五.暗雲


 その後、髭を蓄えた中年の村長の指揮のもと、最低限の片付けと炊き出しが村人たちによって行われた。村人たちの顔は皆一様に暗く、虚ろな目をしていた。

 それでも、生き残った者が居て、村が焼かれていなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。おそらく村喰いたちは、村人をあらかた殺して略奪をした後、村を焼くつもりだったのだろう――八手はそう見当を付けた。

「刃士様方、ありがとうございます」

 村長が八手と薊の前に来ると、そう言って深々と頭を下げた。

「多くの者が死にましたが、奴らは村の蓄えには手を付ける前だったようで――厳しいですが、これで冬を越せないことはなさそうです」

 村長は真剣な顔をして言った。刃士の仕事はこれで終わりだが、村長にとって大変なのはむしろこれからだろう。

「遺体は埋めるのですか?」

 八手が聞いた。

「はい、村の墓地に埋めるつもりです。二、三日はかかるでしょうが、この寒い季節なら腐り始めるより前には埋められそうで――」

「なら、手伝います」

「私も手伝う」

 八手と薊は即座にそう言った。

「いえいえ、そこまで刃士様方の手を煩わせる訳には……」

「しかし、もう少し早く来ていれば、死ぬことはなかった者も――」

 八手は遠い目をしてそう言った。

 実際、そうだったのだろう。だが、村長も他の村人もそれには触れなかった。それは、助けに駆けつけてくれた刃士に対する彼らなりの礼儀だったのだろう。

「……それなら、お願いいたします。今日はもう遅いので、明日になってからということで。今夜は私共の家でお休みください」

 村長は少し考えていた様子だったが、そう言った。

「ところで、お二人はどのような関係で?」

 村長は少し首をかしげて続けた。

「さっき、会ったばかりだ。村が襲われていると聞いて、加勢した」

 薊はなんでもないことのように言った。


 翌日、早朝から二人とも穴掘りだった。生き残った村人たちも、力仕事のできる者はほぼ総出のようだった。

 墓地の空いているところにすきを足で踏み込んで起こす、それを繰り返して一堀ずつ掘り進んでいく。結構な手間だが、それでもまだ村喰いと戦うことに比べたら楽な仕事だった。

「刃士様、ありがとうございます」

 村人たちはしきりに礼を言った。しかし、その顔にはどこか陰りが見えた。ふいに涙を流す者も居たが、誰もそれを止めようとはしなかった。

 昼時になって、村の女たちが握り飯をたくさん作って持ってきてくれた。八手たちは村の者と一緒にそれを食べた。

「刃士様たちのおかげで、だいぶと早く進みました」

 村の老人が有難そうに言った。

 穴はかなり広くなっていた。あともう少し掘り進めたら、遺体を並べて土をかける予定だった。本来なら棺桶に入れるのだが、棺桶の用意が間に合いそうにないのでそのまま埋めることにしたのだった。

「村の者も、埋められれば――」

 八手は食べかけの握り飯を手にそう呟いた。

「は?」

 老人には理解できないようだった。

「いや、昔、刃士になる前のことを思い出して……」

 八手は手に残っていた握り飯を一気に口に入れて飲み込んだ。

「俺の村は、村喰いに全員やられた。偶然に生き残った俺を助けてくれたのが、刃士の師匠だった」

「なんとまあ……お気の毒に」

 老人は心からそう感じているようだった。実際に村喰いに襲われたこの村の者たちにも、通じるところはあったのだろう。

「あの時は、生き残ったのは自分だけで、こうして穴を掘って埋めてやることすらできなかった。おそらく死んだ者たちはカラスや獣に食い荒らされただろうな……」

 八手は在りし日の自分の村を想った。両親、兄弟、親しかった村人――彼ら全ての亡骸を置き去りにして、自分は刃士としての道を志した。理不尽な力から他者を守れるだけの力が欲しい――そう思ってのことだったが……。

「案外、刃士にならず、どこかの寺で僧として弔い続けた方が良かったのかもしれない」

「それはない」

 薊が即座に否定した。

「現状、村喰いから村を守れるのは刃士だけだ。僧は終わったことの弔いはできるかもしれないが、これからの悲劇は止められない」

 薊は確信をもってそう言った。

「ええ、その通りです。八手様の村は確かに滅びました。だが、八手様は刃士としてこの村を守ってくださった」

 老人の目には確かな敬意が宿っていた。


 夕方、ようやく全ての遺体を埋め終えると、村の寺から和尚が来て経文を読み上げ、略式の葬儀が行われた。前に刃士連合に襲われた村では僧も死んでいてそれどころではなかったので、この村は幾分ましかもしれなかった。

 村長は、二、三日は掛かるだろうと思っていた埋葬が一日で済んだことを二人に感謝して、今日は遅いのでもう一日泊まっていくように勧めた。二人はその提案を受け入れ、翌朝に村を出た。



「刃士連合の刃士だろう?」

 村が見えなくなってすぐに、八手は薊にそう言った。

「そうだ」

 薊はあっさりと認めた。

 二人は並んで山道を歩いていた。

 朝日が木々の間を縫って幾筋にも伸び、その様子はどこか神々しかった。

「なぜ、ずっと追ってきた?」

「村を襲った刃士たちを倒した者が、どれだけの者か見極めて来いと言われたから」

 薊は躊躇わず答えた。

「それで、斬らないのか?」

「ああ、少なくとも今のところは……」

 そこで会話は途絶えた。

 八手には分からなかった。この薊は、自分を殺すために差し向けられた刺客に違いない。それなのに斬らないというのは、納得いかなかった。

 自分は斬る必要もないと思われたのだろうか、それとも――

「お前のような刃士が、必要だと思った」

 また、薊が唐突に口を開いた。

 八手は答えなかった。

「お前のような刃士は、必要だ。赤の国などの勢力に対抗する刃士も確かに必要だろう。しかし、本来刃士は力なき者に寄り添う者、そういった者が要る」

「それを、俺が担えると?」

「あくまで私がそう感じただけだ」

 しかし、そう言った薊の口調には確信めいたものがあった。

「それで、これからどうする?」

「そうだな……しばらくは同行させてもらう」

「分かった」

 その後、二人は山道を歩き続けた。

 日が暮れてきたので、焚き火をして野宿することとなった。水と簡単な食事を済ますと、二人とも地面に横になった。


 深夜、薊が起きる気配で八手は目を覚ました。気配を消して慎重に後を追う。

 薊は山中で誰か男と話しているようだった。

 男はその風体と腰に下げた鞘から刃士だとすぐに分かった。八手は気付かれないようにゆっくりと近付いた。

「斬らないので催促に来たか?」

 薊は平然とそう言った。

「いや……むしろそれどころではなくなったと言うべきか……召集だ」

 男は特に気にした様子もなく答えた。

「蜻蛉とつばめがやられた」

 それを聞くと薊は少し驚いたようだった。

 蜻蛉――八手と青柳も会った、あの槍の刃士だ。

「まさか兵士たちを大量に使って――」

「いや、居たのはせいぜい三、四十人だ。あの二人がやられる人数じゃない。赤の国は兵士が倒したと言っているようだが……」

「最悪の予測が当たっていたか……」

「ああ、兵士に紛れていたようだが、間違いない、奴らだ――ところで、いい加減出てきたらどうだ!」

 男は八手の隠れている方を見るとそう言った。八手は逃げる訳にもいかず、姿を現した。

「刃士連合の者、か」

「ああ、俺はからすだ。あんたも気になるのなら、聞いていくといい」

「ちょっと、烏――」

「どうせ知ることになるんだ。ここで話してもよかろう?」

 烏は飄々ひょうひょうとした様子で言った。そういう性分なのだろう。

「お前は、刃士連合が倒そうとしているのは赤の国だと思っているのだろう?」

「ああ、違うのか?」

「間違いではない。間違いではないが、それでは裏で操っている奴らに手は届かない」

「奴ら?」

「そう、赤の国は奴らを利用するだけ利用して切り捨てる気だろうが、実際には利用されているのだろう」

「その奴らというのは――」

「『修羅』――人を斬ることに魅入られた刃士の集団だ。さっき言った蜻蛉と燕を殺したのも奴らだろう」

「そんな連中、聞いたことが無い!」

 八手は少し声を荒げた。

「まあ、若い刃士はそういうのが大半だろうな。実際、得体のしれない組織で三十年程前に潰されたことになっている――が、いつの間にか復活していたらしい。修羅はそれまでにも何度か潰されているが、それから何十年かすると復活しているそうだ」

「じゃあ、今赤の国と争っているのは――」

「修羅を表舞台に引きずり出すためだ。刃士は減る一方で、このままいったら真っ当な刃士が居なくなって修羅の好き放題になってしまう――だからこそ、強引なことをしてでも唐草様は『決着』を急いでいる訳だ」

 八手は戸惑いを感じた。赤の国は操られているだけで黒幕が居る。それも刃士の集団だ。

 八手は自身の考えが甘かったのだと悟った。これまで、単純に刃士連合は赤の国の兵士を潰そうとしているだけだと思っていた。

「まあ、そういう訳で……来たかったら、いつでも来るといい。歓迎する。場所は……『土筆つくし』の村の村長に聞くといい。……さて、薊。行こうか」

「分かった」

 薊は短く返事をすると烏に付いて歩き出した。八手の脇を通る時に、その耳元に二、三言囁いた。

 八手はそのまま山中に一人佇んでいた。

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