ブレイブゲーム〜異世界でデスゲームが始まったら〜

南 波

第一話 ゲーム招待

 今日は久しぶりに雨が降った。

 地に雨が打ち、ザーザーと心地良い音を奏でている。


 俺は雨が好きだ。

 何かを打ち消してくれるあの音が、まるで世界を洗うかのように降り注ぐあの水滴が好きだ。


 しかし、時に雨はただ煩わしいだけの物に変わる時がある。


 俺は『坂野さかの 彩音あやね』と書かれた札が掛かった病室の前で、呆然と立ち尽くしていた。

 父さんや母さんが泣き喚き、医者達は切ない表情でうつむいている。誰かが寝ているベッドを取り囲むようにして。

 その情景に、俺は立ち尽くす事しか出来なかった。


 雨は降ると、必ず地に落ちる。

 それは常識で、それをくつがえす事は出来ない。

 それと同様に、人も生まれれば必ず死ぬ。


 彩音が死んだ。13歳の、妹が。


 死因は事故死。通学路を歩いていた彩音はトラックの運転手の居眠り運転によって、そのまま轢かれてしまった。


 俺は膝をガクリと落とし、そのまま床に崩れ落ちた。

 雨は、時にただ煩わしいだけの物に変わる時がある。


 雨は、俺の涙を嘲笑っているかのように思えた。



 □□□



 妹が死んでから一週間が経った。

 あれから学校に行く気力も失せ、ただただ植物のように時が過ぎるのを感じる毎日を送っている。


 思い出すのは、妹の笑顔。

 とても愛嬌のある笑顔で、元気で、それでいて優しくて——。


 彩音は、自慢の妹だった。

 誰にでも笑顔を見せて、この辛い世界でも必死で生き抜いていた。

 シスコンだろうとバカ兄だろうと、どんなに揶揄やゆされても構わない。

 叶わないと知っていても、つい願ってしまう。


「——彩音を、返してくれ」


 なんて呟いてみた時、着信音と共に俺のスマホに光が灯された。

 覗くと、画面には『一通のメールが届きました』と表示されていた。

 おい……友達を全員削除までしたのに、こんな時に迷惑メールかよ……。

 これで「一億円が当たりました!」とか、「のぞみだよ〜! 新しいアカウント作ったから登録しといてね〜♡」とかなら本気で許さん。


 なんて思いつつ、メールを開く。

 差出人は——GM?ゲームマスターか?

 まさか新手の詐欺か?ゲームマスターに扮して架空の多額課金アイテムを買わせようという作戦だな。

 とりあえず詐欺か否かの確認の為、メールを開いてみた。


『貴方の妹さんを生き返す方法があります』


 ————生き、返す?

 このGMとかいう奴は何故妹の事を知っている……?いや、それよりも生き返すだと?


 この世界の常識として、死んだ者は生き返るなんていうのは幻想、フィクションだ。

 あり得ないし、あってはならない。

 このメールを見ると、思わず自嘲気味な笑いが込み上げてくる。


「……まあいい。 一応は続きを読んでやる」

 その大変夢のあるメールに、再び目を向けた。


『貴方にはあるゲームへの参加権が与えられました。 クリアすれば、どんな願いでも三つ叶えられる権限が与えられます。 しかし、そのゲームは大変危険となっております。 命の保障はしかねますので、ご了承下さい。 それでは、ゲームに参加しますか?』

 メールの終わりには『はい』と『いいえ』の画像が添付されていた。


 命懸けのゲーム?願いを三つ叶える?馬鹿馬鹿しい。

 ——まあ、しかし、夢があっていいとは思う。


 彩音が生き返るなんて事になったら泣いて喜ぶし、命だって懸けてやる。

 嘘であっても、詐欺であっても、その可能性があるなら賭けてみたい。ただの自己満足だろうと。


「——やってやるよ。 ……迷惑メールだったら許さん」

 俺は迷わず、『はい』へと指を動かした。


 ……。

 ……。

 …………。


「で、どうすんだコレ」

 画像を押しても悪質サイトへと移されなかったという事は、迷惑メールではなかったのだろうか?


 しかし、何も起きない。

 夢のある事言うから、急に転移とか始まるのかーなんて思っていたけどそうでもなかったぜ!


 俺は若干拗ねながらも、枕に顔を突っ伏した。

 期待した俺が馬鹿だった。そんな都合の良い話、あるわけがないというのに。


 なんか眠たくなってきたな……。もうこのまま寝れそうだ。寝よう。起きていても何も面白い事は無い。

 俺は静かに目を閉じると、そのまま深い眠りへと落ちていった。



「………………ん?」


 目が醒めると、まず床が硬い事に違和感を覚えた。

 不思議に思いつつも、恐る恐る目を開く。

 そこには俺の部屋——は何故か無く、代わりにあったのは青い空。

 ……は?なんで屋外?

 身体を起こし、辺りを見渡す。


 賑わいを見せる西洋風の商店が軒並のきなみ、何世紀前のかも分からないような馬車がそこらを走っている。

 道を歩く人々は皆、現代離れした古い衣服を身に付け、街を眺めるようにして歩いていた。

 その中には剣を背中に携え、鎧に身を包む者や、ローブ姿で杖を持つ者など、まるで剣士や魔法使いのような容姿をした者が人々の中に自然に混じっている。

 人々の中には、犬のような風貌をしていたり、爬虫類のような容姿をしていたりと、普通の人間とは異なった人種の人も居た。

 全体的にファンタジーな中世ヨーロッパの都市部……といった雰囲気だろうか。


 どうやら、俺はその都市の中央公園の噴水前のベンチで寝ていたようだ。世界観ブチ壊しなジャージ姿で。


「——家で寝てたらいつの間にか中世ヨーロッパ風な街の中央公園の噴水前ベンチで寝てました〜……って——」


 深い溜息を吐き、ゆっくりと呼吸をリセットする。

 そして大きく息を吸い込み、空高くを見上げた。


「なんだよこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「うるせえよ馬鹿野郎」


 俺の雄叫びを邪魔するかのように、背後から冷たい声がした。


「あ、すいません……。 ってその服——」


 振り返ると、そこには金髪でカジュアルな服を着こなすイケメンの姿が。あ、死ね。


 思わず敬語で謝ってしまい悔恨の念に駆られていると、このブス(以後、金髪イケメンを「ブタみたいな女にスかれるカス」の略語として、ブスと呼ぶ)は黙って後ろに指を向けた。


 指の先には、ブスや俺のように、現代チックな服装に身を包んだ若い男女が十数名、そこに居た。

 全員風貌からして、高校生から大学生……といったところだろうか。

 皆この世界とは無縁そうな雰囲気がある。


「ここに気付いたら居たってのは、俺だけじゃないって事か……」

 何だか面白い展開になってきた。何?今からデスゲームでも始まるのかしら?


「……お前、GMってヤツからメールが届いただろ」


 ブスは面倒臭そうに、そう言った。

 おい、ブスなんだから敬語使えよ?ブスは敬語を使うってのがこの世の法則だろうが?アァン?でもその法則に基づくと、さっき咄嗟とっさに敬語を使った俺はブスになるよね。


「——届いたけど。 まさかお前も?」

「あそこの奴らも全員だ。 とりあえずあそこに行くぞ」

 そう言ってブスは、皆が集まっている方へと足を向けた。


「あいつ、絶対性格悪いだろ……」

 ブスの背中を眺めながら呟いた後、俺はその集団の中へと静かに混じった。

 それにしても、結構居るな。

 数えてみると、現時点では全員で十四人もメールが届いたようだ。

 いや、『はい』を選んだからここに居たのか?もしかすると、この面々は夢のあるゲームの参加者なのだろうか。

 しかし、全員ソワソワしているだけで、誰も口を開かない。全員コミュ障なのかな?


「……ゴホッ、ええと、皆さん。 とりあえず一旦落ち着きましょう」


 と思っていると、めちゃくちゃコミュ力の高そうな、これまた茶髪のイケメンが仕切り始めた。あ、死ね。

 その根っからの優男感が凄く鬱陶しい。リア充をそのまま具現化した感じがもう気持ち悪い事この上ない。

 これからはコイツをブス専って呼ぶしかないな。


「こんな状況ですし、自己紹介でもしましょう。 僕は池谷拓いけたにたくと言います。 十七歳の高校生です」


 十七……俺とタメかよ。比べられたらマジで嫌になるな。勝てるの目つきの悪さとか性格の悪さとかしか思いつかないんだけど。それ負けてるじゃねえか。


 池谷は爽やか笑顔で自己紹介を終えると、何故か俺の方をジッと見つめた。コイツ、ブス専に見えて実はホモだったりするのだろうか。案外肉食系だな。


「ええと……次、君が自己紹介してくれないかな?」

 ああ、そういう事か。俺を熱い視線で見つめていたのはそういう理由か。なんか裏切られた気分なんだけど。

 あまりこういう交流は好まないが、この状況だ。自己紹介くらいはしておこう。


「……坂野紡さかのつむぐ。 同じく十七歳」

「へぇ、同い年なんだね。 よろしく、坂野くん」

「ああ、よろしく……」

 池谷の爽やか笑顔が眩し過ぎてたじろいてしまった。ここまで爽やかだと逆に不気味だわ。


 と、そんな調子で自己紹介が進んでいき、全員の自己紹介が終えた。

 あの気色悪いクールイケメン(ブス)の名は、確か谷口輝たにぐちてるだった気がする。あまり覚えていない。覚えたくない。

 全員が自己紹介を終え一息つくと、池谷が咳払いし、話を始めた。


「……今の状況を整理しよう。 『GM』を名乗る人物から謎のゲーム招待メールが携帯端末に届いた。 それでここに居るみんなは、全員『はい』を選択し、急な眠気に襲われ、気付けばこの中世ヨーロッパのような世界にいた……。 間違いは無いよね?」


 池谷の説明に、全員首を縦に振った。

 やはりここに居る奴等は全員『はい』を選んでいた訳か……。

 という事は、ここに集められた俺達は全員謎のゲームの参加者になる。

 なら、そのゲームについて説明が要る。

 そうなると、ゲーム説明は誰がやるんだろうな。

 考えれば直ぐ分かるが。


「それで、そのゲームについてだけど——」

「ああ、それは私がやろう」


 池谷の話を遮るようにして、池谷の真横から声がした。

 そこには赤いローブを身に付け、白く不気味な仮面を着けた謎の人物——いや、“何か”が居た。何の前触れもなく、ただそこに居たのだ。

 この場の誰もが赤ローブの存在を、声がするまで認識すらしていなかった。

 この感覚、まるでずっとそこに居たのではないかと思わせる程に唐突で、自然。

 コイツの正体は、察しの良い奴なら直ぐに分かる。


「え? うわァ⁉︎」

 池谷は情けない声を上げながら尻から倒れた。こっそり笑った。


「やっと来たか……」

 谷口はウンザリした顔で呟いた。


 確かに、GM……ゲームマスターさん登場がサイヤ人並みに遅い。GMさんマジかめはめ波。

 GMはこの場に居る全員の顔をまじまじと見た後、「フフッ……」と不気味に微笑してみせた。


「そう。 ご察しの通り、私がGM——ゲームマスターだ」

 ふと周りを見回すと、心底驚いたと言わんばかりの顔をしている奴が何人か居て凄く面白かったです。


 池谷はゆっくりと立ち上がると、GMにいぶかしげな視線を送った。


「お前は、何者だ?」

「ゲームマスターだが、言わなかったか?」


 GMは池谷に目もくれず、その問いを軽くあしらった。

 その行動は池谷の逆鱗に触れたのか、池谷は顔を紅潮させ、荒げた声で再度問う。


「違う‼︎ お前は人間なのか、それとも違うのか、それを答えろと言っているんだ‼︎」

「私はGMだ。 君達にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。 私の正体を知ってどうする? 知ったところで無意味だ。 なら私が教える必要は無い」


 これはGMの言う通りだ。

 こんな化け物の正体を知ったところで、メリットなど有りはしない。


「そんな事はどうでもいい。 早くゲーム説明をしろ」

 谷口は鋭い眼光でGMを睨みつけた。コイツ絶対嫌われるタイプの奴だわ。ロンリーウルフでも気取ってらっしゃる?貴方それ、一匹狼と言うよりかヤバい奴ですわよ?お気付きになって?


「ああ、すまないな。 では早速説明する。 ちなみに質問は一切受け付けない。 基本なんでもアリなゲームだ。 ルールについての疑問があったなら、その答えは大体イエスと思ってくれて構わない」


 なんでもアリ、か。

 どんなゲームになるのか楽しみだな。殺し合いはちょっと勘弁だけど。


「今から君達が行うのは、この世界に居る絶対悪、『魔王』を一番先に討伐した者、もしくは最後の一人になった者が勝者となるゲーム——《ブレイブゲーム》だ」


 魔王を討伐なんて簡単に言ってくれるが、果たしてそれは簡単な事なのだろうか。いや難しいだろうな。というか無理なんじゃ?


「この《ブレイブゲーム》は色々とルールがある。 まず一人一人に、この世界の種族の血縁を与える。 これによって、その種族との交流が可能となる」


 さっき歩いていた犬や爬虫類のような種族との交流が可能になる訳か……。魔王討伐の鍵になりそうだ。


「続いて、君達にはレベルの概念を与える。 モンスターを倒すなどして、経験値を貯めるとレベルが上がる。 君達のステータスは全て数値化され、レベルが上がる毎に君達は強くなるという訳だ。 これは運動が苦手な者への救済みたいなものだな」


 つまり、皆平等に強くなる事が可能だという事か。飽くまで平等に魔王を倒すチャンスを与えられているんだな。この平等主義姿勢は是非現代社会で活用して頂きたい。


「そして、君達には一人一つ、スキルと呼ばれる異能を与える。 スキルは人によって違う為、有利不利が出るかもしれない。 それをどう使って有利に進めていくかが重要だな」


 魔王を倒すに当たって、スキルが一番影響してくるだろうな。

 良いスキルなら簡単に魔王を蹂躙蹂躙出来るだろうし、使えないスキルだと魔王どころか雑魚モンスターにも苦戦を強いられるんじゃないだろうか。分からないが。


「これで《ブレイブゲーム》の説明は終わりだ。 特に反則等は無く、プレイヤー同士で組むのも何の問題も無い。 このゲームは基本的に自由だ。 人を殺そうが、魔王を助けようが構わない」


 このゲーム、自分の動き方によってはマズい事になるな。

 GMの言う通りならば、ここに居る奴等は全員敵——。誰が自分の命を狙ってきても不思議ではない。


 GMは一通りの説明を終えた後、再び全員の顔をまじまじと見つめた。何故か俺を見ていた時だけ異様に長かった。怖かった。


「……説明も終えた事だ。 早速ゲームを開始しよう。 開始地点はそれぞれ別の場所からスタートとする。 スキルは転移後、感覚的に使う事が可能だ。 種族の判別は転移後、右手の甲を見てみれば分かるだろう。 では、これより転移を開始する」


 プレイヤー達の表情は様々だった。

 不安で表情を曇らせている者、終始無表情だった者、未だに信じられないのか、ぽかんと間抜けな面をしている者。


 だが、俺はどうだっただろう。

 心の底から込み上げてくる感情は何だ?

 妹を失った悲しみ?謎のゲームに参加させられる不安感?

 それもあるが、何かが違う。


 不思議と吊り上がった口角が、全ての答えを揉み消してしまうのだ。


「それでは全プレイヤーの皆様、良き勇者ライフをお楽しみ下さいませ」


 GMがそう告げた瞬間、俺の意識は突然喪失した。


 《ブレイブゲーム》——魔王を一番最初に倒した者か、“最後まで生き残った者”が勝者となるゲームである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブレイブゲーム〜異世界でデスゲームが始まったら〜 南 波 @minaminami73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ