依頼遂行

「よし、到着。にしてもデカイな」

工場を兼ねるその本社は世界有数企業の名に恥じぬ大きな物だった。

故に警戒も厳重であるようで、門には数名の警備員が見て取れる。

「どう攻めるかね。社長の居場所はだいたいわかるとして…ま、正面から堂々と行けばいいか」

そう言いながら車を降り、ラジオで流れていたLittle Grean Bagを口ずさみながら正面の門へと近づいていく。

「Out of sight in the night out of sight in the day.Lookin' back on the track gonna do it my way.」

男に気づいたのか警備員5人のうち2人が男に近寄り告げる。

「おい、誰だお前は。ここから先は立ち入り禁止だ」

そう言った瞬間2人の内1人の首から上が飛んでいた。男の手には既に鞘から抜かれた刀が握られていた。

「誰だって構わんだろう。お前らは今から死ぬんだから大して変わらんよ」

そう言いながらもう1人も切り捨てる間に残っていた警備員3人が警報を鳴らし、連絡を取り始めていた。

「し、侵入者だ!応援、応援を!」

「敵は1人!」

けたたましく鳴り響く警報の中で軽く頭を抑えながら男は銃を取り出し、正確に3人の頭を撃ち抜いた。

「あー、うるさい。ちくしょう、こんなんなら裏から回ればよかったな」

そう言って門を通り越し、建物へと足を進めながら懐から煙草を取り出し、ジッポーで火をつける。

「あー、オイルがもう入ってねぇかな。帰ったら入れてやんねぇと」

「いたぞ!あいつだ!」

向こう側からリーダー格のような警備員が大声を出して周りに知らせながら男に向かって行く。

「全く…煙草ぐらいゆっくり吸わせてくれよくそったれ」

前方、後方、左右から警備員達が迫りくる。

「にしても、戦いのやり方がなってねぇな。まぁ平和ボケしたこの国じゃ仕方ないな」

途端に四方八方を警備員に囲まれていながら余裕の表情を浮かべ、煙草を吹かして呆れたように口にする。

「貴様、何者だ」

先程大声を放った警備員が銃を構えながら問う。

「何者だっていいだろう。どうせ死ぬんだから」

「…門にいた奴らはどうした」

「殺したさ」

全方向から銃を向けられながら平然とした様子で答える。

「…貴様は殺さん。生け捕りにして奴らの苦しみを」

怒りの表情を浮かべながら言うのを遮り男はまるで死刑宣告をするように告げた。

「何言ってんだ、死ぬのはお前らに決まってんだろ」

そう言った刹那男の銃が火を吹き敵の頭を撃ち抜き、刀が一寸の迷いもなく舞い踊り敵の首を飛ばした。それに呼応するように警備員達も弾丸と怒号を解き放つ。

男は1人1人の動きを見ながら放たれる弾丸の弾道を予測し、かわせる位置まで移動し、驚異度が高いと思われる敵から排除する。

同士討ちすら利用し、必要最小限の動きで敵をすべて排除する。

そうして銃声が鳴り止む頃には血の池と死体の山が出来上がっていた。

その中央で男は未だ血に濡れさえしない刀と鈍く光る銃を持ち、返り血で紅に染まりながらまた新しい煙草に火を付け始めた。

「円形になって撃てば味方にも当たる。常識だろうに、これだから平和ボケってヤツは」

首を小さく横に振りながらそう呟き、社長がいるであろうビルに向かって依然足を進める。そうして本社ビルが見えて来たという時男がふと呟いた。

「怖いぐらいに警備が薄いな」

男がいままでこなしてきた殺しと盗みの依頼の中には世界の要人であったり国宝レベルのものもあった。それらと比べて同等の警備でもおかしくはないというのに異様に薄い。

そう考えている間にに本社ビル内のエントランスへと到着した。

「ここまでも警備なしね。エントランスで撃ち合いになるもんだと思ってたが」

男の経験上これほど警備が薄かったことはなかった。それを怪しみながらも男はエントランスの真ん中を堂々と歩く。

「しかし立派なビルだな…うちの事務所もこんなにならねぇかね」

軽口を叩きながら依然ど真ん中を歩く。

そうしている内に結局誰1人現れることもなくエレベーターへと辿り着く。

「結局人っ子1人いねぇのか。ここの社長は社員に愛想でも尽かされたか?」

迷いなくエレベーターを最上階へと向かわせる。エレベーターの窓からは大きな敷地とその中に所狭しと並んでいるコンテナや工場を見渡すことが出来た。

そうして窓の外を見ているうちに最上階に到達し、エレベーターのドアが開いた。

「よう、社長さん」

男は数m先の椅子に腰掛けている社長、荒川義文に対して言葉を投げた。

「待っていたよ。君が来るのを」

荒川は立ち上がり、男の方に歩み寄る。

「さっきの戦闘も見せてもらった。さすがとしか言いようがない一方的な戦いだった」

「お褒めに預かり光栄だな社長殿。ところでここに来るまで異様に警備が薄かったが…死ぬ事を望んででもいるのか?」

男はこの部屋に来るまでに抱いた疑問を素直にぶつける。

それに対して荒川は少し笑いながら返す。

「死ぬことを望む、か。確かにその通りかもしれんな。いや、違うな…死ななければいけないか」

「死ななければ、ね」

荒川はワイングラスを2つ取り出し、それにワインを注ぎながら続ける。

「最後の晩餐だ。君もどうだ?」

ワインの注がれたグラスを男に差し出しながら聞く。

男は笑って返す。

「帰りに飲酒運転でお巡りさんにしょっぴかれるのは嫌なんでね。遠慮しとくよ」

その答えに荒川は大げさに笑いながらまた話し始める。

「面白いことを言うな、君も。もし君のような部下がいれば重宝しただろうな」

「殺しと盗みと脅しと潜入か?」

「ああ、そうだな。あとは兵器の実地試験だな。今からでも遅くはないな、この会社に入らないか?」

「いい誘いだが、残念ながら今の生活がなかなか気に入ってるんでね」

「残念だな」

荒川は大窓に近づき、眼下に広がる自分の工場を眺めながら語り出した。

「この会社は、今は亡き妻と建てた物なんだ」

懐かしい物を見るような目で窓の外を見つめながら続ける。

「最初はただ生活の中で便利なものを作っていただけだった。しかしそのうち」

男が荒川の言葉を遮る。

「軍や国家に便利なものも作っていた、か」

窓から視線を外すことなく荒川はまた続ける。

「その通りだ。それらを作り始めたのは妻が死んでからだった。妻を失って出来た心の穴を塞ぐように会社を大きくしていった。妻と最初に会社を建てた頃の理念なんか忘れてな」

そこまで言って荒川は黙り込み、静寂が生まれる。

その静寂の中で男が口を開く。

「そしてその中で得た人工知能とロボットのノウハウを使ってその妻を生き返らせようとした」

荒川は驚いた表情を浮かべながら窓から目を離し、男の方を振り返る。

「大切な人を生き返らせようとする気持ちはわからなくもねぇよ。そしてそれは成功した。そうだろ?」

「…ああ。しかしそこまで気づいていたとはな。驚いたよ」

目を細め男を見定めるようにして見つめる荒川に対して男は返す。

「最初はわからなかったさ。けどあんたの話を聞いてようやくだな」

男は来訪者に抱いた違和感を再び思い返しながらその冷たい鉄のような目を思い浮かべる。

「…ますます惜しい人材だな。こんな人材を逃していたとは」

「もう少し早くスカウトが来てたら気も変わってたかもしれねぇが死ぬ間際の相手にスカウトされてもな」

そう言って男は刀を抜く。

「奥さんに言い残すことは?」

荒川は悩むことなく、少し笑いながら答える。

「先に行っている、とだけ」

「本来なら先に奥さんがいるはずなのにな」

男の言葉に対して苦笑を浮かべながら荒川は続ける。

「確かにその通りだな…ぐうの音も出ない」

男も少し笑いながら荒川に近づいていく。

「別の形で会ってたら仲良くなってたかもな。社長さんよ」

男の言葉に対して荒川はまた苦笑を浮かべて返す。

「もう遅いことだがな」

「ああ、本当に遅かったよ。だから最期はせめて苦しまないようにしてやる」

「ああ、頼む」

荒川は来客用のソファーに座り、自分の死の時を目を瞑って待つ。

男は荒川の後ろに立ち友となり得るかも知れなかった相手にせめて苦しまないようにと、首筋に狙いを定めて刀を振り上げる。

「じゃあな社長さん、いつかあっちで会おうぜ。その時はワインでも飲もうぜ」

「ああ、楽しみにしている」

その言葉を最後に荒川の口から言葉が紡がれることは無くなった。頭はあるべきところに収まったまま、しかし確実に切り取られていた。

「帰るか」

男はそう告げ、エレベーターに乗る。

エレベーターの稼働音だけが部屋に響き渡り、次いで静寂が部屋を支配した。

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