これからの季節を、ずっと
1
町にクリスマスソングが流れ出す。商店街ではイルミネーションの飾りつけが始まる。
そして私は今年も、それを弁当屋のカウンター越しに眺めていた。
「ようっ、琴音」
「あ、雄大……いらっしゃいませ」
ポケットから小銭を出して、カウンターの上に置いた雄大に言う。
雄大が配達以外でこの店に来るのは久しぶりだった。
「いつものちょうだい。って覚えてる?」
「覚えてるに決まってるでしょ?」
雄大が私の前でふっと笑う。
「悪いな。最近昼飯、家で食ってるからさぁ。なかなか弁当買いに来れなくて」
「咲田さんが寂しがってるよ? 雄大が来てくれないって」
「琴音は?」
私は顔を上げて雄大を見る。
「琴音も俺が来なくて寂しい?」
カウンター越しに私を見つめる雄大に言う。
「うん。売上に貢献してくれてたお得意様が来なくなって寂しい」
「そっちかよ」
ははっとおかしそうに笑う雄大は、元の奥さんと娘さんと、実家のお米屋さんで一緒に暮らし始めたそうだ。
きっと毎日、元奥さんがお昼ご飯を作ってくれているのだろう。
「琴音」
「ん?」
レジを打ち込んでいる私に雄大が言う。
「お前は、最近どう?」
「どうって、別に普通だよ?」
「いつまでこんな弁当屋で働いてんだよ? まだあいつ迎えに来てくれねぇの?」
「ちょっと、こんな弁当屋って、失礼じゃない?」
取り出したレシートを雄大に差し出しながら答える。
「でも私のこと、心配してくれてるんだ」
「まあね。なんか俺だけ幸せになるのも、申し訳ないなぁなんて思って」
どこまで人がいいんだろう。この人は。
「ご心配なく。私、蒼太のこと信じてるから。だから離れてたって大丈夫」
「ほんとかぁ? 実は家に帰って、ひとりでしくしく泣いたりしてるんじゃないのかぁ?」
「そんなことしてません」
私はもう、想いを伝えられなくて、心の中で泣いていたあの頃の私じゃない。
「だから雄大は、何も心配しないで自分のことだけ考えて」
雄大が少し真面目な顔で私を見る。私はそんな雄大に向かってつぶやく。
「幸せに……なって?」
今、心からそう思える。
「……うん」
雄大が私から目をそらし、照れくさそうに頭をかく。そんな雄大の左手の薬指には、銀色のリングが輝いていた。
「はいっ、おまたせ! スタミナ焼肉弁当ね。おまけにコロッケつけといたから。ご家族分」
奥から出てきた咲田さんが、雄大に出来たての弁当を渡す。
「おおっ、おばちゃん太っ腹!」
「雄大くん、久しぶりに買いに来てくれたからサービスよ。またいつでも寄ってちょうだい」
咲田さんの声に、雄大が小さく笑う。
「うん。そうする。じゃあ、また」
そして咲田さんと私に手を振って、背中を向けて去って行く。
クリスマスの飾りつけの始まった、見慣れた商店街の中へ。
「再婚、するみたいね。元の奥さんと」
顔を上げた私に、咲田さんが笑いかける。
「幸せになって欲しいよ。雄大くんにも、琴音ちゃんにも」
「咲田さん……」
咲田さんはもう一度私に微笑みかけて、そしてまた奥の厨房へ入っていく。
私はそんな咲田さんを見送ると、カウンター越しに空を見上げた。
ひしめき合った建物の隙間に、十二月の狭い空が見えた。
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