3
私の思っていた通り、和奏はすぐに退院した。ちょうど彼女の十五歳の誕生日に。
「和奏? 具合どう?」
蒼太と買ったプレゼントを持って和奏の部屋へ行く。和奏はベッドの上で、布団をかぶって横になっていた。
「よかったね。すぐに帰ってこれて」
そう言いながら、自分の胸がちくちくと痛む。顔では笑顔を作りながら。
「和奏。誕生日おめでとう。これプレゼント」
ベッドのそばで私が包みを差し出すと、和奏は布団の影からそっと顔を出しそれを見た。
「隣町のショッピングセンターまで行っちゃった。新しくできたとこ。かわいいお店、いっぱいあったよ」
私の声に和奏は何も答えない。
昔はこんなことなかったのに。和奏は中学に上がった頃から、私とあまり話さなくなった。
「ここに、置いとくね」
枕元に包みをのせ、そのまま背中を向けた私に和奏の声が聞こえた。
「誰と行ったの?」
「え?」
振り向くと、ベッドの上に起き上った和奏が私を見ていた。
小さい頃、私がよく結ってあげた和奏の長い黒髪が、ぐしゃぐしゃに絡まり合っている。
近所のおばさんたちから「べっぴんさんねぇ」なんて評判だった色白で綺麗な肌も、顔色が悪いせいかくすんで見える。
「誰って……」
どうしてそんなことを聞くのだろう。そう思いながら私はついつぶやいていた。
「ともだち」
「紗香ちゃん?」
「そう」
蒼太のことを言えなかった。何も悪いことはしていないのに。どうして私は言えなかったのだろう。
私を見ていた和奏がふっと笑う。そして枕元の包みをビリビリと破くと、中からスノードームを取り出し目の高さに上げた。
「……キレイ、でしょ?」
じっとドームの中を見つめている和奏に言う。和奏は視線を動かさないままぽつりとつぶやいた。
「うそつき」
「え……」
「どうしてそんな嘘つくの? 本当は彼氏と行ったんでしょ?」
「なんで……」
なんでそんなこと。
後ろめたい気持ちと腹立たしい気持ちが、私の中でごちゃ混ぜになる。
和奏がそんな私をちらりと見て、バカにしたように鼻で笑った。
「おかしい。お姉ちゃんって、ほんと単純だね。私、テキトーに言っただけなのに」
体中がかぁーっと熱くなる。和奏はまたスノードームに目を向ける。
「……からかってるの?」
「お姉ちゃんが嘘つくのがいけないんでしょ? ちゃんと素直に蒼太くんと行ったって言えばいいのに」
「な、なんで蒼太が出てくるのよ?」
「え、もしかして隠してるつもりだった? バレバレなんだけど。お姉ちゃんと蒼太くんが付き合ってるの」
なんなの? 言わなかった私も悪いけど、和奏も知ってて知らんぷりしてたってこと? それに私を試すようなことまでして。
「いいなぁ、お姉ちゃんは。学校に行けて部活もできて。あ、部長もやってるんだっけ? 信頼されてるんだね、友達もたくさんいるし。おまけに最近、彼氏までできちゃったんだもんねぇ?」
私は黙って和奏を見る。和奏はスノードームをゆらゆらと揺らしながらつぶやく。
「自分ひとりで楽しんで、私はガラスの中に閉じこもってろってことでしょ?」
「何言ってるの? 誰もそんなこと……」
和奏がふっと笑って私に言う。
「でも蒼太くんだけは、やめといたほうがいいと思うけどなぁ? お姉ちゃん、きっと傷つくよ?」
「いい加減にして! なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの!」
思わず声を上げた私の前で、和奏はくすくすと笑っている。
「お姉ちゃんはいい子ぶってるだけで、何にも知らないんだね。ほーんとお気楽」
「和奏!」
「これもらっとくね。蒼太くんとのデートのついでに買ってくれてありがと」
それだけ言うと和奏は私に背中を向けて、ガラスのドームと一緒に布団の中へもぐりこんだ。
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