十年ぶりに見る和奏は、昔と違って顔色が良かった。

 幼い頃から整った顔立ちをしていたが、ほんのりメイクをしているせいか、さらに綺麗に見える。

「これ……何なの?」

 けれど私は、十年ぶりに再会した血のつながった妹に挨拶もせず、手に持っている封筒を突き付けた。

「どこで撮ったのよ、こんな写真。気持ち悪い」

 私の声に和奏が笑う。

「気持ち悪いってなに? 自分のしていること棚に上げて。お姉ちゃん、お母さんの浮気、絶対許さなかったよねぇ? それなのになんなの? プロポーズまでされた人がいるのに、蒼太くんと抱き合ったりしちゃって。それって浮気じゃないの?」

「和奏!」

 私は持っていた封筒を、和奏の透き通るような頬に叩きつけた。


「いい加減にして! どこで私のこと調べてるのよ! どうしてあんたにそんなことされなきゃいけないの!」

「言ったでしょ? 私お姉ちゃんのことが羨ましいの」

 和奏がそう言って、ゆったりとした動作で地面に落ちた封筒を拾う。

「小さい頃から私のないもの何でも持ってて。作り物の笑顔を浮かべて、私に優しくしているふりをして、優越感に浸ってたんでしょ? 本当はお母さんを独り占めしている私のことが、憎くて仕方なかったくせに」

「和奏……もう、いいでしょ?」

 私は小さくため息を吐き、目の前に立つ和奏に言う。

「今の和奏は何でも持ってるじゃない。お母さんも新しいお父さんも……蒼太も」

「蒼太くん?」

 和奏が私を見てふっと笑う。

「蒼太くんは私のことなんか見てないよ? 初めて付き合った人のこと、十年間も忘れられないんだから」

 私はそっと和奏から目をそらす。そんな私に和奏が続ける。


「でも私はそれでよかったの。蒼太くんはいつも私のそばにいてくれたし、私が呼べばすぐに来てくれたし」

「和奏……」

 和奏が一瞬、深く息を吐く。その時私は思った。

 あの海辺の町にいた頃から感じていたこと。和奏がここまでする意味。

 やっぱり和奏は蒼太のこと……。

「なのに何で? なんでまた蒼太くんの前に現れるの? お姉ちゃんには、お姉ちゃんのこと大事に思ってくれている人がもういるのに」

「和奏。だからってこんなこと……」

「ねぇこの写真、プロポーズしてくれた人に見せたら、どうなるのかな? 実は動画も撮ってあるの。そんなの見せたら、お姉ちゃんたちもう修羅場だね」

「私のこと脅す気?」

 私の前で和奏が笑う。そして小さくつぶやくように言った。

「そんなことするわけないでしょ。バカみたい」

 封筒を持った和奏が背を向ける。私はその場に立ち尽くしたままだ。


「お母さん、中にいるけど? 寄っていけば?」

「……いい」

「お父さん……大変だったね。お葬式にも行けなくてごめんね?」

 私は和奏の背中を黙って見つめる。彼女が本気で言っているのか、どんな表情をしているのか、私にはわからない。

 昔からあまり父に懐くことのなかった和奏。和奏は父の死を、それを伝えなかった姉の私を、どう思っているのだろう。そして母も。

 かつて四人で暮らしていた私たちは、もう他人以上にバラバラになってしまった。今さら心が通じ合えることなど、きっとない。

「和奏……」

 庭へと続く門に手をかけた和奏につぶやく。

「もう、こういうのやめようよ」

 和奏の動きがぴたりと止まる。

「こんなことしても、何もいいことないよ」

 振り向いた和奏が私に言う。口元には笑みを浮かべて。

「やっぱりお姉ちゃん、変わってないね。そういういい子ぶったところ」

 和奏に向かって、私も笑顔を返す。


 そう、私は変わっていない。

 薄汚い本心を隠したまま、うわべだけの笑顔で上手くいけばいいと思っている。

 だけどこのままでは良くないということもわかっている。

 私は一度本心をさらけ出して、誰かにめちゃくちゃになるまで傷つけてもらわなければ変われないのだ。

「お姉ちゃん?」

 空がぐるりと回った。体がふわりと浮かぶような気がした。

 遠くで私を呼ぶ和奏の声が聞こえる。

 お姉ちゃん、お姉ちゃんって、どこまでも私のことを追いかけてくる、幼かった和奏の声が。

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