八.破局

十四


「さて、答えを聞こう」

 翌朝、蜉蝣は八手にそう言った。

 二人は向かい合って座っていた。

 まだ日は低く、弱々しい日差しが長い影を作っていた。

 八手は少しだけ目元を拭うと言った。

「お願いします。……新しい武器を作ってください」

 鞘に入れた鉈刀を差し出した。

「本当に……いいんだな?」

「はい」

 その声に迷いはなかった。真っ直ぐな視線だった。

「分かった。作るのに数日は掛かるだろうから、ここで待ってもらう」


十五


「刃士たちが攻めてきました!」

 兵士が赤の国の王にそう告げた。ちょうど王と重臣たちが、王城付近の村で刃士らしき者を見かけたと会議をしているところだった。

 城内の者の多くはその一言で、酷く動揺した。

「――して、その兵力は?」

 王は意外にも冷静に聞いた。

 刃士が来ようとも、城の守りは万全に固めてある。たかだか十や二十の刃士で突破できるはずがない。それに、いざとなれば修羅が居る――そんな考えがあったからだった。

 確かに、既に城の各門に大量の兵士を配備していた。そのために各村の守りはほとんど捨てた。南にある正門と西、東の各門を合わせるとその数、三百人以上。聞いただけで尻込みするだろう。

 もっとも臣下たちは、刃士は常人とは比べ物にならないと知っていたが……。

「そ……それなのですが、どうにもおかしいのです」

 兵士は動揺を隠せずに口ごもった。

「何がおかしいのだ?」

「三つの門全てを攻めているのですが、一番守りの固い正門を攻めているのがたった一人……それも、刃士連合の大将の唐草だと名乗っているようなのです」

 そんな無茶な――どこからともなくそんな声が上がった。

 正門に配備された兵は百二十人以上。たとえ刃士でも、そこを一人で攻めるなど正気の沙汰ではない。

「王! これは陽動です! 奴らはなんでもない刃士を捨て駒にして、西門か東門から攻める気でしょう!」

 大臣の一人が言った。

「確かにそうかもしれんが、もし本当に大将だとしたら……奴の首を取れば、残りの刃士を黙らせられるのではないか?」

 王はそれを千載一遇の好機だと考えているようだった。


「全く、どうかしてる」

 西門を攻めていた刃士の一人、烏は山刀を手にそう言った。

「大将が一人で一番堅固な所を攻めて、おとりとは……」

 烏は山刀を鋭く振るうと兵士の首を裂いた。傷口から血が噴き出し、ゆっくりと倒れる。

「あの方には、囮という考えはありませんよ」

 そう言いながら細剣を振るうのは蟋蟀だ。

「おそらく、本気で一人で正門を制圧するつもりなのでしょう……普通の刃士では不可能ですが、あの方ならできます」

 蟋蟀はそう確信しているようだった。

 王城を攻めるにあたって、作戦を立てる段階になって、唐草が一人で正面から攻めるので残りは左右から攻めろと言い出したのだ。

 皆最初は止めたが、大将が言うならそうするしかあるまいということでこの作戦に決まった。

 今頃、正門には唐草一人。西門には蟋蟀、烏、薊を含む四人。東門には鳶を含む五人の刃士が攻めているはずだった。

 合計たった十人。本来なら十二人になるはずだったが、二人は合流前に死んでいた。これから修羅との戦いが待っていることを考えれば絶望的な兵力だが、それを補う手段はまだない。

「……やはり数だけか。修羅は居ないのか?」

 そう言ったのは二刀流で短めの曲刀を持った刃士、蟷螂かまきりだ。

 蟷螂は苦も無く左右の兵士を同時に斬り捨てた。二人の死体が一気に転がる。

 蟷螂は朴の木の部隊を襲った刃士の一人だった。

「私の予想が正しければ、おそらく修羅は――」

 蟋蟀はそう言ったところで、襲い掛かってきた兵士の胸に細剣を突き刺した。

 その背後では、薊が鎖鎌で兵士の喉を裂いている。

 兵士たちは既に劣勢だった。西門と東門にはそれぞれ九十人程の兵を配備していたが、この西門の兵で生きている者はもう四十人程度だった。

 最初は果敢にも斬りかかってくる兵士も多数居たが、今では大半がじりじりと後退しだしていた。


 正門では唐草が戦い、いやほぼ一方的に虐殺していると言った方が正しかった。

 最初、唐草は大太刀を構えて正門を真っ直ぐ見つめて立つと、自分こそが刃士連合の大将だと名乗りを上げた。

 百二十の兵を相手にたった一人、それも大将の首を取れば大手柄だ――そんな余裕と功名心に駆られて兵士たちは群がってきたが、すぐにその過ちに気付くこととなった。

 強い。強すぎた。

 唐草は群がってきた兵を横薙ぎの一閃で三人まとめて斬って捨てた。最も深く斬り込まれた兵士は胴体が真っ二つになって飛んだ。

 それだけでも十分な脅威だったが、もちろん一太刀で終わるはずがない。

 巨大な刃から繰り出される一閃はその度に兵士数人を斬り捨てた。

 背後から槍で突き刺そうとした兵士は振り向きざまの一振りで首が飛んだ。

 本来ならそんなにも素早く動ける武器ではないはずだが、唐草の技量はその限界すら超えているらしかった。

 間もなく、兵士たちは自分たちが一番の貧乏くじを引かされたのだと気付いた。これならまだ、同時に襲撃されているらしい他の門の方がましだったのだと。

 あれは人なのか。地獄の鬼じゃなかろうか――そんな諦めにも似た雰囲気が既に漂っていた。

 唐草が一振りする度、兵士の胴や首が飛んだ。

 もはや兵士たちは悲鳴を上げることすらできず、立っているだけの案山子かかしに等しかった。

 兵力は半数を切っていた。

「戦う気が無いなら、道を開けろ!」

 唐草がそう言うと、誰一人躊躇わずに道を開けた。


「そんな、正門が劣勢だと……そんなことがある訳がない!」

 王は苛立ちを隠せずにそう叫んだ。

「し、しかし事実なのです! あれは……もう人ではありません!」

 兵士の体は小刻みに震えていた。兵士の生まれた村では、刃士は「守ってくれる存在」だった。それが敵に回すとこれ程恐ろしいとは……正直、考えたこともなかった。

「王、降伏しましょう!」

 宰相が叫んだ。大臣たちも口々に同意した。

「ええい! 今更刃士共に頭を下げろと!? そうだ! まだ修羅殿が――」

 その声に答えるように、青年とその左右に居た男が立ち上がった。

「さて、そろそろ頃合いですね」


 東門では、鳶たち五人の刃士が戦っていた。

 鳶は両刃の大斧を振り回し、縦横無尽に暴れまわっていた。

 青柳すら倒した刃だ。並の兵士など敵ではない。

 残りの四人もほとんど一方的に蹂躙する形となっていた。

 もはや兵士に士気など無いに等しかった。

 これ以上戦っても意味はあるまい――鳶は薄々そう感じ始めていた。もとより、必要があれば戦うが、好戦的な刃士ではない。村を襲った時も、正直乗り気ではなかった。

「お前たち、降伏するなら――」

 鳶がそう言いかけた時だった。

 兵士の間から、歓声とも悲鳴ともつかぬ大声が上がった。

 それを割って現れた三人。それぞれ大鎌、刀、三叉槍を手にしている――あれは兵士ではない、刃士……修羅だ!

 刃士連合の刃士たちは身構えた。明らかにこれまでの相手とは格が違う。

「そこを退いてもらえませんか?」

 先頭の大鎌を手にした涼し気な青年が言った。口調は丁寧だが、常人には断ることができない程の威圧感があった。

 だが――

「断る!」

 鳶はそう言うと一気に斬りかかった。他の刃士もそれに続いた。

「やれやれ……残念」

 青年はこともなげに鳶の斧を大鎌の柄で受け止めていた。


「どうやら、先手を打たれたようですね」

 蟋蟀が背後から唐草にそう声を掛けた。西門の刃士たちも一緒に居た。

 彼らが居るのは、王城の会議の間だった。先程までは、赤の国の王とその臣下たちがひしめいていた所だった。

 しかし、今では死体しかなかった。王と重臣たちは血塗れの死体になって横たわっている。その血で部屋全体が赤く染まっていた。

「お前の予想通りになったな」

 唐草は振り返らず、そう言った。

 おそらく修羅は追い詰められれば、自分たちをよく知る赤の国の者たちを殺して逃げる――それが蟋蟀の予想だった。

「これでは、何の情報も得られませんね……。それに東門の連中はおそらく――」

 蟋蟀が珍しく落胆を隠さずに言った。

「ああ、まだ来ていないというのは……そういうことだろうな」

 唐草が短く答えた。

 修羅は東門から逃げた。そして、その東門の五人が来ていないということは、修羅に殺されたと見て間違いない。

「鳶も居たのに、あの五人がそう簡単にやられるものですかね?」

 烏は少し信じがたいという様子だった。

「烏、修羅というのは人斬りに特化した刃士……人間相手なら、なかなかかなう者は居ません」

 蟋蟀が静かに言った。

 先程までとは打って変わって静まり返っていた。

 赤の国の王の死体の目は見開かれていた。自分たちが口封じに斬り捨てられるとは思ってもいなかったのだろう。

「それで……いかが致しましょう?」

 蟋蟀が唐草の判断を仰いだ。

「不本意だが……城の生き残っている者に告げろ。『修羅に先を越された』とな」

 唐草は苦々しげにそう言った。

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