第三の犠牲者
「……有坂麻百合様。いつ拝見しても、お可愛らしくお綺麗ですね。」
ターゲットが決まった。
"まゆりん"と呼ばれた麻百合。ビクリと体を震わせる。
「……あ、ありがとうございますぅ。」
喜んでいいのか悪いのか。どちらにしろ、気の小さそうな女性に何が出来るわけでもない。ただただ、何を言われるのかだけが気掛かりだった。
しかし、一つだけ確かなことがあった。執事は、"否定"発言はしていないこと。こんな場所、こんな状況でなければ、俯き、無言にならないくらいで留めているのだ。
何の意図があるのだろうか。はたまた、それが狙いなんだろうか。
全ては謎に包まれたまま。
「あなたは実力をお持ちなのに、未だにデビューさせてもらえないようですね。地下アイドルとは、アイドル候補生のようなものだと伺っております。麻百合様のライブはネットで拝見させて頂きました。伸びやかな歪みない、張りのあるお声。ダンスも自然で、魅力に溢れておりました。既に評価され、栄光の階段に上られてもおかしくない実力を備えてらっしゃるようにお見受けしました。素人目にも、あなたはプロと大差ないと思いましたよ。」
"地下アイドル"。
それは、アイドルになる足掛かりの一つに過ぎないかもしれない。レッスンし、ステージに上がるまでも、努力がいる。他人より優れていなければ、上には上がれない。
オドオドしている麻百合からは、想定出来ない。しかし、怯えているだけなのかもしれない。自分を知っているといった青年に、嬉しそうに話していた麻百合。アイドルは華やかなイメージが強いが、その実、裏側では過酷だと言われている。どんな職業にせよ、楽なものはない。まして人前に立つ職業ともなれば、評価基準も厳しくなる。
麻百合自身、見た目やスタイルはこのメンバーの中で一番目を引く。可愛らしい中にも、大人らしさも加わり、綺麗なイメージもある。手入れを欠かしていないだろう、髪や肌、爪に至るまでが嫌みなく洗練されていた。生半可な努力では、ここまで出来ない。テレビに出ているアイドルやタレントさえ、完璧な者は少ないだろう。
しかし彼女は、努力を褒められたいわけではないようだ。執事の前半の誉め言葉に、怯え以外の影ある表情をしていたのだから。きっと、彼女の欲しい、認めて欲しい言葉はなかったのではないだろうか。
「……故に、誰よりも努力された結果、あなたは"完璧"過ぎてしまわれた。"ミス"さえも恐れ、努力を見せずに。誰もが思ったことでしょう。『可愛いげがない』と。怠ればいいと言うわけではありません。あなたは周りと"同じ"でありたくないために、"協調性"に欠けてしまわれた。最年長になることで、うやむやになっていき、そのことにも気がつけなくなったのではないでしょうか。
……あなたがデビュー出来ない理由。それは、"完璧"に見えてしまうことにあります。"先の見えない"アイドルを、どうしてデビューさせないといけないのでしょう。これ以上、"伸びる可能性"の感じられないあなたに、いづれファンも遠退きます。『アイドルになれる可能性のない、地下アイドルを応援し続けても、無意味』と。今はあなたの虜かもしれませんが、離れないと保証出来ますでしょうか?」
企業は結果だけを求める。
しかし、この世界は"成長過程"も醍醐味であることが多いのだ。視聴者やファンが求める、奇想天外なサクセスストーリー。
麻百合には、それを公開すること自体、恥ずかしいと感じた。彼女ならば、誰もが目を見張るサクセスストーリーを提供出来ただろうに。
「人としてはまだまだお若い麻百合様ですが、アイドルとしては瀬戸際に御座います。田舎に戻られ、今のうちに転機を考える時間はあったはずです。
あなたの求めるアイドルと、周りの求めるアイドルの違いにお気づきですか?あなたが目標とするアイドルは、仕上がった曲を歌い、踊っているだけではありませんでしたか?
あなたは最初から、間違っていたのです。勘違いが身を滅ぼすことになります。このまましがみついて、見えない未来を渇望したところで意味がありません。後数年したら、居場所さえも失うでしょうね。」
麻百合は黙って俯いていた。ただ虚ろに、毛足の長い、赤い絨毯を眺めている。茉璃と貴哉とは違い、取り乱してはいない。
「……………そんなこと、言われなくても知ってたよ。」
聞こえるか聞こえないかの瀬戸際の微かな、哀しい声がした。近くにいた麻百合を知っていた青年と、たまたま近くにいた"夜々"の耳に入る。聞き間違いかと思うくらい、小さな小さな呟きだった。
◇◆◇◆◇◆
考え方は変えられる。
けれど、性格は生まれ持っているものだから変えようがない。変わるには、"考え方"を"性格"に合わせて軌道修正するしかないのだから。
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