蒼太のこぐ自転車の後ろに乗って、海沿いの道を走る。

「どこまで行くのー?」

 潮風に吹かれながら私が叫ぶ。

「どこまでも! このまま海に沿って、行ったことのないところまで!」

「いいね!」

「いいだろ?」

 前を向いたままの蒼太が笑っているのがわかる。私は蒼太の笑顔を想像しながら、そっとTシャツの裾をつまむ。

 すると蒼太が片手でその手をつかみ、ぎゅっと自分の腰に巻きつけた。

「ちゃんとつかまってて」

「……うん」

 蒼太の体に寄り添って、額を背中に押し付ける。

 目の前を通り過ぎる見慣れた光景。海が山が人が建物が、どんどん現れては消えてゆく。

 このままどこまで行けるのだろう。海の彼方まで、空の果てまで……ふと考えて切なくなる。

 何もかもを捨てて、ふたりだけでどこまでも行けるなんて、できないってことくらい十七歳の私は知っていた。

 だけど今だけこのまま……目の前の現実から、目をそらしていられるのなら……。

 空の雲が容赦なく厚みを増していく。私は蒼太の体にすがるように、ぎゅっとしがみついた。


「降ってきた!」

 叫びながら自転車を道の端に止める。そばにあった小さな商店の軒下へ蒼太とふたりで駆け込んで、降り始めた雨を恨めしく見上げる。

 朝からどのくらい走ったのだろう。

 人影もなく、車通りも少ない見慣れない場所。他に店らしきものも見当たらず、以前海水浴場だったような目の前の浜辺は、遊泳禁止の看板が寂しく建っているだけだ。

 ずいぶん田舎に来てしまった気がするけれど、所詮自転車では、そんなにあの町から離れていないはず。

「……腹、減ったな」

「……うん」

 寂れた店でスポーツドリンクを一本と、甘い菓子パンをひとつだけ買う。

 それをふたつに割って、店の軒下でふたりで食べた。

「これからどうする?」

 本降りになった雨を眺めながら私がつぶやく。

 勢いでこんな所まで来てしまったことを、蒼太は後悔していないだろうか?


「……琴音は、もう帰りたい?」

 自分の幸せしか考えていない母と、何も知らなかった私をあざ笑う妹のいるあの家へ。

 黙って首を横に振り、私も聞く。

「蒼太は?」

 蒼太は何も答えなかった。ただ目の前で降りしきる雨を見つめている。

 その時店の中から店主らしきおばさんが出てきて、雨に濡れた私たちのことをじろじろと見た。

「あんたたち一体どこの子? この辺では見かけないけど」

「……行こう」

 蒼太が私の手を取り軒下から出る。雨の中、自転車を押しながら歩き始める蒼太の後を、私は黙ってついていく。

 熱く汗ばんだ体に冷たい雨が染み込んだ。少し前を歩く蒼太の背中にも雨の滴が染み込んでいく。


「蒼太……」

 蒼太の背中につぶやいた。

「……どこに行くの?」

 車が一台、雨水を弾きながら私たちの脇を追い越して行く。蒼太は何も言わずに、水たまりを踏みつけ歩き続ける。

「どこに行けばいいの? 私たち」

 どうしようもなく不安になってつぶやいた私の前で、蒼太が立ち止まった。

「あそこ……」

 道路の下の浜辺に、誰にも使われていないような小屋が建っている。以前は海の家として、海水浴客の休憩所にでもなっていたのだろう。

「あそこで雨宿りしよう」

 蒼太が自転車を止めて私に手を差し出す。ほんの少し戸惑ったあと、私は自分の濡れた手を蒼太の手に重ね合わせた。

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