私の思っていた通り、和奏はすぐに退院した。ちょうど彼女の十五歳の誕生日に。

「和奏? 具合どう?」

 蒼太と買ったプレゼントを持って和奏の部屋へ行く。和奏はベッドの上で、布団をかぶって横になっていた。

「よかったね。すぐに帰ってこれて」

 そう言いながら、自分の胸がちくちくと痛む。顔では笑顔を作りながら。

「和奏。誕生日おめでとう。これプレゼント」

 ベッドのそばで私が包みを差し出すと、和奏は布団の影からそっと顔を出しそれを見た。

「隣町のショッピングセンターまで行っちゃった。新しくできたとこ。かわいいお店、いっぱいあったよ」

 私の声に和奏は何も答えない。

 昔はこんなことなかったのに。和奏は中学に上がった頃から、私とあまり話さなくなった。

「ここに、置いとくね」

 枕元に包みをのせ、そのまま背中を向けた私に和奏の声が聞こえた。


「誰と行ったの?」

「え?」

 振り向くと、ベッドの上に起き上った和奏が私を見ていた。

 小さい頃、私がよく結ってあげた和奏の長い黒髪が、ぐしゃぐしゃに絡まり合っている。

 近所のおばさんたちから「べっぴんさんねぇ」なんて評判だった色白で綺麗な肌も、顔色が悪いせいかくすんで見える。

「誰って……」

 どうしてそんなことを聞くのだろう。そう思いながら私はついつぶやいていた。

「ともだち」

「紗香ちゃん?」

「そう」

 蒼太のことを言えなかった。何も悪いことはしていないのに。どうして私は言えなかったのだろう。


 私を見ていた和奏がふっと笑う。そして枕元の包みをビリビリと破くと、中からスノードームを取り出し目の高さに上げた。

「……キレイ、でしょ?」

 じっとドームの中を見つめている和奏に言う。和奏は視線を動かさないままぽつりとつぶやいた。

「うそつき」

「え……」

「どうしてそんな嘘つくの? 本当は彼氏と行ったんでしょ?」

「なんで……」

 なんでそんなこと。

 後ろめたい気持ちと腹立たしい気持ちが、私の中でごちゃ混ぜになる。

 和奏がそんな私をちらりと見て、バカにしたように鼻で笑った。


「おかしい。お姉ちゃんって、ほんと単純だね。私、テキトーに言っただけなのに」

 体中がかぁーっと熱くなる。和奏はまたスノードームに目を向ける。

「……からかってるの?」

「お姉ちゃんが嘘つくのがいけないんでしょ? ちゃんと素直に蒼太くんと行ったって言えばいいのに」

「な、なんで蒼太が出てくるのよ?」

「え、もしかして隠してるつもりだった? バレバレなんだけど。お姉ちゃんと蒼太くんが付き合ってるの」

 なんなの? 言わなかった私も悪いけど、和奏も知ってて知らんぷりしてたってこと? それに私を試すようなことまでして。


「いいなぁ、お姉ちゃんは。学校に行けて部活もできて。あ、部長もやってるんだっけ? 信頼されてるんだね、友達もたくさんいるし。おまけに最近、彼氏までできちゃったんだもんねぇ?」

 私は黙って和奏を見る。和奏はスノードームをゆらゆらと揺らしながらつぶやく。

「自分ひとりで楽しんで、私はガラスの中に閉じこもってろってことでしょ?」

「何言ってるの? 誰もそんなこと……」

 和奏がふっと笑って私に言う。

「でも蒼太くんだけは、やめといたほうがいいと思うけどなぁ? お姉ちゃん、きっと傷つくよ?」

「いい加減にして! なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの!」

 思わず声を上げた私の前で、和奏はくすくすと笑っている。

「お姉ちゃんはいい子ぶってるだけで、何にも知らないんだね。ほーんとお気楽」

「和奏!」

「これもらっとくね。蒼太くんとのデートのついでに買ってくれてありがと」

 それだけ言うと和奏は私に背中を向けて、ガラスのドームと一緒に布団の中へもぐりこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る