三.不穏


 翌朝、村人たちは村のはずれにある畑に集まっていた。包丁を持った人がヨツバイノシシの死体を解体し、その肉を村人たちに分け与えている。

 八手はその光景をぼんやりと見ていた。

 その隣には、師匠の青柳の姿もあった。

 八手は、上着をめくり上げると、右脇をさすった。肋骨のあたりに痛々しく布が巻かれている。触ると骨に響くような痛みがあることから、おそらく骨にひびが入っているのだろうと見当を付けた。

「痛むか?」

 青柳がこちらを見ずに問いかける。

「少し……」

 おそらく、心配してくれているのだろうが、昨晩あんなことがあったせいで、露骨に心配しているような様子もし辛いのだろう。

 あの後、村長の家に運び込まれてから手当てを受け、青柳からさんざん説教を受けた。村長の妻がなだめてくれたからあの程度で済んだものの、それがなければどうなっていたことか……最悪、破門の事態もあり得たのではないかと密かに思っている。

 しかしながら、これで村を悩ませていた巨大なヨツバイノシシは退治され、依頼は無事に果たされた。

 あとは、少しばかりの報酬を村長から頂けば、この村での仕事は終わりとなる。

 村長がやってきて青柳と何やら話し始めた。周りが騒がしいので良く聞こえないが、どうやら噂話のようだ。

「ええ……あくまで噂ですが……」

「そうか……」

「刃士様……どうかお気を付けて」

 断片的にだが、話の内容が聞こえてくる。

 話が終わると、青柳は村長から小さな布袋を受け取って、歩き出した。八手は慌ててあとを追った。



 青柳は歩き続け、村を出て森に入った。それからもしばらく無言だったが、ふいに話しだした。

「ここから、西の方に、『岩宿』の村がある……」

 八手は黙って耳を澄ました。

「そこではどうやら刃士が村を支配しているらしい」

「刃士が……支配?」

 八手には良く分からなかった。刃士が支配する村など聞いたことが無い。

 青柳はそれを感じ取ったのか、説明を続ける。

「長く刃士をしていると、そういう輩に会うこともある」

 八手は不思議そうに青柳の顔を見た。

「いいか? 我々刃士はこの千の葉では唯一刃の武器を持つことが許されている。だが、それ故に傲慢になる輩も少なくない」

「だから村を支配する、と?」

「ああ、そうだ。しかし、刃士が支配などするものではない。我々刃士は、この世界を守るのが仕事であって、支配などはどこぞの王にでも任せておけば良い」

 青柳はそこまで話すと、深いため息をついた。明らかに不満げな様子だった。

「……国は、そんなことになっても放っておくものでしょうか?」

「国か……確かあの村は『青』の国の傘下のはずだが……まあ、国が抱えているわずかばかりの兵ではどうにもならんのだろうな」

 小国とはいえ、各国は少数の兵士を擁している。とはいえ、その武装といえば、せいぜい棍棒か杖のような長い木の棒を持っている程度で、刃物は当然ながら持っていない。そもそも、この千の葉の世界では刃士以外はまともな武装をしている人間は居ない。

「それで……師匠はその刃士を退治しようと?」

「退治か……話し合いで解決、とはさすがにいかんだろうな。かといって、通り道にあるものを放っておく訳にはいかん」

 八手は青柳の顔をじっと見つめた。

 この師匠にしては珍しいことだ。普段なら、厄介事に自分から首を突っ込むような真似をしないものを。逆にいえば、それだけ深刻な事態であるといえた。

 その後、青柳たちは黙々と歩き続けた。

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