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蒼太といつもの場所で別れ自転車で帰ると、家の前に止まっているタクシーに母が乗り込むところだった。
「お母さん?」
「ああ、琴音」
母が私に気づいて言う。
「和奏がまた発作起こしちゃって。これから病院行ってくるから。熱も下がらないし、もしかしたら入院になるかも」
「和奏……大丈夫なの?」
「大丈夫よ。琴音は家のことよろしくお願いね」
それだけ言い、母はタクシーに乗り込んだ。気になって中をのぞきこむと、すっと私から顔を背ける和奏の姿が一瞬見えた。
母と和奏を乗せた車が、私の前から走り去る。残された私はひとり小さく息を吐く。
こんなことはよくあること。母はまたしばらく和奏に付きっきりになるだろう。
その間、私が買い物に行き父の食事を作って、学校へ持っていく弁当を作り……。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐いてから、私は顔を上げた。
幼いころから細くてか弱くて、でもいつも「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と私を追いかけてきた和奏。
だけど最近は、あまりしゃべらなくなってしまった。
そう言えばまだ、私が蒼太と付き合い始めたことも話していない。
誰もいない家へ入って冷蔵庫を開ける。今夜はあり合わせのもので何か作ろう。料理なんて得意ではなかったけれど、母の代わりに仕方なく作っているうちに、かなり上達したと思う。
父が帰ってきたのは、日付が変わる頃だった。
「おかえり、お父さん」
「ああ……」
父はそれだけ言って、疲れた顔で部屋の中を見回す。テーブルの上にある私の作った夕食にも目を向けたけど、どうでもいいようにすぐ目をそらした。
「お父さん。和奏、また入院だって。病院行ってあげた?」
「いや」
建築会社に勤める父が、上着を脱ぎながら首を振る。
「お父さん、和奏のこと心配じゃないの?」
「どうせすぐに戻ってくるだろ」
父の言葉には棘があった。
「この前も医者に言われたじゃないか。体はどこも悪くない。精神的なものだって。母さんが甘やかし過ぎるから、和奏がわがままになるんだ」
「お父さん。和奏はわがままなんかじゃないよ? 本当に具合が悪くて……」
「琴音。お前本気でそう思っているのか?」
私は言葉を詰まらせた。言い返したいのに言い返せないのはどうしてだろう。
タクシーの中で、私から顔を背けた和奏の姿が頭に浮かぶ。
「……お父さん、ご飯は?」
背中を向けて、部屋を出て行こうとする父に聞く。
「先に風呂に入ってくる。琴音はもう寝てなさい」
音を立てて閉じられたドアを見つめながら、私はその場に力なく座り込んだ。
*
土曜日。蒼太と電車に乗って、この辺りでは一番大きな駅で降りる。
最近できた大型ショッピングセンターは、家族連れなどですでに賑わっていた。
「和奏ちゃんの具合どう?」
ぼんやりと雑貨を眺めていた私に、蒼太の声が聞こえた。
顔を上げると私服姿の蒼太の姿が目に写る。学校の制服やジャージ姿は見慣れていたけれど、私服姿を見たのは小学生以来かもしれない。
Tシャツにジーンズをはいた蒼太。初デートだというのに特に気合いが入っている様子もなく、それもやっぱり蒼太らしいと思った。
「あ、ああ、うん。入院しちゃった」
「え、入院?」
驚いた表情の蒼太に、笑いかけて言う。
「大丈夫、大丈夫。いつものことなの」
そう言いながら、昨日の父の言葉を思い出す。
――琴音。お前本気でそう思っているのか?
父の言う通り。私は和奏のことなど心配していない。和奏はすぐに戻ってくるだろう。具合なんて、本当は悪くないんだから。
「琴音? 大丈夫?」
蒼太に顔を覗きこまれ、ハッとする。蒼太はきっと、私が落ち込んでいるとでも思っているのだろう。
胸の中のドロドロとした薄暗い感情を、わざとらしい笑顔で包んで閉じ込める。
「え? 私は全然大丈夫だよ?」
「でもなんか元気ない。やっぱ心配だよな……和奏ちゃんのこと」
蒼太が気づかうような表情で私を見ている。後ろめたい気持ちに襲われて思わず顔を背けると、私の手にあたたかいものが触れた。
「これ見て」
雑貨の並んだ棚から、蒼太が右手で商品をとって私に見せる。その左手で、私の手を握りしめて。
「あ、スノードーム」
蒼太の手にのった小さなガラスのドームの中で、雪がキラキラと舞い落ちる。
「クリスマスみたいだな」
「絶対季節外れだよね。中に雪だるまいるもん」
蒼太が目の高さに上げたそれを、ふたりでのぞきこむ。顔と顔が近づいて、心臓の音が聞こえてしまいそう。
「これ、買おうかな……」
ドームの中の、閉じ込められた世界を見つめながらつぶやいた。
「和奏に」
「うん」
手をつないだままの蒼太が私を見て、おだやかに笑ってくれた。
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