六.逡巡

十一


 薊と別れてから二週間、八手は進路を大きく変更して「くすのき」の村を目指していた。

 その武器はお前に合っていない。楠の村の工房を訪ねろ――去り際に薊は八手の耳元にそう囁いた。

 それはおそらく、真実だろう――八手はそう確信していた。

 薊が嘘をつくとは思えないし、確かに違和感があった。自分は師である青柳のように鉈刀を使いこなせていない。それはまだ慣れていないせいだと自分に言い聞かせていたが、かといってこのまま使い続ければ手に馴染むかと言われるとそうではない気もしていた。

 道中、立ち寄った村では罪人の首を刎ねたが、それぐらいは問題なかった。しかし、あくまで動かない標的を斬り捨てる程度。その程度なら並の刃士ならできなくはない。

 自分はまだまだ未熟だ。それでも、少しでも強くなれる可能性があるなら賭けてみたい――そんな思いが、八手の胸中にはあった。

 八手は黙々と歩を進めた。一人なので言葉が無いのは当然といえばそうだが、薊と少しの間、行動を共にしたことを懐かしく感じないこともなかった。

 師匠を殺した組織の刃士に、なぜ――答えは出なかった。

 ただ、薊を敵としては思っていない。かといって、刃士連合を良くは思っていなかったが……。

 修羅――あの烏という刃士が言ったその言葉が、耳にこびりついていた。人を斬ることに魅入られた刃士の組織――そんなものが存在するなら、刃士連合のしようとしていることは……八手は自身の考えが根底から揺らいでいる気がしてならなかった。

 多くの者が結果として守られるのならば、そのために兵士や村人を殺すことも許されるのだろうか――ふと、こんな時に青柳が居てくれたらと思った。自分には無理でも、青柳なら正しい判断が下せるのではないか。そう思えてならなかった。

 空はどんよりと曇り、雪が降り始めた。

 八手はそれを気にすることなく歩き続けた。

 自分は未熟だ。未だに迷いや躊躇いに囚われている。同時に無力だ。まだまだ他の刃士に比べ強いとは言えない。

 それを承知の上で、前へ進むしかない。世界は自分を待ってくれない。


十二


 赤の国の刃士連合の拠点である大きめの山小屋では、八人の刃士たちが集まっていた。その中には、唐草や蟋蟀はもちろん、薊と烏も居た。

「さて、そろそろ始めようか」

 唐草のその一言が合図となり、蟋蟀が続けた。

「赤の国は四人の刃士を兵士によって仕留めたと報じていますが、実際に仕留めたのはもちろん兵士ではありません。兵士に偽装した修羅です――」

 修羅――その一言にざわめきが起こった。

 修行を積み、幾多の死線を掻い潜ってきた刃士すら不安にさせる言葉だった。

「しかし、確かに奴らは三十年前に潰したはず――」

 年老いた刃士が口を開いた。かつて修羅と戦ったことのある刃士だった。

「ええ、記録では確かにそうなっています。しかし、王城内の協力者からも、王や家臣が得体の知れない刃士を『修羅』と呼んでいたという報告が上がっています」

「修羅が、本当に復活していたというのですか?」

 今度は別の刃士が口を開いた。まだ若く、修羅の話は伝承でしか聞いたことのない刃士だった。

「そう考えるのが妥当でしょう。最悪の予想が当たっていたことになってしまいますが……」

 重苦しい空気があたりに漂う。

「いつかは、起こりうることだった――」

 唐草がその空気を払いのけるように言ってのけた。

「赤の国の態度には最初から不審な点が多々あった。政に関わらぬのが刃士の習わしだが、徴兵を始めた時点で奴らとの関りを察して止めるべきだったのかもしれん……」

「全ての黒幕は奴らだとお考えで?」

 若い刃士がまた口を開いた。

「赤の国が単独で、というのは考えにくい。おそらく、赤の国の王が奴らにそそのかされてその気になったというところだろう」

 唐草はそう断言した。

 実際にそうなのかは確証が無かったが、そう思わせる要素はあった。

「そういった事情から、赤の国の問題を処理するのを急いで、修羅との戦いに備える必要があります」

 蟋蟀が再び話し出した。

「奴らにしてみれば、赤の国の兵士を使って我々刃士の立場をなくし、果ては刃士にぶつけて数を減らすのが目的だったのでしょうが、それがあまりにも頼りないので表舞台に出ざるを得ない状況になったと思われます」

 蟋蟀はそこで一区切り置いた。

「もっとも、これは好機でもあります。普段表に出てこない連中をとうとう引きずり出した――うまくいけば、修羅を一掃できるでしょう」

「しかし――」

 先程の老刃士が口を開いた。

「しかし、この戦力で修羅に勝てるとお考えで? 合流していない者を含めても、我らだけでは十二人……いや、まだ報告のない何人かが既に殺されているかもしれません。奴らは以前の時は二十人以上居ましたが……」

「確かに、以前と同等の戦力だと仮定すると我々だけでは厳しい戦いとなるでしょう。もっとも、復活してからまだ間が無いならば、向こうの戦力はそれ以下であることも考えられます」

「やるしかあるまい。このまま待ち続けても、真っ当な刃士は減る一方だ。今を逃せば勝機は無い」

 唐草がそう断言した。

 一瞬、場が静まり返った。

 不安要素は多いが、他に選択肢はない――この場に居る皆がそう確信していた。

「ええ、その通りです。その前にまずは赤の国への対処を――」

 蟋蟀が口を開いたが、それは場の空気を換えようと無理をしているようにも見えた。

 降ってきた雪が小屋の周りの刃士たちの足跡を消していく。それは彼らが生きてきたことを無に帰していくようだった。

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