はつ春。

○ バス車内(午前)

   半分も埋まっていない座席。乗っているのは夏用制服姿の高校生男女。

   コータ(17)、二人がけ座席の窓際で、スマホを眺めている。

   ハル(17)、コータの座席と通路を挟んだ反対側、一人がけの座席で、カバ

   ーのかかった文庫本を読んでいる。

   海香みか(16)と真奈美まなみ(16)、ハルの後ろの二人がけの座席に座り、窓から歩

   道側を見て小声で会話している。

海 香「直哉なおや先輩、居る?」

真奈美「あっ、ほらほら!」

   ハル、文庫本から窓に目を移す。

   窓の外。バスの進行方向にあるバス停に、直哉(17)が立っている。

   その前にバスが停まる。

     ☓   ☓   ☓

   スマホを見ているコータ。

直 哉「うーっす。暑いな~今日も」

   と、やって来てコータの隣りに座る。

コータ「おはよっ」


○ 直哉が利用するバス停前

   停まっていたバスが発車する。

   強い日差しと蝉しぐれ。


○ タイトル『はつ春。』


○ バス車内

   ハル、再び文庫を読んでいる。

   海香と真奈美が、うっとりとした視線を、前方の座席の直哉に送っている。

直 哉「なあコータ、読書感想文書いた?」

コータ「(スマホを眺めつつ)とっくに」

直 哉「さすが読書家!」

   コータのスマホの画面に、小説の文章。

コータ「(スマホ見たまま)やらないよ」

直 哉「……まだ何も言ってないだろう?」

コータ「俺のも書いて、っていうんだろ」

直 哉「(手を合わせ)頼む!」

コータ「無理、夏期講習で忙しいの。おすすめの作家なら教えるよ」

   と、スマホを直哉に手渡す。

コータ「坂口安吾っていうんだけど、かなり好きなんだよね、オレ」

   ハル、文庫のページをめくっていた手を、ぴくっと止める。

直 哉「うわ、字ばっか! パス!」

コータ「(癪に障り)じゃ、頑張って」

直 哉「うそうそ! 読みます、読みますよ! だから書いて下さい!」

コータ「読むなら自分で書けよぉ……」

   海香、スクールバックを漁っている。

真奈美「ちゃんと持ってきた?」

   海香、バッグの中から桜柄のハンカチを取り出し、真奈美に見せる。

   海香と真奈美、笑い合う。


○ 高校近くのバス停

   バスが来て、停まる。


○ バス車内

   ハル、座席で鞄に文庫をしまっている。

   コータと直哉が立ち上がって通路に出ようとすると、その前に海香と真奈美が

   割り込む。

   真奈美が運転手に定期入れを提示してバスを降りていく。次いで、海香がスク

   ールバッグから定期入れを取り出す。

   と、海香のバッグから桜柄のハンカチが床に落ちる。

コータ「?(ハンカチに気づく)」

   海香、素知らぬ風でバスを降りて行く。

   直哉は何も気づかず、床のハンカチを素通りして、運転手に定期を見せる。


○ 高校近くの道

   海香と真奈美が校門へと歩いている。

   二人の背後に走ってきたコータが、ハンカチを海香の背に差し出す。

コータ「これ、落としたよ」

   海香と真奈美、笑顔で振り返るが、コータを視界にいれるなり、両者、実に嫌

   そうな表情に変貌する。

コータ「? あの……」

真奈美「チッ(あからさまな舌打ち)」

海 香「(すごく怒っている顔で)どうもありがとうございました!」

   コータの手からハンカチをもぎ取る。

   海香と真奈美が早々と歩き去っていく。

   茫然と立ちすくんでいるコータの横を、ハルが通り過ぎていく。

ハ ル「――(口元を片手で覆い、クスクス笑っている)」

コータ「……(ハルを見て、首を傾げる)」

   直哉がコータの背後に歩いてくる。

直 哉「どうしたんだよ、急に走って」

コータ「いや、落としたハンカチを――」

   と、振り返って直哉を見るコータ。

   直哉の顔はイケメンである。

   コータ、海香と真奈美の背を見て、

コータ「……そういうこと」

   ひとりごち、歩き出す。

直 哉「なに? どういうこと?」

コータ「なんでもない、なんでもない」

直 哉「はぁ? 教えろよ」

コータ「絶対教えない。教えてやらない」

   バスが発車していく。


○ [テロップ]『翌日』(黒バック)


○ 直哉が利用するバス停前(翌日/午前)

   直哉がひとり、バス待ちをしている。

   と、バスが来る。


○ バス車内

   前日と同じ座席に座っているコータが、恐る恐るバス後方の席を見る。

   車内には高校生らが何人か乗っているが、海香と真奈美の姿は無い。

   コータ、座席に座り直し、ほっと溜息。

   直哉が来て、コータの隣に座る。

直 哉「うーっす」

コータ「……今日はいないな」

直 哉「え、誰が?」

コータ「小悪魔ども」

   ハル、前日と同じ一人がけの座席で、カバーのかかった文庫本を読んでいる。

ハ ル「――(ふっと口元をゆるませる)」


○ 直哉が利用するバス停前

   バス、走りだす。


○ バス車内

   料金表のモニターに、『次は、○○高校前』と映しだされる。

運転手の声「次は、○○高校前です。お降りの際は、忘れ物のないようご注意下さ

      い」

   ハル、いち早く立ち上がり、前方に歩いて行く。

   数名の高校生がハルの後ろに続いた後、直哉が通路に出て、コータが続く。

コータ「ん?」

   と、ハルが座っていた座席に、カバーのかかった文庫本があることに気づく。

   コータ、文庫本を手にすると、窓の外の道をハルが通る。

ハ ル「――(コータをチラ見して、そのまま学校方向へ歩いて行く)」

   コータ、窓を叩いて忘れ物を知らせようとするが、ハルは振り返らない。

コータ「なんだよ……」

     ☓   ☓   ☓

   (フラッシュ・バック)

   海香のスクールバッグからハンカチが落ちるカット。

     ☓   ☓   ☓

   コータ、文庫本を見つめ、

コータ「はいはい……キミもか」

   下車待ちをしている直哉の肩を、コータの手が叩く。

コータ「(文庫本を差し出し)これ、忘れ物。隣の席に居た女子に届けてやって」

直 哉「なんで俺が?」

コータ「いいから、行け!」

   と、直哉に文庫本を押しつける。


○ 高校近くのバス停前

   コータがバスから下車してくると、直哉が高校方面から走り戻って来る。

直 哉「(ちょっと怒り)お前なんなんだよ」

   と、文庫本をコータに突き出す。

直 哉「わたしのじゃない。勘違いよ。――だってさ。ったく、間違えんなよなぁ」

コータ「えぇ? ……そんなはずは、」

   と、文庫本を受け取り、カバーのかかっている表紙をめくる。

   文庫の扉(とびら)に『白痴』と題が表記されてあり、その下に作者の名前。

   S「坂口安吾」

     ☓   ☓   ☓

   (フラッシュ・バック)

コータ「坂口安吾っていうんだけど、かなり好きなんだよね、オレ」

     ☓   ☓   ☓

   道を歩き進んでいた直哉が、振り返り、

直 哉「おーい、コータ?」

   コータ、見開いていた文庫本を閉じて走りだし、直哉を追い抜いていく。

直 哉「どうしたんだよ!」

   コータ、振り返り、笑顔で、

コータ「春が来た!」

   と、直哉を置いて走っていく。

   直哉、近くの街路樹を見上げる。

   木の幹で、セミがうるさく鳴いている。

直 哉「かわいそうに。本読みすぎてバカになったな……」

   と、向き直り、首をふりふり歩き出す。


[END]

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【シナリオ】 はつ春。 のうみ @noumi

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