七.変貌

十四


 その日は、風が冷たく感じられる日だった。

 青柳たちは、赤の国の国境付近にある、「山桜」の村に辿りついていた。

 だが、村の様子が奇妙であることに、青柳たちはすぐに気付いていた。

 青柳たちが村に入って最初に出会ったのは、三人の兵士だった。それも刃の武器、槍や剣を手にしていた。

 それだけでも、青柳たちにしてみれば十分異様であったが、兵士たちが口を開いた時、その異様さは更に増すこととなった。

「お前たち、刃士連合の者ではないだろうな?」

 兵士たちの一人、大柄で槍を手にした男が突然尋ねた。それは脅すような口調で、刃士に対する礼儀も何もあったものでは無かった。

 青柳が即座に否定すると、男はそれでもしつこく問い詰め、それでも否定し続けると、最後にどすの利いた声で言い残して去っていった。

「そうか。いいか、お前ら、この村で面倒なことをするんじゃないぞ」

 これは酷い。八手は顔をしかめた。

 八手の生まれ育った村でも、これまで巡ってきた他の村でも、刃士は敬意を払うべき対象だった。それは、他の国で兵士たちに会っても同様だった。

 しかし、この村の兵士にはそれが全くなかった。むしろ厄介者扱いし、追い払うような様子すら見られた。

 そして、それはこの村では兵士だけではなかった。

 その後、村人に話しかけた時も、村長の家を訪れた時も同様だった。特に村長は、「刃士など必要ない。この村には兵士が居る」とまで断言していた。

 こんな酷い扱いは初めてだった。

 これには、八手ばかりではなくとうとう青柳すら顔をしかめた。青柳は以前にこの村を訪れたことがあるらしかったが、その時はこうではなかったと八手に語った。

 青柳は、この村を早々に立ち去ろうと決めた。

 その時、声を掛ける老人がいた。

「あの……もしや青柳様では?」

 その老人の眼には、刃士に対する敬意が感じられた。

「確かにそうだが、あなたは?」

 青柳は怪訝そうに尋ねた。

「おお、やはり!

 私は、以前この村の村長を務めていた者です。もう歳ですから、村長は若い者に譲ってしまいましたが……」

 老人は懐かしそうに頬を緩めた。

「ああ、あの時はお世話になりました」

 青柳は丁寧にそう言った。

「いえいえ、お世話になったのはこちらの方です。どうか、今夜は私どもの家にお泊りください」

 この村に着いての初めてのまともな対応だった。八手は目を輝かせた。この時ばかりは、青柳もまんざらでもなさそうだった。

 二人は、ここ一週間近く、野宿が続いていたのだ。


十五


「時代は変わりました。今では、兵士が堂々と刃の武器を手にするようになって――」

 簡素な小屋の中で、老人の声が響いていた。

 その家はいかにも隠居した老人の家といったふうな飾り気のない造りで、落ち着いた印象だった。

 囲炉裏を挟んで、老人と向かい側に青柳たちは座っていた。

 老人は延々と話し続けていた。

 青柳は時折あいづちを打ちながら、熱心に話を聞いていた。八手にしても、それなりには熱心に話を聞いていた。

 老人が言うには、この村が変わったのは赤の国の王が遣わした剣や槍を手にした兵士を受け入れてからだった。

 この今の村長は、新しい物好きで、王が村々に兵士を置くことを提案した時に真っ先に賛同したのだという。

 こうして、国境沿いであるということもあり、最初にこの村には刃の武器を持った兵士が配備された。

 それからというもの、兵士が村を見回り、村の入り口を警備するようになった。

 村人たちは次第に、いつ訪れるか分からない刃士よりも、兵士の方を頼りにするようになっていったのだという。

「――今では、刃士様など不要だという者まで現れる始末……とんでもない世の中になってしまいました」

 そこで、老人は深いため息をついた。

「ところで、刃士連合のことについて、何か聞いたことはないか?」

 青柳は老人の話が途切れたのを見計らって、そう尋ねた。

「刃士連合……ああ、王がお触れを出したのですよ。刃士連合に与する刃士を見つけた者に報奨金を出すと、そのせいもあり、今ではこの国の刃士様は……」

 老人は視線を落とした。それは、今の赤の国を真剣に憂いでいるようであった。

 この時点ではまだ、刃士連合の刃士が赤の国の部隊を襲ったことは知れ渡っていなかったが、青柳たちは不穏な空気を感じていた。

 それにそのことを知らずとも、刃士連合が赤の国の王になんらかの接触をしてきたことは容易に想像が付いた。

「青柳様……この国には刃士はもう居なくなってしまうのでしょうか?」

 老人は心配そうに青柳を見上げた。

「さあ……分からん。分からんが、我々刃士は必要とする限りはなくならんだろう」

 青柳は老人を慰めるかのように言った。

「あの……」

 八手はおずおずと口を開いた。

「なぜ、そうまで刃士を信頼するのですか?

 他の村人たちは皆、兵士の方を信頼しているのでしょう?」

 八手はそう言ってからしまったと思った。老人は少し驚いたような顔をしていた。

「お若いの……まだ刃士様の弟子となって日が浅いのかもしれませんが、そんなことは口にしてはなりません。

 刃士様は私のような年寄りで、世話になった者にとっては、これ以上に有難いものはないのですよ。刃士様は私たちの代わりに、いつも危険な仕事を引き受けてくださる。それに……」

 老人はここで言葉に詰まった。

「それに……?」

 青柳が言葉を続ける。

 老人は急に声をひそめて言った。

「それに、私はあの兵士どもが信用できません……。あの兵士どもは……」

 老人は言おうかどうか迷っているようだったが、青柳の真っ直ぐな目を見ると言葉を続けた。

「……あの兵士どもは、質が良くありません」

「『質』と言うと、刃士程強くないということか?」

 青柳が訊いた。

「それもありますが……あの連中の正体が……。赤の国は兵士を急に増やそうとして、無理な徴兵をしました。その結果……」

 老人のしわが一層濃くなった。

「あの連中の多くは、少し前まで村を襲っていた村喰いなのです」

「村喰いが、兵士!?」

 八手はつい声に出して言ってしまった。

 老人はその声に頷いた。

「そうなのです。無理に兵士を増やそうとした結果がこれです。あの連中は刃士様のように礼儀正しくも誇り高くもありません。ただ、欲で集まってきただけの連中なのです」

「信じられんな」

 青柳は眉をひそめた。

「そうでしょう。それなのに、村の連中はそれを知って知らぬふりをしている……。あんな連中に優れた武器と国の権力を与えたら、どうなるかは分かっているにも関わらず、です」

 それから、老人は言葉を続けた。

「このまま放っておけば、そのうちに問題を起こすことは分かりきっています。……私はあの兵士どもを追い出すべきだと言ったのですが、誰も相手にしてくれません。今の若い者は、刃士様よりも兵士の時代だと思い込んでいるのです」

 老人の額には汗がにじんでいた。

 青柳は少し考えるような顔をしている。

 老人は言葉を続けた。

「ああ、刃士様! どうか、あの兵士どもなんとかしてください! 隠居の身なので、大した報酬は支払えませんが、どうか!」

 老人はいつの間にか、すがりつくような口調となっていた。

「その兵士たちの人数は? 兵士たちが、一ヶ所に集まる時はあるか?」

 青柳はそう問いかけた。さっき考えている様子だったのは、このことだったのだろう。

「はい。あの連中は全部で十二人、巡回と称していつも村の中をうろついておりますが、食事の時と寝る時は兵舎に集まります」

「なら、寝る時だな」

 青柳は、兵士たちを皆殺しにするつもりのようだった。

「ああ、あぁ……ありがとうございます!」

 老人の目にはさっきよりも更に敬意がこもっていた。


 その後、青柳たちはその時刻まで、目立たないように老人の家でそのまま待機することに決めた。

 八手は、ふと思い出して青柳に訊いた。

「俺の時は、なぜ村喰いを退治しようとしなかったのですか?」

 よく考えてみれば、この質問は初めてだった。

 青柳の答えは簡潔だった。

「村喰いの集団は仕事を終えた村の周辺に留まることはまずない。それに、過ぎたことはどうにもできなくても、これからのことは変えられる」

 確かにその通りだと思った。


 同じ頃、村を見下ろす小高い丘の上に、三人の刃士が居た。

「しかし、どうにも気が進まん。刃士が村喰いの真似など……」

 巨大な両刃の斧を携えた、大柄の刃士がそう呟いた。

「やむをえんだろう。必要とあらば、するしかあるまい」

 その背後でそれよりやや若い刃士、長槍を手にした刃士がそう答える。

「構わん。赤の国は刃士の誇りを汚した。それに与する者は、皆同罪だ」

 少し離れた所で、年老いた刃士が吐き捨てるように言った。年老いた刃士は、幅広の剣を手にしていた。

 三人の刃士は、村をじっと見つめていた。

 これから、この村は彼らの手により修羅場と化すだろう。しかし、そのことをまだ青柳たちも村人も知る由はなかった。

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