三.茶番


「その罪人というのは、私のせがれでして――」

 老人は訥々とつとつと語りだした。老人からすぐ後ろに老婆が居て、その老人の妻だと名乗った。

 その息子というのは、たいそう働き者で一人で足の良くない老人と老婆を養っていたという。

 だが、村長が不当な税を課し、その大半を懐に入れるようになり、生活に困ることになっていったという。

 税は年々上がり続け、誰もが困窮した。

「国には陳情に行かなかったのか?」

 八手は当然の疑問を口にした。

「それなのですが――」

 今度は老人の少し後ろに居た若い男が事情を話し出した。

 陳情に行って視察に来た国の役人は、村長に上手く丸め込まれ、丁寧にもてなされた挙句、土産まで持たされて帰っていったそうだ。その様子では、国の者には何も伝えていないだろうという話だった。

 その上、村長は役人の帰った後酷く怒り、用心棒として外に出る時は連れ歩いているむじなという大男と他四人を使って村人たちを脅して回ったそうだ。

「貉は刃士様のような刃の武器は持ちませんが、樫の木の大きな棍棒を振り回して、常人ではとても手に負えません。

 そうでなくとも、村の者の多くが飢えて弱っていて、これでは逆らう気にもなれません」

 若い男は苦々し気に言った。

 なんとまあ――酷い村もあるものだ。八手は顔をしかめた。

「それで、村長の蔵に忍び込んだ男というのは――」

「それについては、私が説明いたします」

 今度は老人の後ろに居た老婆だ。

 その息子、片喰かたばみは、金目当てでなく、飢えた両親を助けるために米を盗もうとしたのだという。それも盗んだのは米俵ではなく、両手で抱えられる袋程度だったそうだ。

 小さい頃から何があっても悪いことはするなと教えて育てたので、たとえ悪人といえども大きな盗みをはたらくのは気が引けたのだろう――そう老婆は付け足した。

「酷い話だ」

 八手は思わずそう言った。

「ええ、その通りでございます」

 老人が頭を下げていった。背後の人々も同じように頷いた。

「それで、罪人を斬らないでほしい、と?」

「ええ、そうです! もう刃士様しか頼める人は居らんのですよ……」

 老人が懇願する目で見ながら言った。

 八手は困った。

 確かに罪人を斬るのは刃士の仕事だ。しかし、刃士は罪が決まった者を処刑する「処刑人」であって、その罪を決めるのは村の代表たちの役目だ。

「今まで、処刑に反対できる者は居なかったのか?」

「へえ……居るには居ましたがそれも、金と脅しで黙ってしまって……この村ではもう村長に逆らえるものが居らんのです!

 だから、お願いいたします! どうか斬らないでください!」

 ――お願いいたします!

 老人の背後から次々に声が上がった。

「だが、罪人を斬るのが刃士の仕事だ」

 八手がそう言うと、あちこちから落胆の声が上がった。

 ――俺はどうすればいい?

 青柳なら、どうしただろうか? 少なくとも、村長に素直に従うことなどしなかったはずだ。いつも弱い者を守るために刃を振るってきて、強い者に媚びへつらうことなどしない人だった。

 ふうむ……八手は考え込んだ。

 ふと、考えが浮かんだ。自分でも無茶だと思ったが、これぐらいしかない。

「少し考えがある……村の者皆に協力してもらいたい」

 八手は集まった人々を見渡してそう言った。

「はあ、それで斬らないでもらえるのなら、なんだってしますが……」

 一同が頷く。

「そうか、村の他の者にも伝えてほしい。それから今から言う物の用意を――」

 さて、無茶な茶番の始まりだ――八手は事細かに当日の手順を語りだした。



 翌朝、八手が鉈刀を手に庭に出ると準備が整っていた。

 庭の砂利の上にござが敷いてあり、落とした首を入れるたらいが置いてある。その周りには、竹を組んだ柵がしっかりと張られていた。

 柵の周りには既に村人たちが集まっていた。

「刃士様……お願いします」

 そんな囁くような声が聞こえる。

 反対側、村長の屋敷の縁側には、村長といかにも柄の悪い男が五人座っている――その中でひときわ大きく、棍棒を手にしているのが例の貉だろうと見当を付けた。

「罪人を連れてこい!」

 高圧的に村長が言った。

「へえ、承知いたしました」

 下男がかしこまって言った。これからすることに緊張しているのか、この寒い時期に額には冷や汗がにじんでいた。

 実際、これ以上ない程に馬鹿げたことをしでかそうとしているのだ。緊張するのも無理はない。

 八手はふと、あの気配を感じて柵の外を見た。どうやら、つけている誰かも見ているらしかった。


 男が屋敷の裏に回って戻ってくると手には、が縛って抱かれていた。


「おい、貴様! 何をしている!」

 男は村長がそう言うのを無視すると、たらいの上に鶏を置いた。縛られた鶏が鳴き声を上げて、たらいの中でもがいた。

「それでは、刃士様。お願いいたします」

 そう言うとさっさとその場を離れる。

「ははあ……これはこれは酷い罪人だ」

 八手はわざとらしくそう言った。

「八手様……これは何の冗談で?」

 村長は苛立ちを隠そうともせずにそう言った。

「おやぁ……村長殿、何を言われます? どう見ても凶悪な盗人でしょう?」

「なんの茶番だと言っている!?」

「いえいえ、茶番だなんてとんでもない。おい、そこのお前!」

 八手は柵の向こうの男、昨晩見た者たちの一人を鉈刀で指してそう言った。

「お前の目にも、これが例の罪人に見えるな?」

「はい、間違いございません! どうしようもない悪党の片喰であります!」

「……村の者も、そう言っていますが……村長殿?」

 柵の向こうから笑い声が聞こえた。

 そうだ。間違いない。それは罪人だ。さっさと処刑してしまえ――そんな声があちこちから上がる。

「ええい! 刃士如きがわしをたばかる気か!?」

 村長のそばに居た男たちが立ち上がった。

「もういい! 役立たずの刃士など打ち殺してしまえ! 片喰は後で絞め殺せばいい!」

 まず、五人の男の中で貉が棍棒を手にして八手に襲い掛かった。棍棒を大きく振り上げた姿は刃士にしてみれば隙だらけだったが、力任せの戦いばかりしてきた男にはそれが分かっていなかった。

 ゴトン!

 大きな塊が地面に落ちた。それは男の右腕だった。

 肩の少し先から斬り落とされた右腕が地面に転がっている。

「うぐああああああっ!」

 その痛みから男は獣じみた声を上げて、地面に両ひざを付いた。

 残りの四人はその様子を見て固まった。

 それでも片手で棍棒を手にしていたが、その首に鉈刀が突きつけられた。

「これで退かないのなら、次は首をもらう」

 その顔がみるみる青くなった。

 よたよたと立ち上がると逃げ出した。残りの者もそれに続いた。

「おい! お前たちにいくら払ったと思っている! そもそも、わしに捨てられたら他に行く所など――」

 その言葉は最後まで言うことができなかった。

 柵がいつの間にか壊され、村人がなだれ込んできたのだ。

 村長は村人たちに抑え込まれ、地面に引きずり降ろされた。

「そ、そんな……わしは…………」

 村長はもはや何の抵抗もできず、身を縮めて土下座した。

 終わったのだ。全てが。少なくとも村長は二度と権力の座に就くことはないだろう。


 八手は村から出て山道を歩いていた。

 あの後、片喰は村の者によって救い出され、年老いた両親に会うとはらはらと涙を流し、八手に何度も礼を言った。村長が不当に得た財産から、その報酬を渡そうとしたが断った。代わりに、粗末な握り飯をもらった。

 今頃は、村長の財産は村人たちに分配されていることだろう。あれだけの蓄えられた米や金があれば、当分の間は飢えることはあるまい。

 さて、ここらで休もうか。

 八手は大きな杉の木を背にして座ると、握り飯を食べ始めた。

 村長の家での夕食と違って、一口ずつ味わって食べた。それはあの時の夕食より、ずっと美味しく感じた。

 鎖の付いた大きな鎌を手にした女刃士様が――食べながら、村人に聞いた話を思い出していた。

 あの時、柵を壊したのはその刃士で、ほんの一振り二振りで柵を壊すといつの間にか居なくなっていたそうだった。

 おそらく、つけていたのはその刃士で間違いないだろう。柵を壊したのは事情を察してのことに違いない。

 しかし、女の刃士というのは居ないことはないが相当珍しい。それも背後からとはいえ、いつの間にか柵を壊して立ち去るなど相当腕の立つ刃士に違いなかった。

 八手は、自分をどうする気だろうかと思ったが、それ以上考えるのをやめた。

 まあいい。相手がその気ならば、斬り捨てるまでだ。

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