九.成長

十六


「待たせたな」

 蜉蝣は八手にそう声を掛けた。

 日が少し西に傾きかけていたところだった。

「これが、お前さんの新たな刃の武器だ」

 蜉蝣は、鞘に入ったそれを八手に渡した。

 八手は鞘から抜く。真っ直ぐな両刃の剣、細剣だ。どことなく地蜂の剣にも似ていた。

 新しい刃に西日が反射して輝いていた。

「軽い」

 八手は片手でそれを軽く振りながら言った。

「鉈刀に比べれば、細く薄いからな。もっとも、強度はそれに劣るが……相手の武器を受け止める時はなるべく根元を使え」

 さて――そう言うと、蜉蝣は鞘に入った大剣を手にした。

「使い方は、体で覚えてもらう。浮ついた気持ちで居たら、命を落とすぞ」

 蜉蝣は大剣を抜きながら言った。

「お願いします!」

 八手は、蜉蝣の目に力がこもってくるのを感じながらそう言った。


 降り積もる雪の中、八手は蜉蝣と刃を交えた。

 しかし、まだ新しい武器に慣れていないのもあって、八手の動きはどことなくぎこちなかった。

「振り過ぎだ。もう少し小刻みに振るえ」

 頭では理解していたが、どうしても鉈刀と同じように振るって、結果として隙だらけになってしまっていた。

「突きを有効に使え」

「間合いをもっと意識しろ」

「刃先の方で受け止めようとするな」

 蜉蝣はまとめてではなく、一言ずつ助言を与えた。それは八手にとって新たな師のようでもあった。

 日が暮れるまでそれは続き、また翌朝になると再開された。それが何日も続いた。

 蜉蝣が八手に教えていたのは、もっぱら対人用、もっと言うならば対刃士用の戦い方だった。獣相手ならば、今でも十分に務まる。だが、刃士との戦いを想定した場合、まだまだ八手は未熟だった。本来なら、師である青柳が教えたであろうことを蜉蝣が教えていた。

 この先、刃士と戦う必要が間違いなく来る――そう蜉蝣は確信していた。だからこそ、その最低限の手ほどきをするつもりだった。

 もっとも、それは間違いだと悟った。

 何度目かの八手の刃を蜉蝣は大剣で受け止めていた。

 金属音が響き、火花が散る。

 蜉蝣の剣を握る手に力がこもった。すぐさま八手の細剣を弾き返して体制を立て直す。

 強く、なっている。

 蜉蝣は確信した。手ほどき程度では済まない。この数日の間に、体に合った武器を与えられ、それで刃を交えることで八手は急速に成長しているのだと。

 八手にもう最初の頃のようなぎこちなさは無かった。意のままに細剣を振るい、蜉蝣の方が防戦一方となっていた。

 八手は、自身の変化に気付いていた。変化した――というより、それが自身の本来の戦い方であるように感じていた。

 八手は蜉蝣の大剣をかわすと、その喉元に細剣を突きつけた。

「参った。見事だ」

 蜉蝣は素直に負けを認めた。

 片足をひきずっていなければ、蜉蝣の方にまだ分があったかもしれない。それでも、この短期間に八手が強くなったことに間違いはなかった。

「今日はもう遅い。一晩泊まって明日たつといい」

 蜉蝣は満足そうにそう言った。


 小屋に戻ると、男が一人待っていた。

「ああ、刃士様がこちらに居られると聞いて!」

 男は慌てた様子だった。

「何があった?」

 蜉蝣が聞く。

「私はこの村から少し離れたところの『銀杏いちょう』の村に住んでいるのですが……近頃、アオゼオオカミの群れが村の近くに居座って困っておりまして――」

 男は事情を語りだした。

 男が言うには、村の近くにどこからかアオゼオオカミの群れがやってきて、その傍の山中に居付いてしまったのだという。

 夜行性の獣なので、最初のうちは村に降りて襲ってくるのは夜だけだったが、最近は昼間にも時折村に降りてくるようになったそうだ。

 アオゼオオカミは月明かりでその背が青白く光って見えることから付いた名前で、体長は大きいものなら二メートルを超える。性質は凶暴で、一旦人の味を覚えると何度でも襲ってくるので非常に厄介だ。

「今ではもう、村人は戸を閉め切って閉じこもり、行商も村を避けているのか来ないようになり……刃士様に退治してもらわなければどうにもならんのです」

 男の目は必死だった。

「いい機会だ。その武器の切れ味を実戦で試して、後で教えてくれ」

 蜉蝣は八手にそう言った。


 翌朝、八手は銀杏の村へと向かった。

 村の男は蜉蝣の所に残してきた。そこが安全だというのもあるが、刃士だけの足で向かった方が早いというのも理由だった。

 昼を少し過ぎた頃には、その村に着いた。

 村の者は誰も外に出ていなかったので、その村で一番立派な家を探すとそこを訪ねた。

「誰だ?」

 締め切られた戸を叩くと老人の声で反応があった。

「あなたが村長殿ですか? 刃士の八手です。この村がオオカミに襲われていると聞いて――」

 刃士と名乗って男から聞いた事情を掻い摘んで話すと、老人、年老いた村長の口調が変わった。

「ああ、刃士様が来てくださった。お願いです。刃士様、どうか奴らを――」

 村長はそう言いながら、戸を開けると八手を中に入れてすぐに閉めた。

「今はまだ、来ていないのですか?」

「ええ、今日のところは、昼間は無事のようです。ですが、日が暮れたらまた――」

 村長は、最近では戸を閉めていても、夜になるとこじ開けて入ってくることもあるという。それで犠牲になった村人も何人も居るそうだった。

「それなら、夜に見張りに立ちましょう。奴らがどこから襲ってくるのか教えてください」

 八手は青柳がヨツバイノシシを退治した時のことを思い出していた。あの時は弟子として待っていたが、今度は自分自身が見張りに立つのだ。


 深夜、八手は細剣を抜くと村の北側の入口に立っていた。

 村長の話だと、ここからアオゼオオカミは毎夜降りてくるということだった。

 その数およそ十数――獣とはいえ油断ならない。

 八手は視線を感じていた。それは相手が襲ってもいいかどうか考えあぐねている獣の視線だった。

 相手が動くのを感じた――来る。

 脇の茂みの中から、一匹が飛び出してきた。

 速い――すんでのところでかわしたが、そうしなければ喉笛を噛み千切られていた。

 八手は細剣を振り下ろし、その胴体を真っ二つに斬った。臓物と血がそこから溢れ出た。

 それが合図となったかのようにオオカミたちは八手に次々と襲い掛かった。

 八手は今までよりも機敏な動作でそれらを斬り捨てていく。鉈刀の時よりもずっと速い。一撃の威力こそ劣るが、しっかり相手を捉えれば問題ない。

 八手は襲い掛かってきた一匹の眉間を突き刺した。悲鳴とも怒声ともつかぬ声を上げて倒れる。

 ――いける。

 八手はそう確信していた。


十七


 八手が銀杏の村にたった日の昼頃、蜉蝣の所に青の国の兵士が来ていた。

「『白雷びゃくらいの蜉蝣』様! ここに刃士様が居られると聞いて来たのですが……」

 兵士は玄関前に立つと、かしこまってそう言った。

「昔の呼び名はよせ。それにもう刃士でもないのに、遠慮は要らん」

 蜉蝣は面倒くさそうにそう言った。まだ昔の呼び名を知っているというのは、律儀な人間も居たものだ。

「しかし……我々にとって、蜉蝣様は蜉蝣様です! ところで、ここに刃士様は……」

「ああ、八手なら今頃は銀杏の村だろう。……荷物も置いていったし、明日には戻るだろう。で、何の用だ?」

「はい、王が――」

 青の国の王が、国中に呼びかけて刃士を集めている――そう兵士は説明した。その理由は知らされていないらしかった。

 やはり、平穏無事とはいかんか。まあ、刃士とはそういうものだが――蜉蝣は来るべき戦いの気配をひしひしと感じていた。

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