短編集

@RK-884

アマデウスの少女

 才能豊かな少女がいた。

 誰もが認める天才と言える少女。

 その少女は神の旋律を奏でると言われていた。

 人を惹きつける音を生み出すその才能と、子供という未熟さを残しながらも人を惹きつけてやまない美貌。

 世間では彼女を『アマデウスの少女』と呼んでいた。

 だが、そんな少女に神は音楽の才能しか与えなかった。

 彼女は病弱であったのだ。

 まるで、音楽の為だけに生まれて来たような少女。

 その儚さと、奏でる神の音楽に人々は魅了されていた。

 酔っていたといってもいい。

 その音楽に乗せられた少女の想いなど汲み取ることも無く、ただひたすらに自分達が『音楽神の申し子アマデウス』と呼ぶ少女の奏でる音楽が素晴らしいとしたり顔で語ることに、そして世界が一体となることに酔っていた。


 そんな少女を救おうとしていた青年がいた。

 青年は医者で、少女の病気の重さに絶望していた。

 本来であれば安静にしていなければならないような身体で、コンサートを行う。

 体力、気力、共に少女に多大な負担を掛けることに難色を示したところで、世間は少女の奏でる音楽を渇望してやまない。

 治らない病気、悪化する容体、募る焦り。

 自分の患者が目に見えぬ時代の奔流に殺されそうになっていると叫んだところで、世間は彼を狂人か、あるいは少女を独占しようとする犯罪者としてしか認識しない。



「先生、もういいんです」



 少女は頬のこけた顔で諦めた顔で笑ってそう言うのだ。



「なにがいいんだ! 君は音楽を奏でる為に生きているわけじゃない! 君は生きる為に生きているんだ!」



 怒りを少女にぶつけるのは間違っている。

 それでも叫ばずにはいられない。無力な自分にも、諦めてしまった少女にも、世界と言う暴力の理不尽さにも。

 彼女の親でさえ、少女を人として見ていない。その中にある音楽の才能しか見ていないのだ。



「先生だけがわかってくれるだけで、いいんです」



 僅かに頬を染めて語る少女。

 そんな彼女の言葉に青年は打ちのめされる。



「僕は医者だ……医者なんだ。誰かを救いたくて医者になったんだ……。病気で助けを求めてきた人を、直す為に医者になったんだ」

「先生は私の孤独を癒してくれました」



 青年は違う、と首を振った。



「僕は君の心だけを癒したいんじゃない。病気を治して、それで生きてほしいんだ……」



 そんな青年の言葉に少女は困ったように、それでいて嬉しそうにしていた。



「先生と、最後まで一緒に居てくれたら嬉しいです」



 結局、少女は安静に過ごすことはなく、民衆の前に引き摺り出されるようにして音楽を奏で続けた。

 そうして、繰り返し行ってきた無理の代償を支払う時が来た。

 コンサート中に少女は倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 世間は少女の早すぎる死に嘆き、悲しんだ。

 主治医は何をやっていたのかと喚いた。

 青年は物言わぬ身体となった少女の眠る部屋でただ静かに決意した。

 少女の奪われた時間を取り戻すことを。



 少女の遺体が持ちだされ、主治医が失踪したと報道は大きく取り上げた。

 少女の死を嘆く民衆はその、死後を辱めるような行為に憤慨し、主治医の青年を探したが消息は掴めなかった。






 世間はそんな少女と青年の事を忘れ、平穏を取り戻す。

 一時の熱狂が過ぎ去り、もはや過去の人として扱われるようになった。



 青年はずっと研究し続けていた。

 神に奪われた時間を取り戻す方法を、一人でずっと考えていた。

 それは狂気とも言えるほどの執念で、自分の身体を顧みず、ただひたすらに求め続けていた。

 死者蘇生の研究は人類の命題であるとともに、実現しえないものだ。

 そんなものを真面目に研究しているのは狂人である。

 まともな文献すら存在しない。

 だが、ヴィクターという研究者が残した人造生命創造の文献と、テオフラストゥスの残した生命の水の文献、その他にも世界各国に残されていた死者蘇生と不老不死にまつわる文献をかき集め研究を続けて来た。


 そして生み出した水の様に透き通った液体。

 だがただの水ではない。

 スピリティウムという物が溶け込んだ水だ。

 それは最外殻に21の電子核をもった元素。

 本来ならば存在しないはずの、未知の元素。

 この物質が溶け込んだ液体を流し込むと死体は蘇った。

 まさしく魂の素といえる物質を、青年は魂素と名付けた。

 そしてそれが溶け込んだ水を防腐処理を施した少女の死体に21ml=21gの量を流しこむ。

 偶然にも過去に実験されていた魂の重さと一致した。





 少女が蘇る。

 青年は……いや、すでに青年とは呼べなくなった程に歳を重ねた男はその時を待った。

 少女の閉じられていた瞼が開き、男の顔を視界に収めるとにっこりと笑みを浮かべ、産声を上げた。

 それは神に与えられた音に関する才能を全て失った、旋律の外れた音。

 声にもならないただの音を少女は生み出し、男を喰らった。



「ああ、君はやっと君の時間を取り戻せたんだ……」



 少女だったものに身体を貪られながら、男は安らかな笑みを浮かべて息を引き取った。男は結局、少女の望みは分かっていなかったのかもしれない。

 残された少女は、いや。




 『音楽神の申し子』ではなく、神の奇跡が生み出した人ですらなく、人ですらない化物の時間を取り戻した。



「ア゛ァ゛ァ゛……」



 結局、少女は奪われ続けている。

 安息の時間すらも。

 その願いすらも。

 ずっと、ずっと。




『先生と、最後まで一緒に居てくれたら嬉しいです』



 そこに居るのは、少女ではなくなってしまったのだから。

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