鋼の剣の救世主

大勢の仲間を背に、煌びやかな鎧を身に纏う。

手には美しき剣。

鋭く細められた目は相対する敵を射殺さんばかりに眼光を輝かせていた。

その姿は英雄。

人々の期待を背に敵意を一身に受けている。



その背をずっと追い続けていた。

英雄の周りには絢爛豪華な装備をした、まさしく英雄の仲間たちがいる。

比べて、私の装備は傷つき、古びた歴戦の戦いを耐え抜いた量産品だ。

彼らのように一騎当千の力はない。

彼らと共に戦うことはできない。

その背を前に、戦うことしかできない。


英雄とその仲間たちの戦いは舞踏のようだ。

流麗で、見るものを魅了し、士気を上げる。

泥臭い戦いなど、彼らはしない。

彼らの仕事は違う。

彼らは戦場で常に前に出続ける。

彼らの双肩には守るべきものたちの想いがあるからだ。

それは、私たちも含められている。

守るべき立場にいながら、守られる。

それは安堵をもたらすが……。


悔しさも同時に与えてくる。

仕方が無い。

その一言ですませられたらどれだけよかっただろうか。

だが、諦めることなど出来はしない。

それは嫉妬ではなかった。

ただ、純粋に不甲斐ないと思うのだ。


英雄たちとて人である。

そんな彼らに全てを押し付ける。

英雄の中には私より年若い者もいるというのにだ。

彼らが矢面に立ち、傷つく。

適材適所と言えども、それを当然と思うのは間違いであろう。

守られる。

それを、本来であれば守るべきものたちが当然と思うのは間違っている。



「伏兵だ!!」



前線にいる英雄たちは間に合わない。

瓦解する味方を見る。

それは守られることに慣れすぎていた。

どこか、戦場から壁を隔てた場所にいる、ぬるま湯に浸かっていた為に。

だから、本当の戦場の空気に呑まれてしまうのだろう。


英雄たちが守るべきものを失わせるわけにはいかない。

私は走りながら声を上げる。

濁声を枯らせながら叫ぶ。


「ここは死守せよ! 英雄殿が救援にくるまで持ちこたえるのだ!!」


何人の者が呼応しただろうか。

それはわからない。

確認をしている暇はなかったし、余裕もなかった。

ただ、がむしゃらに剣を振った。

異形の身体を何度も何度も斬りつける。

英雄のようにはいかない。

だが、そんなことは関係ない。

守るべき力があるのだ。守るべき理由があるのだ。

ここは戦場だ。

戦場に守られに来るなど、やはり我慢ができなかった。


ここは前線ではない。

だが、私にとっては最前線だった。



「うおおおおおっっ!!」






結果を言えば、英雄たちの救援は間に合った。

ここで持ちこたえたからこそ、敵を退けることが出来た。

勿論、死傷者がいない、なんてことはなかった。

当然ながら犠牲は出た。何人も死んだ。

中には英雄を責め立てる者もいた。

笑いが込み上げる。

責める者の大半は逃げ出した者だ。

守られることを当然と思い違いをしているもの達だ。

だから無言で殴り飛ばした。




英雄たちの背をずっと見続けていた。

彼らも傷付きながら戦っている。

その中には、守るべきもの達からも向けられる刃がある。

ならば、その刃を受け止めよう。

民の救世主にはなれないだろう。


だからこそ、私は英雄たちを支えよう。

彼らが敵から守ってくれたように。







後世において、世界を救った英雄たちの華々しい活躍にばかり焦点が当てられる。

しかしながら、彼らも人であった。

時には傷付き、心折れることも少なくなかった。

そんな中、彼らを支えたとされる人物達がいたのは、あまり知られていない。

彼らは英雄達のように敵を倒したりしたわけではない。

特別な武具を持っていたわけでもない。

量産品の剣や鎧しか持たぬ兵であったという。

だが、彼らは英雄達の危機に駆けつけ、身を呈して戦ったという。

敵の伏兵を食い止め、時には味方の凶刃から庇ったという。

彼らのその多くの者が命を落としてしまったようだ。


英雄たちはそんな彼らこそが世界を救ったと記している。

歴史家たちからは、研究が進み、彼らのことご明らかになると、名もなき彼らをこう称した。



鋼の剣の救世主と。

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