九.資質
十七
二日後、荷車の車輪がやる気なさげに回る音が響いていた。
荷車を引いていたのは八手だった。後ろから荷車を押しているのは、村の少年だった。
荷台には、死体が山積みにされていた。皆、あの襲撃によって命を落とした者たちだ。
やがて荷車が谷川に着くと、死体を下ろして川に投げ込み始めた。
青白い肌をした死体が、はるか下の谷川へと落ちていく。水しぶきを上げて着水すると、一旦は沈んだもののすぐに浮かび上がり、川の流れによって運ばれていく。
この地方では、死者は村の墓地に土葬にするのが一般的だった。それが今回のように川に流して水葬することになったのは、単純に数が多すぎたからだった。
あの襲撃で生き残った者に比べて、死んだ者の方がはるかに多かった。埋葬する穴を掘るにしてもあまりにも多すぎた。かといって、村の中を死体だらけにしておく訳にはいかず、結局は元村長の老人の提案により、川に流すこととなった。
現村長は死んでいた。彼が頼りにしていた兵士たちも大半が死んでしまい、残った二人の兵士は報告に行くと言って村を出ていってしまった。
ふいに、八手の後ろで泣き声が上がった。
振り向くと、少年が泣いていた。
「みんな、みんな……死んでった……」
少年はそう言っていた。
「ああ、そうだな……」
八手はそう答えるしかなかった。
谷川では、死体がゆっくりと流れていくところだった。
確かこれで最後、少し休んでも良いだろう……八手は泣きやむまで待つこととした。
「どうして!? どうして刃士が村の人を殺すの!?」
錯乱気味に少年は叫んでいた。
「さあ、俺にも分からん」
八手は、説明する気になれなかった。刃士連合や制裁、そんなことをこの少年に説明しても意味があるとは思えなかった。
「どうして、そんなに落ち着いてるの!? こんなに人が死んで、どうして平気なの!?」
今度は八手に対してだった。
確かにそうだった。
八手はあの襲撃以降、異様な程に落ち着いていた。あの時の涙もすぐにおさまり、後は平然と村人たちの嘆き悲しむ様子を見ているだけだった。
かつて、八手の村が村喰いに襲われて全滅した時と異なっていた。今回は他人事というのも確かにあったのかもしれないが、それにしても落ち着きすぎていた。
八手の中で、何かが変わりつつあった。それは本人が自覚するしないに関わらず、確実に変化していた。
「……そろそろ戻ろう」
八手は、少年の涙がおさまりかけたころを見計らってそう言った。
「手伝っていただき、ありがとうございました」
元村長であり現村長代理となった老人が深々と頭を下げた。
八手と老人は、老人の家で一休みしているところだった。
「いえ、構いません」
八手は、お茶をすすりながらそう答えた。
「しかし、あの青柳様が……未だに信じられませんな」
老人の目は遠くを見ていた。
「ええ、そうですね。でも……確かに師匠は……」
八手はそれ以上言えなかった。
そうだ。確かに死んだのだ。
「それで、八手様は今後どうなさるおつもりですか?」
老人の目は再び八手を捉えた。
「さあ、まだ考えてもいません。ただ……」
「ただ?」
八手は遠くを見つめた。遠くを見たところで、青柳が居る訳でもないが。
「ただ、もう刃士になるのはやめようかと思っています」
その言葉に、老人はひどく驚いたようだった。
「なぜです?」
老人は早口に尋ねた。
「俺はまだ弟子です。修行もろくに終えていない状態で、刃士を引き継ぐ訳にはいきません」
八手はそう言ったが、本当の理由は別のところにあった。
主な理由は二つあった。一つは、強いと信じていた青柳が死んでしまい、心に揺らぎが生じたこと。そしてもう一つは、完全に背を向けた相手に斬りかかれず、自身の刃士としての資質に疑問が生じたことだった。
「それは……どうでしょうか。修行を完了していないとはいえ、八手様は実際に他の刃士と戦い勝利を収めました。それに……」
八手は、あの時の詳細を老人に話していた。老人がその話をしきりに聞きたがったというのもあったが、自らの師である青柳の最期の戦いを誰かに伝えたかったのかもしれなかった。
「それに、刃士としての風格が既に備わっているように感じます」
刃士の……風格? 八手には訳が分からなかった。
老人は言葉を続けた。
「八手様の……青柳様を弔った時のあの目……あの揺るぎない視線は、確かに刃士様のものでした。私はそれを見て確信しました」
刃士特有の、死をどこかで悟った者の瞳。それを八手は知らず知らずのうちに身につけていた。その資質はずっと前からあったのだろうが、皮肉なことに師である青柳の死によって開花したのだ。
「しかし――」
反論しようとした八手の言葉を老人は遮って続けた。
「今はまだ迷いもあることでしょう。それでも、八手様は刃士様になるべきです。今こそ、あなたのような方が必要とされているのです。なぜなら……」
老人の言葉はそこで途絶えた。それは、あまりにも重々しい内容のため、言うのがはばかられたようだった。
事実、老人はこれから八手に非常に重いものを背負わせようとしているのだった。これからは、刃士である人間にとって今まで以上に過酷な運命が待っていることは明らかだった。
八手は老人の目を真っ直ぐに見た。それは迷いのない視線だった。
「分かりました。師匠のようにはできませんが……」
八手は立ち上がると、部屋の隅に立てかけられた青柳の鉈刀を手に取った。その鉈刀には、ずしりとした重みがあった。
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