四.本分
七
八手は山中で野宿を繰り返し、次の村を目指していた。
次の――と言っても、明確な目標があった訳ではない。ただ、刃士として村から村へ渡り歩いて仕事を請け負うのが自然な流れだと思っていた。
こうしている間にも、赤の国と刃士連合の対立は進んでいるのかもしれなかった。だが、知ったところで何ができるだろうか――八手はふと、自身の無力さを噛みしめるのだった。
まず、刃士としての本来の仕事を果たすべきだとは認識していたが、それは「逃げ」ではないかと思わないこともなかった。
あの両刃の斧の刃士は、八手はもちろんのこと、師である青柳よりも確実に強かった。
あの時、見逃されなければ自分は間違いなく殺されていた。そして、刃士連合には多数の刃士が居て、おそらくあの刃士が最強ではないだろう。
そんな中で、八手が一人立ち向かったところで、何ができるだろう……無駄死に、というのが一番適切な言葉かもしれない。
今はただ、耐えるしかない。自分にはまだ、その力は無いのだ――歩きながらそう思い、唇を噛んだ。
刃士としての依頼は確実にこなし、鍛錬は欠かさずしていた。それでもまだ、あの両刃の斧の刃士一人にさえ遠く及ばない。
八手は自分には才能が無いのではないかと思わなかった訳ではない。しかし「まだ十五歳」と見るべきか「もう十五歳」と見るべきか……自身にも判断が付かなかった。
千の葉では、早い人間なら独り立ちしていてもおかしくない年齢である。逆に遅い人間ならば、二十過ぎても家に居ることもおかしくない。
空はどんよりと曇り、行く手は薄暗くなっていた。雨か、ひょっとすると雪でも降ってきそうな天候だった。
それでも、八手は歩を進めた。
前へ進むより道はない。たとえ間違っていたとしても、それを正してくれる人はもう居ない。
八
次の村、「
誰かが近付いてくる気配と足音。それも相当に余裕のない、焦りすら感じられる。
すぐに目の前に男が飛び出してきた。まだ若い男だ。
「ああ、刃士様ですか!?」
八手を見るなり、男はそう言った。腰に差した鉈刀でそう判断したのだろう。
「そうだ……腕はどうした?」
男の右腕は関節ではない箇所で不自然に曲がっていた。折れているに違いなかった。
「私のことなど、どうでもいいのです! 早く村を――」
「落ち着け。順を追って話してくれ」
八手がなだめると、男は少しだけ落ち着いた風に話し出した。
数日前から、不審な者が村の近くで目撃されるようになり、あれは村喰いの物見だろうと言われるようになった。村喰いの本隊は近くの山の上に居るのだという噂になった。
村としては早く刃士に頼みたかったが、そんな時に限って刃士が一向に来ない。
それでどうしようもないまま今日になって、村喰いたちが襲ってきたのだという。
「まだ、生きている者が居ます! 今からでも、刃士様が村に来ていただければ、何人かは助かります!」
男は早口でまくし立てたが、終始刃士への敬意を忘れていない丁寧な言葉遣いだった。
「それで、村喰いは何人居る?」
「逃げるのに必死だったので正確な数は分かりませんが……おそらく四、五十人でしょう」
多い――通常、村喰いは二、三十人程度が多い。八手も自分が相手にできるのはそのぐらいだと自覚していたし、たとえ青柳でも四十人ぐらいだろう。
「それは多いな……」
思わず口をついて出た。そういった後、自分自身の言動を恥じた。
「刃士様……」
男が不安そうな目で見る。
そうだ。この男の村にはもう頼れる刃士が自分以外に居ない。今から他の刃士を頼ろうと探しても完全に手遅れだ。
「分かった。行こう」
八手ははっきりとそう言った。鉈刀を鞘から抜く。
無茶なことは分かっている。それでも、自分が行かねば村は滅びる。
八手が力強く足を踏み出そうとした時だった。
「待ってくれ。私も行く」
物陰からそう高い声がした。
草刈り鎌よりもやや大ぶりの鎌を手にし、それに鎖が付いた武器を手にした女刃士が出てきた。年の頃は十七、八ぐらいだろうか、短く切り揃えた髪は男のようだが、顔と体つきで女だと分かる。ずっとつけていたあの刃士だろう。
「なんだ? その武器は?」
「これか? これは鎖鎌という武器だ」
鎖は腕に余裕をもって巻かれ、その先端には分銅が付いている。
「クサリガマ? 知らない武器だ」
「ここで説明している余裕はない……で、行くのか?」
「ああ、もちろん」
「なら、実戦で見せた方が早い」
さばさばと女刃士は答える。
「分かった、行こう」
八手は聞きたいことがまだあったが、それより先に村喰いの退治を優先すべきだと悟った。
「
「俺は――」
「八手だな。青柳の弟子」
それ以上話はなかった。二人は村へと急いで向かった。
村では、死体があちこちに転がっていた。棍棒やかけや、包丁を先に結び付けた手製の槍を手にした村喰いたちが暴れまわっている。
八手はその中の一人の男に一気に駆け寄ると、瞬時に首をはねた。その勢いに首がはじけ飛び、血が噴き出す。首を失った体はゆっくりと仰向けに倒れた。
――刃士が来たぞ!
村喰いの誰かが叫んでいる。その声に応じて他の村喰いたちが集まってきた。
薊は鎖の先の分銅を投げつけた。分銅は男の顔面を直撃し、苦痛の声を上げて顔を抑えた時に、その腹を裂いた。血混じりの腸が辺りに飛び散った。
村喰いたちは、まだ自分たちが優勢であると疑っていないようであった。五十人弱相手に二人なのだ。刃士と言えど数で抑え込めると踏んだのだろう。
だが、実際には違っていた。
棍棒を振りかざした男は八手に頭を叩き切られ、血と脳漿をまき散らして死んだ。
襲い掛かってきた備中鍬を手にした男とかけやを手にした男は、鎖をもって鎌を振り回した薊に二人一緒に喉を切り裂かれて死んだ。
――強い。
その中で八手は実感していた。
薊は自分よりも強い。自分が一人倒している間に二人倒せる。
それは武器の性質にも原因はあった。八手の鉈刀は一撃の威力こそあれど、瞬時に何度も振るえるほど素早くはない。だが、薊の鎖鎌は威力が低いので急所を狙う必要があるが、一振りするのが早い。
それでも、八手とて手を抜いている訳ではなかった。
男の突き出した竹槍をひょいと避けて、胸元に叩きつけるように鉈刀で斬りつけると、その刃は肋骨を砕き心肺にまで至って、それらを停止させた。
薊は鎖を投げて男の棍棒に巻き付けると一気にそれを取り上げた。困惑した表情を見せたその男だったが、それも一瞬で喉を切り裂かれて終わった。
八手たちはいつの間にか村喰いたちを圧倒していた。
村喰いたちは八手たちを囲んではいたが、徐々に後退を始めた。
薊は鎖鎌を投げ回して、逃げようとして背を向けた男の足の腱を斬った。悲鳴を上げて無様に地面に転がると、命乞いをしだした。
「もう、しません。もうしませんから命だけは――」
薊は黙って喉を裂いた。
これだけ殺しておいて、自分だけ死にたくないなんて――八手には、薊が目でそう言っているように見えた。
八手はまだ武器を構えている男に近付くと正面から肩と首の間に鉈刀を叩きつけた。骨が折れる音が響き、盛大に血が噴き出した。
もはやこれは戦闘ではなくなっていた。一方的な殺戮だった。
気が付くと、村喰いの残りは七、八人といったところだった。
もう村喰いたちは――元からなかったと言えばそうだが――恥も外聞も捨てて逃げ出した。
散り散りになって逃げていく彼らを刃士二人はただ見ていた。追ってあと数人は殺せただろうが、これ以上の戦いは不要と感じたからだった。村喰いは可能な限り殺すのが基本だが、これだけの恐怖を与えておけば二度と村を襲おうとはしないだろうと思ったからだった。
戦いが終わったことを察すると、あちこちから隠れていた村人が出てきた。
「刃士様たち、ありがとうございます!」
あの助けを求めてきた男が、二人の目の前に来るとそう言った。
夕焼けと血が村を赤く染めていた。
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