第二章 独り立ち

一.動揺


「ふむ……他の刃士が居ましたか?」

 両刃の斧の刃士、とびが一人帰ってきた様子を見て、蟋蟀は即座にそう言った。

 鳶は相割らず切れる男だと感心した。たかだか十数人の兵士如きに刃士二人を失う訳がない、見た瞬間にそう理解して他の刃士の仕業だと考えたのだろう。

 彼らが居るのは、赤の国の端の山中、刃士連合の拠点の一つとされている小屋だった。元は炭焼きの人間が寝起きする山小屋だったものを改修した物だが、せいぜい壊れた個所を修理して少し広くした程度で質素な造りはそのままだった。

「はい……年老いた刃士とその弟子が一人。一人はその刃士、もう一人は弟子にやられたようです」

 鳶は簡潔に答えた。

「なるほど、それで二人とも殺してきたのですね?」

 蟋蟀の視線が少し鋭くなった。

 見抜かれているな――そう鳶は悟った。

「師匠の方は殺しましたが、弟子の方は放っておきました」

「なぜ?」

「まだ若かったからです。殺すまでもありません」

 蟋蟀の目が一層鋭くなった。

「でも、こちらの刃士を一人殺すだけの技量があったのでしょう? それを見逃した――」

 やはりそうなるか。だが、見逃してしまったものはどうにもなるまい。

 鳶は説教を受けるだろうと覚悟した。どうにも蟋蟀は生真面目過ぎて苦手だ。

「まあいい。そのぐらいにしておけ」

 ふいに背後から、声が掛かった――唐草だ。

「兵士を殺し、村は潰してきたのだろう?」

 唐草は粗末な板張りの床に横になりながら言った。

「はい。兵士は逃げられた者以外は殺し、村人も大半は殺しました」

「ならいい。二人を失ったのは痛手だが……嘆いたところでどうにもなるまい」

「しかし、唐草様――」

「蟋蟀、今回の目的は達した。それで十分だ」

「はい……」

 蟋蟀はそう言うと少し考える仕草をした。

「しかし、その弟子とやら……気になります」

「なら、好きにするといい」

 唐草はなんでもないことのように言った。

 実際、唐草にとってなんでもないことかもしれなかった。村を一つ壊滅させたことも、二人の同志を失ったことも……。

 それは残酷さ故になのか、度量の大きさ故になのかは蟋蟀にも鳶にも計りかねることだった。



 同時期、赤の国の王城では宰相と大臣、王が会議の間で頭を抱えていた。刃士連合が今度は山桜の村を襲ったという知らせを受けたからだった。

「八十人の部隊の壊滅に、村までやられたか――」

「部隊が壊滅したのは隠してあるが、それも分かるのも時間の問題――」

「もういっそ村など捨てて、王城の守りを固め――」

 各々が勝手なことを言って、一向にまとまる気配がない。

「ええい! 何かまともな策は無いのか!?」

 とうとうしびれを切らした王が叫んだ。

 刃士連合に対抗するための緊急召集だったが、今度は村が一つ襲われたとのことで、皆動揺してまともな意見が出ない。

「し、しかし……今のところ刃士を一人として倒したとの報告は……」

 宰相が青くなった顔色を隠せずに言った。

「まだ兵は四百人も居る! しかも、奴らと同じ刃の武器を持っているのに、だ!」

 王はまくし立てたが、この状況ではその勢いの良さがかえって虚勢を張っているようにしか見えなかった。

「お言葉ですが、王……刃士共は奇襲とはいえ、たった四人で八十人をほぼ全滅させました。この城付近に居る兵は百人程度……五人以上で襲われたらなすすべもない計算であります」

「だから、それをなんとかせいと言っておる!」

 王は何の考えも無しに言った。

 ――そんなこと、できるはずがない。

 その場に居る多くの者がそう思ったが、口には出せなかった。出せば、今の地位から転落する――そういったことはよく分かっていた。

 元々世襲で、なんの苦労もせずに王になった者だ。幼い頃から甘やかされて育って、自分に逆らう者など居ないと思い込んでいる。

「いや待て……村を襲った刃士二人は死んだというではないか!?」

「……それも、居合わせた他の刃士がやったことで、兵士は真っ先に逃げた者を除いて全員死んでいます」

「ええい! 刃士には兵士で勝てんのか!?」

 この場で、王は刃士についての理解が誰よりも浅かった。せいぜい獣を追い払う番犬ぐらいにしか思っていなかった。

 だが、臣下は知っていた。刃士というのは、それこそ人間離れした身体能力を持っていて、常人では相手が務まるものではない、と。もっとも、それを進言すれば自分の身が危うい――臣下たちは、揃って保身へと走った。

 こんなことなら、王が軍を強化すると言い出した時に止めるべきだったのだ――誰もがそう思った時だった。

「王よ。微力ながら我々がお力添えしましょう」

 そうさらりと言ってのけたのは、王から一番離れた席に座っていた涼し気な青年だった。

「おお、殿――」

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