけどね。」


不思議なことに、彼はどんな死地に立たされても生還していた。今までは。

毎回覚悟していたが、意外と何とかなるもんだと思っている。今回もそうなれば、これからも何とかなってしまうだろうと、少し気楽に構えて遥か奥に見える館を眺めた。


「おっと、写真写真……。」


確認するために、誘拐された面々の写真をポケットから取り出す。依頼人もだが、皆綺麗な顔立ちだ。彼は真剣に、写真から何かを汲み取ろうと思案していた。

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悪魔の棲む島 姫宮未調 @idumi34

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