第七夜 白い砂漠
目を開けると私は白い砂漠にただ一人、ぽつねんと立っていた。
白く続く砂の先を見ると黒いビル数本が頼りなさげに建っているのがかろうじて見えた。そのビルの向こう側に揺れる太陽は消えようとしている。
私がビルへと歩き出すと砂が革靴の下できゅうきゅうと鳴いた。
髪が汗で顔に張り付く。かなり歩いたはずなのにビルに近づいたような気はしなかった。
ついに太陽はじゅう、と音を立てて地平線へと沈んでしまった。空には宝石の川がしゃりしゃり流れ始めていた。
ビルだと信じて向かったそのものの元へついに辿り着いたがそれはビルではなかった。ただの黒い大きな岩が数本地面から生えていただけであった。
ちくしょう。私は呟き凸凹した黒い岩を攀じ登る。風が冷たい。
天辺へたどり着いた私は上であぐらをかき、近くなった夜空を見上げる。砕かれた色とりどりの宝石が黒いキャンパスに散っていた。靴の中に溜まってしまった砂を取り出し空へ撒くとこれまた宝石に成長し沢山の欠片の一つとなり、ちりちりと輝いた。
ああ綺麗だな。ずっとここにいたい。
しかし無情にも突風が吹き、空の宝石を全て何処かへ攫って行ってしまった。
空の灯りが奪われた完全な闇の中で私は歩きながら叫ぶ。
「おおい、誰かいないのか」
それに応えるように、ごうごうごうごうと紅い光が遠くから駆けてきた。しゃりしゃりしゃりしゃりと蒼い光がそれを追いかける。その二つの長い光たちはぶつかったり、離れたり、くるくる回ったりしていた。
「彼らは何をしているんですか」
「彼らは、戦っているんだよ」
私の問いに闇がふぃと答えた。
「戦って、どうするんですか」
「さぁね」
「戦った後には何が残りますか」
「なぁんにも」
「そうですか」
「そういうこと」
暫く私と闇は戦う光たちを眺めていた。やがて彼らは私の元へ来て私の前で戦いを繰り広げ始めた。きんきんくるくると。
「いつ戦いは終わるんですか」
「さぁね」
「大体どのくらい、で良いので教えて下さい」
「二千年くらいで終わるかな」
「長いですね」
「そりゃあね」
やがて光は去り、再び静けさが戻ってきた。風が吹き、白い砂を音もなく転がした。
「あのさ、一つ聞いて良いか」
闇が切り出してきた。
「なんでしょうか」
「お前、何」
「人間ですが」
「本当かい。人間は絶滅したって爺ちゃんに聞いたんだけどな」
「絶滅してしまったんですか」
「ああ。上野動物園の人間を最後に絶滅しちまった。その証拠がこの砂さ」
「動物園で人間を飼っていたんですか」
「だって絶滅危惧種は保護しないとだろ」
私は疲れ、砂の上に座った。きゅ、と砂は尻の下で擦れた。
「人間の剥製とか、博物館にあるんですか」
「何言ってるのお前。あるわけないだろう」
「そうですよね。人間の剥製とか展示したらクレーム来そうですもんね」
「は。お前本当に人間かい」
これは本当に真っ白だな、と思って私は闇に返事を返しながら砂をすくい上げる。
「人間ですよ」
「じゃあなんで知らないんだ。人間の炎が消えると人は白い砂になるってことを。ここの砂は全部、人間だったものだってことを」
私の拳の中で砂がきゅい、と鳴いた。
そして私の目は覚めた。
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