「これ、和奏に返すね」

 目の前に差し出されたガラスのドームを、和奏がきょとんとした顔で見つめている。

 私はそんな和奏の手に、十年前のスノードームを無理やり握らせた。

「は? なんで今さら? お姉ちゃん今まで、これ捨てられなかったくせに」

「うん、今まではね。でももういらないから。和奏にあげる」

「そんなこと言っちゃって。これ蒼太くんとの思い出の品だったんじゃ……」

 そこまで言った和奏が、思いついたように言葉を切る。

「お姉ちゃん、もしかして蒼太くんに会ったの?」

「うん。会ったよ。元気そうだった。珍しいね、あんただったら蒼太の居場所くらい、とっくに調べてると思ってた」

 嫌味混じりに言ってやったら、和奏が怒った顔をした。

「うるさいな。私は今、バイトが忙しくてそれどころじゃないの!」

「いいことじゃない。暇な時間が多いと、あんたろくなことしないもんね」

 顔を赤く火照らせた和奏が、ガラスのドームを持った手を頭の上に振り上げる。

 思わず体をそらせた私に、和奏がバカにしたように言った。

「なんて、キレるわけないでしょ? 私、お姉ちゃんとは違うから」

 すっと手を下ろした和奏が、私から目をそむける。


「蒼太くんと……付き合うの?」

 私は黙って和奏を見つめる。

「だからもうこれは、いらないってわけでしょ?」

 スノードームを持つ和奏の手が、かすかに震えている。

「そうだよね。蒼太くんは私のこと、妹としか思ってないもんね。最初からお姉ちゃんのことしか、見てなかったんだもんね」

「和奏……」

 つぶやいた私に和奏が振り向いて、ふっと口元をゆるませる。

「でも私だって、小学生の頃から蒼太くんのこと見てたんだから。普段おとなしいくせに運動会になるとさりげなく目立って、私はいつも見学だったから、あんなふうに速く走れてカッコいいなぁって思って」

 私の頭に小学生だった私たちの姿がよみがえる。

「なのに私が蒼太くんのこと見ると、蒼太くんはいつもお姉ちゃんのこと見てた。それがすごく羨ましくて悔しくて。私もお姉ちゃんみたいになりたかったんだけど、体が言うこと聞いてくれなくて。だからどうやったら蒼太くんが振り向いてくれるかって、ベッドの中でそればっかり考えてた」

 私は黙って和奏の話を聞く。

「結局どんな手を使っても、私には振り向いてくれなかったけど」

 和奏が小さく息を吐き、私に向かって笑いかける。いつものようにすれた感じで。

「だけど私知ってるから。お姉ちゃんの知らない蒼太くんの十年間。蒼太くん、お姉ちゃんのこと忘れられなかったくせに、合コンで知り合った女の人と付き合ってたし、その人の部屋に泊まって帰ってこない日だってあったし……」

 そこまで言った和奏が、ふてくされたように顔をそむける。きっと和奏はそんな蒼太のことが許せないのだろう。

 和奏は私たちよりも、ずっと素直で純粋だから。


「和奏はいいね」

 私の声に和奏が顔を上げる。

「汚れてなくて」

「何それ嫌味?」

 違うよ。今なら本当に心からそう思える。

「勝手にすれば? お姉ちゃんも蒼太くんも。もう私のそばにいてくれなくても平気だから。私だって今に、私だけを見てくれるすっごく誠実な人を見つけるから」

「うん、そうだね。そうして」

「蒼太くんなんかより、十倍も百倍も誠実な人を見つけるんだから」

「うん」

 口をへの字に曲げた和奏が私をにらむ。そんな和奏に私は言う。

「私もこれからは勝手にさせてもらうね」

 和奏がぷいっと顔をそむけ、私の前から去って行く。私は黙って和奏の背中を見送る。

 和奏の手の中にはしっかりと、十年前のスノードームが握られていた。

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