8
「なぁ、聞いてる? 琴音。俺の話」
「え?」
我に返って顔を上げると、雄大のあきれたような顔が見えた。
「お前最近ずっと、うわの空だよな。どこか具合でも悪いのか?」
「そんなことないよ?」
笑顔を作ってレジを打つ。弁当屋の前に立つ雄大が、そんな私に手招きをした。
「え? なに?」
「ちょっと顔」
「な、なんなの? こんなところでっ」
「は? 勘違いすんなよ。こんなところでキスなんかしないって。いいから顔貸せ、顔!」
カウンター越しに恐る恐る顔を出すと、雄大の大きな手が私の額に触れた。
「んー、やっぱり熱あるんじゃないか?」
「熱?」
そう言えばもうずっと頭が重い。なんだか寒気もするし。
そんな私を見て、雄大がため息を吐く。
「まったくお前は。いつもぶっ倒れるまで我慢するんだからなぁ」
我慢していたつもりはないけれど……。でも雄大は、私よりも私のことをわかってくれているような気がする。
「おばちゃん。悪いけどこいつ、早めに上がらせてもらえないかな?」
雄大が奥にいる咲田さんに声をかける。
「あら、まぁ、どうしたの?」
咲田さんがエプロンで手を拭きながら、店先まで出てきてくれた。
「こいつちょっと熱あるみたいで」
「だ、大丈夫だよ。どこも具合悪くないし」
「まぁまぁ大変! 琴音ちゃん、もうここはいいから、今日は帰って休みなさいよ!」
「え、あのっ、私本当に大丈夫ですから……」
「いいからおばちゃんの言うこと聞いとけ。俺は仕事中だから送ってやれないけどな」
雄大がそう言って弁当の入った袋を手に取る。
「夜、お見舞いに行ってやるから。ちゃんと寝とけよ」
「あらー、雄大くん優しいのねぇ」
苦笑いした雄大が、軽く手を上げて私たちの前から去って行く。
「ほら、琴音ちゃんも帰りなさい。あとは私に任せて。ちゃんと治してまたしっかり働いてちょうだい」
「……はい。すみません」
咲田さんに見送られて店を出る。途端に頭がくらくらして、商店街の薬局で風邪薬を買って帰った。
アパートに着いて集合ポストを開けると、いつもの桜色の封筒が目についた。
ため息をひとつ吐きながら、それをつかんで丸めようとした時、手触りがいつもと違うことに気がついた。
何か入ってる?
その場で封筒を破いて中を見る。中には数枚の写真が入っていた。
「何なの……これ」
背筋がぞくっと寒くなった。
薄暗くなった駅のロータリー。写真の中で抱き合っているのは、私と蒼太だ。
「和奏……」
どこで見てたの? どうしてこんなことをするの?
封筒を裏返して差出人の欄を見る。小野寺和奏と書かれた名前の上に、暗記するほど見慣れてしまった住所が並んでいた。
電車に乗って見知らぬ街で降りる。
封筒に書かれた住所は何度も見ていたけれど、実際ここへ来たのは初めてだ。
閑静な住宅街を少し歩くと、「小野寺」という表札が出ている、こぢんまりとした一軒家が見えた。
私は立ち止まり、しばらくその家を眺めていた。
綺麗に手入れがされている、小さな庭。
玄関先に並べられた、かわいらしい花の咲いたプランター。
ベランダに干してある、風に揺れる洗濯物。
それはどこにでもありそうな、平凡だけど幸せな家庭の光景だ。
和奏たちはいつからここに住んでいたのだろう。十年前のことは知らないが、私が東京へ出てきて手紙が送られてくるようになった五年前には、すでにここに住んでいたはずだ。
封筒に書かれた住所は、五年間ずっと同じだったから。
「お姉ちゃん?」
私の背中に声がかかった。
「やっぱり来たんだね?」
十年ぶりに聞くその声に、私はゆっくりと振り返る。
「和奏……」
「久しぶり。お姉ちゃん」
長かった黒髪を明るく染め、ふんわりとパーマをかけた和奏が、にこやかに私の前に立っていた。
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