二人の父の死

 明治32年(1899年)、次女の峰子に親戚を通じ見合い話が持ち上がった。長女きくゑきくいは既に坂城町に嫁いでいた。桜の咲きほこる春深い頃である。相手は東京の和菓子屋の跡取り息子、七澤安太郎という男である。


 その安太郎と安太郎の母かよが小林の家を訪れ、見合いをした。こちらは峰子と藤太、ゐしいし、親戚の叔母が出迎えた。その見合いの間も峰子はお茶の世話など気配りよく動いていた。


 安太郎は自分で作った菓子を持ってきて、皆にふるまった。菓子の話など話も盛り上がった。安太郎は朴訥だが心やさしそうな男だった。


 それから数日後、叔母を通じ、相手方がたいそう乗り気だと言ってきた。安太郎よりも母親が峰子を大変気に入ったとのことだった。もちろん安太郎も乗り気である。やはり和菓子屋に嫁ぐとなると、店も手伝わなければならない。それには峰子のように気配りよく、ちゃきちゃき働く娘がいいのだろう。峰子も安太郎の人柄を見て、乗り気になっていた。


「峰子姉ちゃん、東京は怖い所だって自分で言ってたのに、そんなとこにお嫁に行って大丈夫なの?誰にも頼れないんだよ」夏休みに小林の家を訪ねたおり、正子は峰子に尋ねた。

「大丈夫よ。安太郎さんは優しいし、和菓子もおいしそうだし。お義母かあさんも優しいわ」峰子はうれしそうに答えた。正子はそんな峰子を見て峰子がいなくなることが寂しくもあったが、羨ましくもあった。

 話はとんとん拍子に進み秋には峰子は安太郎の元に嫁いでいった。


 明治34年(1901年)、正子は春には無事に上田町立女子尋常高等小学校を卒業した。正子はその後は友助や秋の家事や畑仕事を手伝っていた。

 それは5月のこと。正子は秋に頼まれ、町に買い物に出かけていた。八百屋や魚屋をまわり、菓子屋の前でたまには友助や秋にお菓子でも買って行ってあげようかなどと考えていた時、太一が血相を変えて正子の元に駆けてきた。


「正子、大変だ。おっちゃんが、正子の父ちゃんが倒れた」

「ええっ、そんなこと」

 正子は太一とともに駆けだした。正子が家についた時には既に友助は布団に敷かれ、近所の町医者が横で首を振っていた。

「お父さん」正子は叫びながら、友助の布団に駆けよった。義母ははの秋は正子を認めると抱きつき「正子ちゃん。おとうちゃんが、おとうちゃんがあ」涙で言葉にならなかった。脳の病気で亡くなったと医者からは聞いた。

 尋常小学校も卒業させてもらい、これからたんと親孝行しなくちゃいけなかったというのに。何も恩を返せていないというのに。正子は深い悲しみにくれた。友助の葬儀には、藤太やゐしいしも駆け付けた。


 葬儀が終わると、藤太が憔悴の正子に話しかけた。

「正子、あまりに急でなあ。友助さんには良くしてもらったのになあ」

「ええ、本当に残念で仕方ない。親孝行もこれからだと思っていたのに」

「そうじゃなあ。それでな、秋とも話したんだが、友助さんが亡くなられてな、秋が正子の分の食いぶちを稼ぐというのも大変じゃ。四十九日が過ぎたら、うちに戻ってこんか。うちもみんな仕事をしだしたり嫁に行ったりと楽になっておる。どうじゃ?

「..うん。義母かあさんがそう言うなら。もう迷惑も掛けられんし」

「そうじゃな」


 四十九日が済むと、正子は清野村の家に戻った。上田の家を出るときには学校の仲間とともに、太一が見送りに来てくれた。太一の目はかすかに潤んでいるようだった。正子は太一と握手をして別れた。

 それからは家事や畑仕事を手伝っていた。時折り、隣の家に住む美代の勉強を教えてやったりしていた。


 十月の下旬、北風が吹く寒い日だった。河川敷の畑では大きな砂埃が舞っていた。藤太は畑仕事を終えて帰ってくるとすぐに縁側に腰かけた。大層疲れているようだった。藤太の顔を正子が窺うと蒼白い色をしている。

「お父どうした。顔色が大層悪いようだけど」

「ああ、ちょっと調子悪いなあ。だが疲れただけじゃろ。飯食って寝れば治るわ」そう藤太が答えたのだが、その夕餉で急に胸に手をあて苦しみ出した。

「どうしたんじゃ、おとう」正子は藤太に問いかけるが返事がない。

 藤太を母にまかせ、町医者のところに駆け込んだ。

 町医者は食事中だった。

「先生、おとうが大変なんじゃ」

 正子は町医者の自転車の後を追い家に駆け込んだ。ゐしいしは藤太を布団に寝かせていた。だが遅かった。藤太は既に亡き人となっていた。布団の脇ではゐしいしが泣き崩れていた。

 町医者の話では心臓の病気で亡くなったと言われた。

 東京まで行って苦労して仕事をしたがそれもままならず、藤太も本意ではなかっただろう正子を養女にまで出した。その後も苦労し通しだった藤太の生涯。金が無かったことが藤太の生涯を短くしたのかもしれない。金の大切さは藤太が身をもって教えてくれた。

 通夜、葬儀は粛々と行われた。突然のこととまだ若かった藤太のことで、皆深い悲しみに溢れ、あまり誰も話さない静かな葬儀であった。皆遺族にどう言っていいのかわからなかった。正子15の時である。

 正子は一年で二人の父親を亡くした。二人ともこれからやっとゆっくりとした余生を生きる矢先のことである。親孝行もまだしきれていなかった。深い悲しみに包まれるとともに人の人生とは儚いものだと思い知らされた。ただ明日死ぬかも分からない儚い人生ならば、自分の思う通りに生きてみたいと思うようにもなった。


 四十九日を終え、一週間ほど経たその晩正子はゐしいしに告げた。

「母さん、お父も亡くなってしまって働き手も兄さん達だけや。私は峰子姉さんを頼って東京に行って働こうと思っている。自分の食い扶持は自分で稼がなくてはと思っている」

「そうかい、正子悪いなあ。お前には子供時からあっちいけ、こっちいけと迷惑かけてばかりじゃ」

 ゐしいしは承諾してくれた。

「悪いなんて、そんな事はないわ。私が好きで行くのよ。それに上田の時はお父さんが亡くなってしまったのだから、仕方無いわよ。私は全然気にしてないわ」


 正子は峰子に手紙を送った。


峰子姉さんへ

 姉さん、お元気ですか。相変わらず、忙しい日々を送っていますか。

 お父の四十九日の法要には遠い所、来てくれてありがとう。母さんも大分落ち着きを取り戻してきたようです。

 兄さんや姉さん達も、お父の残してくれた畑仕事に精をだしています。

 ところで、私はこちらにいても兄さんたちの足でまといになるだけの毎日を送っています。

 そこで、私は東京に出て、何かの職につければと思っています。一人でも食い扶持を減らして、兄さん達を助けたいの。

 ご迷惑とは思いますが、最初だけで構わないから、姉さんの家にお世話にはなれないかしら。

 すみませんが、連絡下さい。宜しくお願いします。 

                                かしこ

正子


 峰子からは、すぐに返事があり、責任を持って引き受けるとのことだった。












東京に行きたい旨手紙を送ると、快く引き受けると返してきてくれた。

 

 





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