鴉の1日

@azarea

依頼

「殺して欲しい人がいるんです」

ある夜来客者は唐突に訪れそう告げた。

「そっちの依頼か。まぁそこにかけて」

男は来訪者に椅子にかけるように促しながら自身は流しへと向かった。

「コーヒーと紅茶、どちらがお好み?」

「お構いなく」

来訪者はそう告げ、依頼について話し始めた。

「今回殺してほしい人物は荒川重工社長荒川義文です。手段は問いません。ただし絶対に殺してください。なにがあっても」

確固たる意志を持ちながら静かに淡々と口元だけを動かし告げる来訪者に男は少しの違和感を覚えながら聞く。

「荒川重工って言うのはあの荒川重工で間違いないのか?」

「はい。重機開発から武器開発、アンドロイド、戦闘用ロボットまで手がける荒川重工です」

「はぁ、それはまた大企業だ」

荒川重工は現社長である荒川義文が就任してから劇的に規模を拡大させ、いまでは世界有数の大企業へとのし上がった企業である。

家電、重機、武器、ロボット、戦闘機、戦車、艦、核兵器、ありとあらゆるものを作りありとあらゆる場所へと売り込む。家庭から軍や国家まで。

「で、あんたはなんでそんな大企業の社長さんを殺して欲しいんだ?」

この男はおかしな男だった。

普段は探偵事務所として事務所を構えながら、この男の裏の噂を聞いてやってきた依頼者からの殺しから盗みなどまで法に触れるような依頼をも請け負っていた。

その男は必ず依頼の理由を問うた。

そして男はその理由に眉一つ動かなければその依頼は受けなかったが、その理由に心が少しでも動いたならば報酬すら貰わないということもざらだった。

「俺の噂は聞いてるんだろ?」

林檎を片手に果物ナイフをもう片方の手で弄びながら男は問うた。

「さぁ、答えろよ。あんたが有川義文を殺したくて殺したくて仕方ない理由をよ」

男が握っていた果物ナイフの刃先を向けると来訪者は初めて視線を動かし向けられた刃先を見つめながら答えた。

「彼は、道を間違えてしまったから」

一瞬目に懐かしい物を見るような色を見せながら

「だから、殺さなくちゃダメなんです。もう戻れないから、せめて殺して止めてあげないと」

そう言って男の目を見つめた。

その目の中には先程までの懐かしむような色は消え失せ、確固たる意志とまるで鉄のような冷たい色があるだけだった。

「…気に入った。あんたのその想い、力の無いあんたに代わって代行しよう。報酬は要らねぇ」

そう言ってに片手に握っていた林檎を来訪者に投げやった。

「土産だ。取っときな。有名なブランド品らしいが俺にはスーパーの安売りと違いがわからなくてな」

「私はお構いなく、と言いましたが」

「まぁいいだろう?毒なんか入っちゃいねぇよ」

「…そうですか、では頂きます」

男はクローゼットからコートと物干し竿の箱を取り出し、隣の本棚の本を1列退かしながら大きな箱を取り出した。

そして大きな箱からは一丁の銃を、物干し竿の箱からは白鞘に覆われた日本刀を取り出した。

月明かりに照らされ鈍く光るその銃はスチェッキンAPS。1940年代末から1950年代初めに開発されたその大型拳銃からは9mmマカロフ弾が1分間に600~750発の速度で吐き出される。

そして刀。その刀に銘は無く、ただの白鞘に収まっていた。銘こそないものの世にある名刀と名高い刀と比べても何ら遜色はない、むしろその芸術的な美しさと狂気的な切れ味は何物にも追随を許さない程であった。

1度刀を抜き、敵に向かって振ればたちまちその敵を切り裂き、それでも血に濡れることすら無かった。

そしてその刀身は月に照らされ妖艶な輝きを見せながら乱れ刃と月を浮かび上がらせた。

男はそれらを1度見回した後コートの中に収めて告げた。

「さぁ、始めよう。どうする、あんたはここにいるか?それとも違う日にまたここに来るか?」

そう軽く、失敗などまるで考えていないしあり得ないといった口調で問うた。

「ここで待ちます。そんなに長くはかからないでしょう?」

対してそう告げた来訪者にも男が失敗するなど考えられないしあり得ないといった口調で答えた。

「お客様を待たせる訳にはいかないな…早めに終わらせるとしようか」

そう言いながら車のキーを取ってドアノブに手をかけた瞬間ふと思い出したように来訪者に向かって言葉を投げた。

「流しと冷蔵庫の食品は好きに使っていい。あとは本棚の本でも適当に読んで待っててくれ」

「わかりました」

来訪者が答えたのを聞いてからドアをゆっくりと閉じ、停めてある車へと向かった。

随分と年季の入った車のドアの鍵穴にキーを差し込みドアを開けて、エンジンをかける。有川重工本社へはここから車で15分程。

「さて、細かい事は向こうに着いてからでいいだろう。ラジオでもかけながら行こうか」

ラジオから流れる曲はLittle Grean Bag。誰もが聞いたことのある名曲である。

「おぉ、わかってるじゃねぇか」

そう言いながら男は車を走らせ荒川重工本社へと向かう。

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