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「いやぁ、たまにはええねぇ。こういうとこも」
雄大がふざけたようにそう言って、青空に向かって伸びをする。
港を通り抜ける海風は少し冷たかったけれど、空が澄んでいて気持ちがいい。
「なんかこれ、高校生のデートみたいじゃん?」
「雄大、口調がなんかヘンじゃん?」
私もふざけて返したら、雄大がおかしそうに声を上げて笑った。
ふたりの休みが重なった今日、足を伸ばして横浜まで来た。
海風の吹く公園を、こんなふうに雄大と並んで歩くのは久しぶりだ。
「次、観覧車乗りたい」
「その前に飯だろ? 中華街行こ」
「え、観覧車が先でしょ?」
「いや中華街だ」
くだらないことをしゃべりながら、行き先も決めずに歩く。雄大とは自然に会話ができて、一緒にいると楽しい。
「琴音。ほら」
少し前で立ち止まって、雄大が手を差し伸べる。
「え?」
「手、だよ。手!」
なんなの? 急に。
私がそっと目の前の手に触れると、雄大は私の手をぎゅっと握りしめた。
「なんなのよ、急に」
「たまにはいいじゃん! こうやって手つないで歩くのも」
前を向いたまま、また雄大が楽しそうに笑う。私もそんな雄大の横顔に微笑んで、手をつないで並んで歩く。
空が青かった。風が心地よかった。私の頭に「幸せ」という文字がなんとなく浮かぶ。
「……結婚しよっか?」
耳に聞こえる雄大の声。私はその場に立ち止まり聞き返す。
「……え?」
「結婚。しようかって言ったの」
ゆっくりと振り返った雄大が私を見る。
雄大と結婚――それを今まで考えなかったわけじゃない。雄大からそれとなく、気持ちを伝えられたこともある。
だけど私が、どうしても一歩を踏み出すことができなかったのは……。
「やっぱり気にしてるのか? 俺の過去のこと」
雄大がふっと私から目をそらし、あいている手で自分の短い髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
俺の過去……そう、それはもう過去の出来事のはず。
「ごめん。私、雄大のことは好きだけど……」
「結婚までは考えられない、ってことだよな? バツイチの男とは」
そう、雄大には離婚経験があった。
「あの頃はまだ若かったんだ。俺も彼女もハタチそこそこで。子どもができて結婚した」
公園のベンチに座って、私は雄大の声を聞く。
私たちの目の前を、小さな子どもがふたり、はしゃぎ声を上げながら通り過ぎる。
雄大はいつも、私が知りたいことは何でも話してくれた。
結婚していたことも。離婚したことも。子どもがいることも。ずいぶん前から私は知っていた。
「結婚してすぐに子どもが産まれたけど、俺たちのほうがまだ子どもだったんだよな。お互い親になり切れなくて、一緒に暮らすことがストレスになって、結局は一年足らずで別れた」
雄大は何もごまかすことなく、真実だけを私に伝えてくれる。
「子どもは彼女が育ててるよ。年に数回会う。女の子、今もう九歳。どんどん大人びてきて、会うたびに驚く」
そう言って軽く笑った雄大が空を見上げる。
「でもやっぱり……こんな男は嫌だよなぁ……」
雄大の声が胸に響いて痛む。
雄大は自分の過去を隠すことなく私に話してくれるのに、私は隠し事ばかりだ。
母が不倫をして親が離婚したこと。父の最期をたったひとりで看取ったこと。妹を心の中で憎んでいること。初めて付き合った人の面影を今もまだ夢で見ること。
私は何ひとつ話していなかった。雄大がそれでいいと言ってくれたから。琴音が話したい時になったら話せばいいと言ってくれたから。
海風に吹かれながら、こぼれそうになった涙をぐっとこらえる。いつまでもあの町の波音を忘れられない私は、隣にいるこの人にふさわしくはない。
「ごめん……ごめんなさい」
私の途切れ途切れの声に、雄大が苦笑いをする。
「何だよ。俺、琴音のこと、泣かすつもりで言ったんじゃないのになぁ」
「泣いてないもん」
ふっと笑った雄大が、ごつごつした大きな手で私の髪をなでて、そのまま私の頭を自分の肩に抱き寄せた。
「だけどさっき言ってくれたよな? 俺のことは好きだって」
私はうつむいたまま小さくうなずく。
雄大のことは好きだ。それは嘘じゃない。
雄大は私の頭をふわふわとなでながら言う。
「だったら一緒に住むってのはどうだ? 結婚しなくてもいいから」
そう言った雄大が、私の顔をのぞきこむ。
「住んでみて、やっぱりどうしても無理だって言うんなら、俺が出て行くよ。だから一度一緒に住んでみないか? ていうか俺が住みたい。お前がひとりで泣いてるかと思うと、一晩だってほっとけないんだよ」
私は顔を上げて雄大を見た。雄大がそんな私に笑いかける。
「いっつも無理して笑って……本当はすごく寂しがり屋なくせに」
小さく首を振り、否定しようとする私の唇を雄大が覆った。とろけるようなキスをしながら、すべてをさらけ出してしまえばどんなに楽かと考える。
「琴音……好きだ」
苦しいほど深く響くその声を、熱のこもった頭の隅で私は聞いた。
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