命短し恋せよ乙女 ~松井須磨子物語~

蒼井 円

山の向こうに

 私はいつも思うのです。義母ははは周りからいろいろ言われましたが、純粋に、ただ自分に純粋に生きただけなのだと。 


 明治19年(1886年)3月8日、正子はまだ肌寒く周囲の山々には雪が残る信濃の国の北部、旧松代藩、埴科郡清野村は小林家の9人兄妹の末っ子として生まれた。

戸籍を届け出たのはその後11月になってであり、11月1日を誕生日とした。


 日本では前年の明治18年(1885年)に内閣制度移行と共に初代内閣総理大臣として伊藤博文が任命され、日本が現代国家としての産声を上げたばかりの頃である。


 上には兄4人、姉4人の子だくさんの賑やかな一家である。生まれた時から頗る元気で、生まれてすぐに皆が驚くような大きな声で泣き出した。鼻は少し低いが愛嬌のある顔だちだった。


 父親の藤太は旧真田家の藩士ではあったが、明治維新と共に碌を無くし、9人もの子供たちを抱え生活は苦しい。親戚に僅かばかりの田畑を借り、米や野菜などを作ってはいたがそれでは足りなくなってきている。

 ただ藤太は朴訥とした性格で、皆元気がなによりと日々の暮らしを楽しく生きていた。藤太を補うように母のゐしいしは、しっかり者だった。


「父さん、このままではどんどん生活も苦しくなって来ますね」ある夜、布団に入って寝つこうとすると、隣の布団に入ったゐしいしが藤太に問うてきた。

「そうだなあ、みんな体も大きくなってきたし、米も足りなくなってくるなあ。何か畑仕事と別に仕事があればいいんだが、明日にでも仲間に相談してみるわい」

「お願いしますね」


 藩士の頃に貯めていた金も減るばかりだが、村の仲間に聞いてもなかなか田舎での仕事は見つからなかった。仕方なく藤太は頗る賑わっていると聞き、単身東京に上り、商いを始めることにした。


 清野村を出たのはもう4日も前の事だ。若かった頃と比べ足腰はかなり弱くなっている。歩の進み具合も遅くなっていた。藤太は四十一になっていた。


 家を出る時に見た末娘の正子の寝顔は可愛く藤太の後ろ髪を引かれた。歳をとってから出来た子だからか、きかん気だが藤太の後を拙い足つきで追いかけまわす正子は可愛くて仕方なかった。

「このらのためにも、金を稼がにゃならん」藤太は思いを強くして家を出た。中山道を歩いてやっとの思いで東京に入った。田舎と違い多くの旅人や町の人々が行き交っている。


 東京に出て来たはいいが、商いをやるにしても何から始めたらいいのかわからない。藤太はとりあえず泊まった宿で何日かを過ごす事にした。


「すみません、ここらへんで安く住まわせてもらえる長屋などはご存知ありませんでしょうか?」

 一泊した日の朝、藤太は宿主に聞いてみた。

「ああ、それなら角屋さんに聞いてみたらええ」

 藤太は宿主に近くに住む、ある長屋に連れていかれた。その長屋では子供達が二人ほどかけ跳ね、井戸の周りでは女が数人洗濯をしている。一番奥にある家を訪ね、宿主が声を掛けると、角屋太平が顔を出した。宿主は藤太を紹介し戻って行った。


「あんたはどこから来なすったね」太平は藤太に尋ねてきた。

「信濃の国は松代にある清野村から来ました」

「ほう、信州の人か。それでなんでここに来なさった」

「こちらで商いを始めようと思いまして」

「商いとは何を商いなさるんじゃ」

「いや何をやるかはまだ決めてはないんですわ」

「ほう、それはまた無謀な。何か考えはあるのかい?」

「田舎で野菜を作っていましたので、野菜の知識はいくらかあります。できれば野菜売りは始められないかと思っているのですが」

「ほう、青物売りか。たなは開くのかい?」

「金も無いし、まずは棒手振りぼてふりから始めようかと思っているんですわ。金を貯めていつかはたなが持てればと」

「あんた家族は?」

「田舎に妻と9人の子供を残してきたんですわ」

「それは大変だねえ。それじゃあこっちじゃ一人住まいになるのかい?」

「ええ当面はそのつもりです」

「それじゃあ少し狭いところでも構わないかい?そのほうが家賃も安く済むよ」

「ええ、もちろん」

「それじゃあ、ちょっと狭いがこの長屋の手前から2番目の部屋が空いているよ。家賃も他より3割ほど安くしとくよ」

「ありがとうございます」

「ああそれと棒手振りを始めたいんなら、知っている八百屋を紹介してやってもいいがね。どうなるかはわからんが、相談にはのってくれるじゃろ」

「本当ですか、ありがとうございます。こっちには知り合いも無くどうしようかと思ってたんですわ。本当にありがとうございます」


 藤太はその長屋に居を置くこととした。宿主に礼を言って宿からその長屋に移り住んだ藤太には、その日、太平が青物や魚、米を分け与えてくれた。

近くの布団屋や金物屋を教えてもらい、とりあえず必要な布団や鍋、食器を買い揃えた。

 陽が沈みかける頃、藤太が家に戻ると太平が顔を出した。


「今日の夕餉を支度するのも大変かと思ってな。今日は私のところで食べなされ」

「ありがとうございます。どうしようか迷っていたところですわ」

 藤太は遠慮なく太平の家で馳走になることにした。


 夕刻6時頃、太平の家に出向くと太平の妻の梅が出てきた。

「すいません、お世話になります。小林藤太と申します」

「ああ、あんたが藤太さんね。どうぞどうぞ上がって下さいな」梅は快く部屋に招き入れてくれた。

 太平は既に膳の前に座り、酒を飲んでいた。

「まあ座って一献やろう」藤太は太平の横に促した。

 藤太の膳にも焼き魚や漬物、味噌汁などが用意されている。膳に置いてあった猪口を取り、太平の酌を受けた。

「すみません、わざわざお気を使っていただいて」

「なあに、わしも酒の相手が欲しかったんじゃ。それよりどうだい、部屋の方は?」

「ええ、言われたほど狭くもないし一人では十分な家です。家賃も安くしてもらって、本当に良いところを紹介してもらえてよかったと思っていたところなんです。先ほど布団や鍋など買い揃えてきたので、明日からは何とか生活できそうです」

「そうかい、それは良かった。なんか困ったことがあったら遠慮なく言って下され」

「ありがとうございます。本当に良くしてもらって」

「まあこれも何かの縁じゃろう。お互い困っているときは助け合いながら生きていかなきゃのう」

「ほんとに礼を言ってもいいきれないぐらいです」

「まあまあ、もう礼はいいわ。それより田舎に残してきたお子はまだ小さいんじゃろ」

「一番下の娘はやっと2歳になりますわ」

「ほう、可愛い盛りじゃのう」

「はい、きかん気で、負けずぎらいなんですな。自分の思うようにいかないとすぐぐずる所はあるんですが、拙い足つきで追いかけてくるのを見ると、可愛くて仕方ないんですわ」

「そりゃあこっちで稼いで可愛いおべべを買って行ってやらないけんな。娘さんも寂しくしているじゃろうに」

「頑張らにゃあなりませんわ」藤太は自分にいい聞かせるように答えた。

 2時間程、太平と途中からは梅も加わり、田舎の話を語らいながら夕餉を馳走になり、太平の家を後にした。


 翌日、陽が昇ると太平に連れられ近くの八百屋を訪ずれた。看板には八百一と書かれている。


「弥一さん、この藤太さんが棒手振りとして青菜を売り始めたいらしいんじゃが、相談に乗ってはもらえんだろうかい。信濃の国から出てきたというんじゃが」太平が店の主人、弥一に頼んだ。

「小林藤太と申します。すみませんが、お願いできますか」藤太も太平の横で頭を下げた。

「ほう、棒手振りを。今までにやったことはあるのかい?」

「いや初めてで。田舎で野菜を作ってはいたんですが」

「お前さん、もうそれほど若くはないじゃろ。見た目ほど簡単なもんじゃないぞ」

「それは覚悟しています。命がけで頑張りますんで」

「それじゃあ、うちの棒手振りに交じって始めてみるかい」

「お願いできますか?」

「まあいいさ。太平さんの紹介とありゃ邪険にも出来んしの」

「すまんなあ弥一さん」太平が頭を下げた。

「本当にありがとうございます」藤太も一緒に頭を下げた。心の中で太平の心尽くしにも改めて礼を言った。

「それじゃあ、藤太さん。頑張りなさいよ」太平は長屋に戻って行った。

 その日から藤太は八百一で、若い者に交じっての棒手振りが始まった。慣れないことの繰り返しで、当初は青菜を入れた棒を担ぐだけでよろめいてしまう。客にもうまく声が掛けられない。それでも、いつも梅や長屋のみんなが買ってくれ、他の長屋にも懸命に売り歩いた。仕事を終え長屋に戻ると、へとへとで夕餉もとらずそのまま眠りについてしまうこともしばしばだった。若い衆には「おやじさん、しっかりしない。その腰つきじゃあいくらも走れんだろ」などとへっぴり腰を笑われることもあった。


 正子は藤太が東京に出て行くと寂しさを感じたが、3日も経つと藤太のことなど忘れたかのように相変わらずの日々を過ごしていた。

 兄や姉達の後を追いかけ、家の前に広がる野原や近くに大きくゆったりと流れる千曲川の河原や 妻女山さいじょざんまでの自然の中を駆け回り、あちこちに傷が絶えないお転婆で、母や兄、姉に怒られてばかりだ。だがそんなことも次の日には忘れてしまい、またもや駆け回り傷をあちこちに作って帰ってくる。また怒られての繰り返しである。


「お姉ちゃん、おとうちゃんはまだ帰ってこないのかなあ」正子が姉の峰子に聞いてくる。

「まだ行ったばかりでしょ。次のお盆には貯めたお金を持って帰ってくるっておとうちゃんも言ってたでしょ」

「早く帰ってくるといいのにねえ」

「そうだなあ、正子がもっと良い子にしてれば早く帰ってきてくれるかもしれんよ」

「そんなことないよ。おとうちゃんにはこっちの事なんてわからないもん」

「わかるよ。かあちゃんだって文を書いて送るって言ってたし、いたずらばかりしてると文に書かれちゃうよ。正子だけお土産もらえないよ」

「そうか、正子いい子にするよ」

「そうね、お手伝いもしっかりやって、いい子にするのよ」

「うん」

 

 正子は盆、正月に帰る藤太の話を聞くのが一番好きだった。藤太が賑やかな東京の様子を語ると、小さな目をまんまるくしながら聞き入った。藤太は東京での苦労もおくびに出さずにあれこれを話してくれる。

 神田や深川のお祭りの華やかさ。そして日本橋などの賑やかさを話して聞かせた。藤太が帰るときにはいつもみんなに買ってきてくれるお菓子や、草履などの土産もいつも楽しみにしていた。


「おとうちゃん、あたいも東京に行ってみたい」

「正子、お前はまだ小さいからな。お前ももっと大きくなったら行くこともできるよ」

「あたしも早く大きくなりたいよ」

「ああ、好き嫌いせずに何でも食べて大きくなりな」

「うん」


 明治24年、正子は4歳になっていた。

「なんで正子はいつもいつもそうなのよ」峰子が正子を叱りつけた。

「だって、お姉ちゃんが逃げていくから」

「逃げたわけじゃないわ。あたしはやすちゃんと遊びたかっただけ。正子は足手まといなのよ」

「そんなこと言ったって、あたしだって遊びたいわ。一人で遊んでいたってつまらないんだもの」正子は2番目の姉峰子が一番良く遊んでくれて好きだった。それなのでいつも峰子の後を追いかけていた。

「正子は隣の美代ちゃんと遊べばいいでしょ」

「だって美代ちゃんはうまく走れなくて、すぐ転んじゃうし」

「正子の方がお姉ちゃんなんだから、ちゃんと面倒みてあげないとだめでしょ。ほんとに我儘なんだから、いやになっちゃう」

美代は隣に住む女の子で正子より2つ下だった。

「そんなにお転婆ばかりしていると、とうちゃんにどこかに捨てられちゃうよ」

「そんなことないよ、とうちゃんはあたしの味方だもの。絶対そんなことしないわ」

「どうだか。いいこと正子はもう少しでいいからお転婆を止めなさい」

「いやよ。私はお転婆じゃないわ」

 そんな事が繰り返されていた。


 その年、藤太は東京での仕事を諦め、村に戻っていた。

 懸命に頑張ったのだが、歳もあり歩ける範囲も限られ、中々一日で売る青菜も増えてはいかない。何より性格的にも商売向きではなかったのだろう。

 そう簡単に藩士から商人へと頭も体の切り替えもできない。田舎者という気後れもあったのかもしれない。大きな声が上げられず、新規の客を他の棒手振りから奪えなかった。

 太平には良くしてもらったのに済まないと詫び、長屋を後にした。太平はそんなことはいいから、田舎で達者に暮らしなさいと帰路でのむすび飯まで用意してくれた。


「ねえ峰子姉ちゃん、あたいはこれからどうやって生きて行くのかなあ」正子は峰子に聞いてきた。

「何言ってんの正子は、とうちゃんやかあちゃんの言う通りにしてればいいのよ」

「でもあのお山の向こうに行ってみたいとはお姉ちゃんは思わない?あたしはとうちゃんが言っていた東京に行ってみたいわ」

「そんな事言って。そんなとこに一人で行けば悪い人に騙されて売られてどこかに行っちゃうのよ」

「そうなの?」

「そうよ。東京は怖いところなのよ」

「誰が言ったの?」

「おとうちゃんもおかあちゃんも言ってるわ」

「じゃあやめとく」


 東京での商いを諦めて戻ってきた藤太であったが、生活は苦しくなる一方だった。田畑もいくらか借り増して野菜を作っているが、追いつかない。苦渋の末、食いぶちを減らすよう、藤太の妹の秋が嫁に嫁いだ上田町に住む長谷川友助の家に正子を養女に出すことにした。長谷川の家では子が無かった。正子が数えで6歳になる年だった。


 正子は藤太に呼ばれ、仏壇の前で藤太の前に座らされた。

 正子はまた怒られるのかと思い、正座しながらそわそわしている。

「正子、よく聞いてくれ。お前になあ上田町にある秋叔母さんの家からもらい受けたいという話が来ているんだ。すまんが秋の家の子になってくれんか。お父が不甲斐無いばかりにこんなことになってしまったが、どうか頼む」藤太は正子に頭を下げながら告げた。それを聞いたとたん正子の瞳からはもう既に大粒の涙が零れ落ちていた。

「いやだ、行きたくない。もういたずらもしない。お手伝いもする。美代ちゃんの面倒もみるからここにおいて。お父、私を捨てないで」正子は駄々をこねた。その瞳からは涙がますます溢れ出ている。

「すまんなあ、正子。捨てるわけじゃないんだ。だがな、ここにいては金も無く尋常小学校にも行かせてやれんかもしれん。上田の家に行けば学校にも行かせてくれると言ってくれた。お父やおっ母を助けると思って行ってくれんか」藤太は涙ながらに頭を下げた。襖の裏ではゐしいしも涙を流していた。

「正子が悪い子だからいかなくちゃいけないの?」

「そんな事は無い。正子がいい子だから欲しいと言ってくれたんだ」

「そうなの?」

「ああそうさ」

「もうおとうちゃんやおかあちゃんや兄さん姉さんたちや美代ちゃんとも会えないの?」

「そんな事は無い、いつでも遊びに来るといい。上田とは鉄道も通り近くもなった。屋代で降りればすぐだ。長谷川の家は子供もお前一人になる。その金も出してくれるじゃろう。冬休みや夏休みはずっとこっちにおってもいいんだぞ」

「ほんとうに?」

「ああそうさ、行ってくれるか?」

正子は静かに頷いた。涙はもう止まっていた。


 正子は上田町の長谷川家に貰われて行った。正子が小林の家を出る時には藤太やゐしいし、兄、姉がみんなで送ってくれた。夕暮れ時に友助に手を引かれ後ろを振り向くと、みんなが涙を拭いながら手を振っていた。


 上田に移った正子に友助は約束通り上田町立女子尋常高等小学校に通わせてくれた。小学校に入学した正子は近所の子供達を従え、野山を駆け回っていた。

 近所に住む同い年の太一はそんな正子とは別の子供達と遊んでいた。太一は正子を気になっていたのだが、子供ながらにそんな事を言うのは男として恥ずかしく、またみんなが正子をいつも取り囲むようにしているのが悔しかった。正子が来るまでは、自分がガキ大将でみんなを従わせていた。そのためかいつも正子を揶揄っては怒らせていた。

 ある日神社で正子達がけんけんをして遊んでいると、太一達もその神社に現れた。

「ここは俺たちが遊ぶんだ、お前たちは他に行けよ」

「何でよ。先に遊んでいたのは私達じゃない。あんた達がどこか行けばいいでしょ」

 正子は先頭に立って抗議した。

「何だよ、正子。文句あるのか?」

「あるわよ、当たり前じゃない」

「なんだ、正子はもらいっ子じゃないか。お前のお父は本当のお父じゃないんだろう」

「別にいいじゃない、太一っちゃんには関係ないでしょ」

 関係ないと言われるとなぜか更に揶揄したくなる。

「やーいもらいっ子、もらいっ子」正子の周りで囃し立てる。太一の仲間も一緒になって囃し立てる。正子の仲間はそれを遠まきに見ている。

 正子は瞳に涙を滲ませながらも、眉根を寄せ、腕を上げ怒りの表情を見せる。

「何だよその顔は。鼻ぺちゃのくせに」

 それを聞いた正子はそばに捨ててあった木の枝で思い切り太一めがけて振り下ろした。木の枝は太一の頭に命中した。急に起きたことに一瞬みんなが静まり返る。と、太一は大きな声で泣きだした。

「えーん」太一は泣きながら頭を押さえうずくまる。太一の仲間が心配そうに歩み寄った。

「あっ血が出ている」太一の仲間の一人がそう叫んだ。

正子はそのまま走って家に戻った。正子の仲間達も正子の後を追って、自分の家に戻って行った。


 その夜、太一の母親が太一を連れ、友助の家を訪れた。

「うちの子が正子ちゃんに殴られて、こんな怪我を負わされたんですよ。正子ちゃんに謝らせて下さい」太一の母親は怒ってそう捲し立てる。太一の頭には包帯が巻かれていた。

 応対に出た友助は奥にいる正子を呼んだ。正子はそおっと玄関を覗き込み、しぶしぶ玄関に出てきた。

「正子が太一ちゃんに怪我させた言うとるが、本当かい?」

「...うん。でも太一っちゃんが」正子は言葉を詰まらせた。

「理由はあるんだろう。でもここは謝らんといかん」友助は正子の頭に手をやり頭を下げさせ、自分も一緒に頭を下げた。

「どうもすみません。勝気な子で」

「もう正子ちゃんは女の子なんだから、もっとおしとやかにするように言って聞かせて下さい」太一と太一の母は帰っていった。


 友助は正子からはその原因については何も聞かなかった。

「正子、お前が全て悪いんじゃないというのは分かっている。でもな、怪我を負わせるほどの事をしたのは自分でも悪かったと思うとるんじゃろ」

「..うん。お父さんごめんなさい」正子は上田の父はおとうさんと呼び、実家の小林の父はおとうと呼ぶようになっていた。

「よし、分かった。じゃあ、それを心に刻んでな。明日学校から帰ったら、太一っちゃんの家に行ってもう一度自分から謝ってな」

「はい」

 友助はそれ以上は何も言わなかった。正子は友助や秋にも迷惑をかけたことがいたたまれなかった。友助も秋も正子が上田に来てから本当に良くしてくれた。そのため小林の家に帰りたいと思うような寂しいこともなかった。

 少々のことでは怒らず、自由に遊び、学ばせてくれた。時折、正子は小林の家に本当に良くしてもらっている旨、文を書いていた。友助は藤太より年老いており正子の事が孫のように可愛いかったのだろう。正子は伸び伸びと育った。正子は10歳になっていた。 

 翌日、正子は太一の家に出向き、太一に謝った。太一も自分が悪かったとも思っていたし、泣き出した事も恥ずかしかったのだろう、素直に受け入れてくれた。その後はなるべく友助や秋には迷惑を掛けないよう勉学にも励み、尋常小学校時代を過ごした。









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