四.覚悟


 三日後の朝、青柳たちは岩宿の村に着いた。

 畑で作業していた村人たちは、彼らの姿を見ると挨拶もせずに家の中に慌てて入っていった。それから戸や窓をぴっしりと閉ざし、決して再び出てこようとはしなかった。

「なぜ、村人たちは我々を避けるのでしょうか?」

 八手は疑問に思って尋ねた。

「おそらく、村を支配している刃士が他の刃士との接触を避けるように強要したのだろうな」

「なぜ?」

「刃士にとって一番手強いのは、他の刃士だ。村人がこの窮地を脱するには、他の刃士に依頼するに決まっている」

 青柳は確信に満ちた口調で言った。

 刃士の支配する村……八手はそんな村を見るのは初めてだったが、青柳はそうでもないようだった。

 また、これから青柳がその刃士と刃を交えることになるならば、それを見るのも初めてのことだった。八手はこれまで刃士同士の戦いを見たことが無かった。だからそのことを考えると、期待と不安の入り混じった複雑な気持ちなるのだった。

「刃士様……」

 どこからともなく弱々しい声が聞こえた。

 見ると、道のすぐわきの家の戸口がわずかに開いて、老人が手招きをしている。

 青柳たちが近付くと、老人は早く中に入るように促し、彼らが入るや否や戸を閉めた。

「刃士様、助けてください!」

 老人は青柳を正面に見据えると、弱々しくもはっきりとそう言った。

 老人はそのまま話し続ける。

「どうしてこうなってしまったのやら……わしの様な年寄りはともかく、村の若いものまでも皆――」

 老人が話し続けようとするのを、青柳が制した。

「落ち着いて……今の状況を詳しく説明してくれ」

「ああ……いや、はい」

 老人は青柳を見上げて、ぽつりぽつりと話しだした。

 きっかけは、些細なことだった。

 村に訪れた刃士・地蜂に、村長は畑を荒らすホシグマの退治を依頼した。

 退治は難なく済み、村長は報酬を渡そうとした。

 だが、地蜂は報酬を受け取らず、この村を自分のものにすると突然言い出した。

 それから、地蜂は村長とその家族を殺してその家を乗っ取り、そこから村を支配するようになった。

 村人たちに不当な「税」を課し、それで得た物品を行き交う商人に売り渡し、大金を得るようになった。

 それに逆らおうとした村人たちは皆、一太刀で斬り捨てられた。毒を盛ろうともしたが、村人に順に毒見役を命じたためできなかった。

 今では、どこから連れてきたのか村喰いくずれのごろつきを弟子として四人引き連れて、村の支配者としてのさばっているという。

「その刃士の武器はなんだ?」

 聞き終わると、青柳はそう尋ねた。

「何か……細い剣のようなものです。非常に鋭い刃で、逆らった若い者の首をしゅぽおおんと刎ねてしまいます」

 剣か……青柳はそう低く呟いた。

「その弟子とやらは、どんな連中だ?」

「さあ、どんなと言われても……。弟子とは名ばかりのごろつきです。あいつらは刃物を持っていないようです」

「ふむ……修業はしていそうにないな」

 青柳は少し考え込むような仕草をした。

 しばらくして、八手の方を向いて言った。

「その弟子とやらは、お前が斬れるか?」

 それはあまりに唐突な一言だった。

 なぜなら、八手はまだ人を斬ったことが無く、本格的な戦いは一度たりとも経験していないからだ。

 それなのに、いきなり四人を斬り捨てよと言われた……八手はすぐには答えられなかった。

 もっとも、青柳も勝算が無く、こんな無茶なことを要求している訳ではない。

「聞くところによると、その弟子とやらは、ろくに修行もしていない連中のようだ。刃士としての修業をしたお前なら、斬れないことはないだろう」

 それから少しして、こう付け加えた。

「わしはその刃士の相手をする。その地蜂という刃士がどの程度の奴か知らんが、ひょっとするとその弟子にまで構っている余裕はないかもしれん」

 青柳は八手の目を真っ直ぐに見つめていた。

 八手は、自分が本当に必要とされていると確信した。

「分かりました。そいつらは俺が斬ります」

 声が震えているのが自分でも分かった。

「そうか、頼むぞ」

 そう言うと、青柳は背を向けて言葉を続けた。

「いいか、お前は強い。死にたくなければ、ためらうな。斬れ」

 八手は大きく頷いた。



 老人から教えられた村長の家は、村の一番奥にあった。立派な門のある、茅葺きの屋敷だ。

 青柳がその門の所に荷物を置き、腰の鞘から鉈刀を抜くと、八手も同じようにした。

 最初から抜き身の刃を手にしていることからも、もはやまともな交渉を期待していないことは明らかだった。

「話し合いは……やはり無理でしょうか?」

 最後の確認という意味合いで、八手は尋ねた。

 青柳はそちらを振り向かずに正面を見据えて答える。

「まず無理だろうな。警告はするが……どうした? 恐くなったか?」

「いえ……」

 八手はしっかりと首を横に振った。

 青柳は正面の戸を勢いよく明け放った。

 屋敷の中に戸口から日が差し込み、中に居た者たちが目を細めた。

 中には、六人居た。

 一番奥にその刃士らしき、抜き身の細身の剣を手にした若い男が座っている。その脇に、酌をしていたのか酒瓶を手にした若い娘。そしてそれを囲むように、棍棒を手にした四人の男がたたずんでいる。

「よお。あんたも、飲むか?」

 右手に剣を手にした男、地蜂は、杯をもう一方の手に持って言った。その剣は両刃のやけに細長い剣だ。

「いや、結構」

 青柳はそう言うと、中に足を踏み入れた。八手もそれに続いた。

「この村を出ていってもらいたい」

 青柳は静かに、はっきりとそう言った。

 地蜂の隣に居た娘は、期待を込めた目で青柳を見ている。おそらく、無理に従わされている村人なのだろう。

「断る」

 地蜂は杯を放り出すと、立ち上がって剣を構えた。

 それは、青柳が斬りかかるのとほぼ同時だった。

 金属音と火花がほとばしり、場は一瞬にして戦場と化した。

 娘は悲鳴を上げて奥に逃げ込み、四人の男たちは、青柳を背後から襲おうと動きだした。

 八手はその間に割って入った。男の一人が棍棒を振るったが、それを難なくかわした。

 しかし、八手は短剣を正面に構えたまま、未だに斬りつけられずにいた。相手は隙だらけだ……一太刀で勝てる。それなのに、その一手があまりに遠い。

 八手は無意識に後ずさりする。それは男たちを勢いづけ、八手をさらに不利な状況に追い込んだ。

 追い打ちをかけるように他の男が、棍棒を振り下ろす。後退する。また振り下ろす。また後退する。それが延々と繰り返された。

 その背後では、刃がぶつかり合う音が響いていた。青柳が地蜂に向けて、刃を振るっているのだ。このまま後退し続ければ、その青柳すら危険にさらすことになるだろう。

 ――「ためらうな、斬れ」か。

 八手は青柳の言葉を思い出した。自分が役に立たなければ、師を無防備な背後から敵に襲わせることとなってしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 それを打開するには、切り捨てるよりほかはない。

 男たちの中でもひときわ大柄な男が勢いづいて棍棒を大きく振りかぶった。当たれば八手の頭など簡単に砕けるだろう。

 だが、その男はそれを振り下ろすことはできなかった。代わりに男の腹に深々と短剣が突き刺さっていた。

 血が流れ出し、男の腹を赤く染める。男はあお向けに倒れ、その無残な傷口をさらけだした。

 生き残るには、殺すしかない。

 八手は悟った。殺すことをためらってはいけないのだ。刃士とは、元来そういうものだと。

 男の一人が倒されたことで、残った男たちにも動揺があった。

 無抵抗だと思っていた若造に、仲間の一人があっさりと殺された。その意外さに、男たちはひるんだ。

 八手はそれを見逃さなかった。

 男たちの一人に一気に駆け寄って、喉元で鋭く刃を振るった。

 首筋から血が噴き出し、また一人倒れる。

 男たちは後ずさりする。

 ちくしょう。こんなはずじゃなかった。こんなガキに……。男たちの目には焦燥と恐怖が映っていた。

 棍棒を持つ手は恐怖に震え、もはや男たちは自分たちが狩られるのを待つしかない哀れな獣であることを知った。

 元より、挑んだ相手が勝てる相手ではなかったのだ。一年半、刃士の修業を積んでいれば、そこらのごろつきが四人居たところで殺すのは訳ない。つまり、八手が決意を固めた時点で、彼らの負けは確定していたのだ。

「た、助け……」

 とうとう恐怖に負けた男の一人が命乞いをしだした。

 八手は、それを冷静に受け止めていた。

 相手が命乞いをしているかどうかは問題ではない。敵であるなら、斬り捨てるのみだ。

 八手は村喰いを退治する場合と同じく、全て切り捨てることに決めた。

 一見すると残酷に思えるが、これは刃士としては当然の行為だった。刃士は単なる「傭兵」ではなく、「処刑人」としての役割も兼ねる。だから、斬ると決めた相手は容赦なく斬り捨てる。相手がその場限りの命乞いをしたところで、罪から逃れられる訳ではないからだ。

 情けはかけない。敵は殺す。その暗黙のルールを八手は既に知っていた。


 金属音が広い屋敷の中に響いていた。

 青柳と地蜂の刃が激しく交差していたが、優勢なのは青柳の方だった。

 地蜂は最初、青柳を見くびっていた。その老いた風体から、腕力も体力も若さのある自分の方が上だと推測していたからだ。

 しかし、こうして刃を交えて、それが間違いであったことを知った。

 青柳は風体こそ老いてはいるが、その腕の方は少しもなまっていなかった。腕力も体力も地蜂のそれ以上だった。

 地蜂はじりじりと後退していた。

 青柳の一撃は鋭く、重い。その力強さに、思わず剣を落としそうにすらなるのだった。

 また、地蜂が劣勢である理由はそれだけではなかった。

 地蜂は酔っていた。それも足元がかすかにふらつく程の酔い方だ。戦いに挑む状態であるとはとてもいえなかった。

 確かに、刃士とて酒を飲まない訳ではない。付き合い程度には飲む。だが、多くの刃士は酔って足元がおぼつかなくなる程に飲むようなことはしない。刃士たるもの、常に戦える状態を保つ必要があるからだ。

 それすら忘れてしまった地蜂は、まさに堕落刃士といえた。

 それでも、地蜂はそれにしてはよく戦っている方だった。その細剣は、鉈刀よりも軽いため、速く刃を振るうことができる。そのため、速さだけではかろうじて青柳を上回ることで今の状態を保っていた。

 とはいえ、元々力量に差がある戦いだ。やがては決着がつく。今していることはその結果を先延ばしにしているにすぎない。

 くそっ! あいつらは何をしてる! このジジイの背後から襲えば少しは……。地蜂がそれを期待した頃には、四人のうち残った二人は、恐怖におびえ処刑されるのを待つ身となっていた。

 その焦りが、地蜂の戦い方を粗くし、隙が目立つようになった。

 青柳は相手の焦りを見てとると、鉈刀を今までよりも大きく横に振るった。

 大きく加速を付けた刃は、地蜂の剣の防御を弾き飛ばし、そのまま首筋に刺さった。

 血が噴き出し、地蜂は剣を落とすと、ゆっくりとうつ伏せに倒れた。

「終わりだな」

 青柳がそう呟いた頃には、八手も戦いを終え、四つの亡骸を淡々と見下ろしていた。

 地蜂は、自分の息がヒューヒューと首から漏れるのを聞きながら横たわっていた。

 寒い……体が冷えていく。

「なぜ、こんな馬鹿げたことをした」

 青柳は地蜂にそう問いかける。

「馬鹿げた……もう刃士の時代は……終わっちまう……だから……」

 首から息が漏れる音に混じって、弱々しい答えが聞こえる。すぐにそれも聞きとれなくなって、声を発していた地蜂は単なる「物」となった。

「馬鹿なことを……」

 青柳は吐き捨てるようにそう呟いた。地蜂の細剣を拾い上げると、転がっていた鞘を探しだしてそれに収めた。

「師匠」

 八手が近付いてくる。

「そちらも終わったな……よくやった」

 それから、青柳は奥から若い娘が不安そうにのぞいているのに気付いた。

「もう終わった……そう村の人間に告げるといい」

 娘は、それを聞くなり屋敷を飛び出していった。

 その後、青柳たちも地蜂の剣を手にして、屋敷を後にした。

 五つの死体だけが残った。

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