第六夜 魔法学園物語
目を開けると私は森の中にいた。私の前には黒い三角帽子をかぶった背の小さい少女が長い杖を握って足早に歩いていた。
「ほら、早くついてきて。今日こそドラゴンの力を手に入れなきゃなんだから」
「そんなに急がなくても…。ちょっと休憩しませんか」
「私より若い君がなんてことを言ってるの。先に行っちゃうよ。ドラゴンの力、私のものにしちゃうよ」
見た目は少女だが中身と年齢は立派な大人の私の師匠は歩を緩めずに言った。
「力は…欲しいです。まだ一つしか力を持ってないから」
私は仕方がなく歩を速めた。
獣道を抜けると湖畔に出た。この時期ならたくさんの小鳥や動物たちが水遊びに来ても良いはずなのだが、今日は生き物の気配さえもなかった。そもそも湖が凍っていた。
「ふふん、やっぱり。アイスドラゴンはここにいるはずよ」
師匠は凍った水面を杖でつつきながら言う。
「君の主属性は炎。今は炎の魔法しか扱えない君にとってアイスドラゴンは良い獲物」
魔法使いは皆ドラゴンの卵を体に取り込んで生まれてくる。そして新たに他の属性ドラゴンを倒し、取り込めばその属性の魔法も扱えるようになるのだった。
私が産声を上げた時既に取り込んでいた卵はファイアドラゴンのものであった。
「現れよ」
師匠が叫び杖を湖面に突き立てると大きな音を立てて氷が割れていった。それと共に大きな地鳴りのようなドラゴンの鳴き声が森中に響き渡る。透き通った鱗を持つアイスドラゴンが、湖から現れた。白い冷たい息を吐きながら、凍てつくような眼差しをこちらに向けて。あまりの怖さに私は身震いした。
「さぁさぁ、君の出番だよぅ」
師匠は呑気に言う。
「わかりました。…頑張ります」
私は体内で飼っているファイアドラゴンの息吹を凝縮し手の平に炎を出現させた。それを見て唸るアイスドラゴン。鱗に炎の光が反射して眩しい。
「早くしないと攻撃されちゃうよぅ」
師匠の言葉通り、アイスドラゴンが氷の息吹を私に向かって吐いてきた。私は炎を噴出させ、息吹を相殺する。氷は蒸発し、湯気となった。すると湯気を隠れ蓑にしてドラゴンの爪が飛んできて私の髪を切る。
慌てて私は炎の球を五つ作ってドラゴンへ闇雲に投げつけた。球は羽や尻尾、手に当たり溶かすもすぐにその部分は再生してしまった。
「再生するから普通の攻撃じゃだめだよ〜」
呑気は手伝ってくれない。
ドラゴンは再生したものの、体を溶かされたのが気に食わなかったらしく苛立っていた。強いアイスブレスを吹く。私はすんでのところで避けた。もう一度ドラゴンはブレスを吹こうと口を大きく開けた。
そうだ、口の中に炎を入れれば。私は前へ走り一気に間合いを詰め、跳び、ドラゴンの口に手を突っ込んだ。炎を最大出力で手から噴出させる。もう、私のファイアドラゴンは疲れかけていた。
「ほれ、もう良いよ」
気がつくとアイスドラゴンは倒れていた。
「おめでとう、君一人でドラゴンを倒せるようになったんだね。さぁ、この氷の力を取り込みな」
私は師匠の言葉に頷き、アイスドラゴンの頭に手を乗せた。目を瞑り、息を吸う。冷たい風が吹き抜けるようにドラゴンは私に取り込まれた。
「これで君は炎と氷の魔法が使えるようになった。もう、私が教えられることはないよ。ああそうだ、魔法学園に入学してみたらどうだろう」
「魔法学園、とは」
「その名の通り、魔法使いが通う学校だよ。君なら優秀な成績が取れるさ。君のドラゴンはまだ成長しきっていなくて個々の魔法の力は弱いが何より君は取り込む力が強い。常人より多くのドラゴンを取り込めるだろう。その才を学園で磨くべきだよ」
「わかりました。今までありがとうございました」
私は荷物を一つの小さな黒鞄にまとめ、師匠の家を出て行った。
「入学、おめでとう。校長の私が言うことはただ一つ。enjoy。えんじょい、よーぁ、まじっくすくーるらいふ。あ、言い忘れてたけども校内でのバトルは禁止ね。バトルフィールド展開禁止」
入学式を終えた私は寮へ向かうために螺旋階段を降りていた。すると黒いゴスロリを着た双子の姉妹が私の前に現れた。
「あら、お荷物はそれだけなの」
「きっとこの方はお金がないのよ、お姉さま」
「こら、ご本人の前でそんなこと言っちゃダメよ」
「う、すいませんでしたわ」
「でも、この方私たちの下僕にするにはちょうど良いと思いませんこと」
「さすがお姉さま。私もそう思っていたところなんですの」
月の髪飾りを付けた姉と星の髪飾りの妹が私の前で会話を始める。
「ちょっとすいません。通りたいので退いて貰えませんか」
「まぁ、下僕候補がなんて口を聞くの」
「そうよそうよ、下僕候補のくせに」
「いや、下僕候補って何ですか。私はあなた方の下僕にはなりませんよ」
「貴方に決定権はありませんわ」
「私とお姉さまが決めるのよ」
「嫌です」
「頑なですわね。あら、良いことを思いつきましたわ。私たちに勝ったら下僕候補リストからは外してあげます」
「さすがお姉さま。私、ちょうど退屈していた頃なんですの」
姉妹がそう言い終わった途端、あたり一面闇に包まれた。
「ここはバトルフィールド。闇のバトルフィールドよ」
姉が言う。妹の姿は見えない。
「私たちの攻撃を避けられると思いますの」
妹の声が闇に紛れて何処からか聞こえてきた。次の瞬間、私の体は蹴り飛ばされた。
「ふふ、私の姿は見えないのよ」
姿の見えない妹の蹴りが連続で入り、私は黒い地面に転がる。私は痛さで肺から空気を吐き出した。するとその息は炎を纏って口から出て見えない妹の服を燃やした。
「熱い、熱い、熱いですわ」
熱に耐えられず、妹の姿が闇から浮かび上がる。すかさず私は炎を彼女の体に巻き付け締め上げた。
「なんで、なんで私が」
彼女は叫び、フィールドから離脱した。
「あ、あら。意外とお強いのね」
姉が遠くから言った。
「妹が大変な目にあっていたのに傍観していたんですか。結構なご身分ですね」
「うるさいですわ。私の魔法は発動に時間が少しかかるんですから仕方がないことなのよ。しかし妹より何倍も姉の私の方が強くて」
突然見えない何かに腹を殴られた。
「私の魔法は闇の魔法。闇を圧縮して操るのよ」
見えない闇が無音で私に襲いかかってくる。私はジタバタと動き回り、なんとか攻撃を避けようとした。
「無駄ですわ。ここは闇の中。光がない限り私を倒すことはできませんこと」
そうだ、光があれば良いんだ。私の魔法は炎…炎は光を生み出す。私は力一杯、炎を姉に向かって飛ばした。
姉は一瞬たじろいだものの、すぐに余裕の笑顔を浮かべた。
「あらあら、貴方のドラゴンはまだ赤ちゃんなのかしら。火力が弱くて私まで炎が届きませんでしたよ。それにこの程度の光じゃ闇を消すことはできませんわ」
炎は姉の手前まで迫ったものの、届かず消えてしまった。闇が私の顎を捉え、私は後方へ弾け飛ぶ。
その時、私の体内でアイスドラゴンが唸った。ああそう言えばこいつの存在を忘れていた。私は氷の魔法も使えるんだっけ。そうか、氷を使えば。
私は闇に殴られながらも氷の魔法を発動した。薄くて丸い、レンズのような氷を何枚か次々と作り空中に固定した。そして炎をレンズの前に浮かべると…レンズの向こう側に強い一筋の光が生まれた。その瞬間、ふっと闇攻撃が少しだけ止まった。
「光…しかし一筋だけじゃ闇は負けませんわ」
また闇の攻撃が始まった。私は前へ横へジグザグに駆けた。走りながら私は氷の板を空中に固定していく。氷の板は鏡のように銀色であり鏡と同じ役割を果たした。つまり、レンズの光を次々と反射し闇を裂いていったのだ。
「と、言うか初級学生が二匹のドラゴンを取り込んでいるなんて聞いてませんわ」
姉は私の氷を使った光の作成を止めようと攻撃方法を変えてきた。闇が私の足に絡みつき、動きを止めようとする。あと一枚の氷で光が彼女に届くーーというところで闇が右手を掴み私を空中に釣り上げた。
「貴方の氷の発動場所は右手のようね。その右手を封じればもう怖くなくってよ」
ファイアドラゴンの力は生まれ持ったものなので私は右手左手どちらからも、口からもどこからでも魔法を発動できるがアイスドラゴンはこの間取り込んだばかりだ。私は右手でしか氷の魔法を発動できなかった。あと、あと一枚氷を張れば良いだけなのに。炎はこの距離だと届かない。頼む、アイスドラゴン。力を貸してくれよ。私は願いながら自由な左手を姉のいる下へ向ける。
「無理よ」
彼女は嘲笑う。
そう、無理だった。氷を張るどころか冷気も出てこなかった。
氷のレンズと鏡は光の元の炎によってだんだん溶けて小さくなっていく。光も細くなっていく。
「ふふふ、下僕決定ね。けど貴方のアイスドラゴンも欲しいわ。アイスドラゴンはレアなのよ。貴方を私に取り込んじゃおうかしら」
闇が私を包みこもうとする。
くそ、おいアイスドラゴン。言うことを聞け。お前はもう私に取り込まれているんだ。私が主人なんだ。
「決めた。貴方を取り込みますわ。闇、炎、氷。私は三属性持ちになれるんですから」
「誰がお前になんか取り込まれてやるか」
私は叫んだ。
一瞬のうち、フィールドが光で溢れた。フィールド内は尖った氷で全面覆われ、氷の中には炎が燃えていた。体内で二匹のドラゴンが吠えた。
「痛い」
彼女は氷の炎に体を突き抜けられていた。
気がつくと私は元の螺旋階段に立っていた。足元には闇の双子姉妹がぐったりと横たわっている。ああ、勝ったのか。下僕候補リストからは外して貰えるな。
「おい、誰だ校内でバトルフィールドを展開したやつは」
先生と思われる人の怒号が上の階から聞こえてきた。
私は慌てて階段を駆け下りた。一階分2階分と降りるがだんだんと先生の足音が迫ってくる。ふと横を見るとテラスで男子生徒二人がなにやら話し込んでいた。
「ちょっと、かくまってくれ」
私は二人の間に飛び込んだ。
「なんだよこいつ」
「あ、もしかして早速校則破ったりしたの」
「うん、バトルフィールド展開した」
「わお、やるね。良いよかくまってやる」
「そうだな…僕ら三人は一時間前からずっと魔法生理学についてここで語ってる」
「ついさっき飛び込んできた奴なんかいない」
メガネの細いやつと顔の丸いやつは快く私を仲間に入れてくれた。
「お前ら、バトルフィールドを展開した校則破りを知らないか」
先生が私たちに聞いてきた。
「知りません」
丸顔が言う。
「ついさっきここを走って行った人なら見ましたよ」
メガネが言った。
「ええっと、彼は図書館の方へ走って行きました」
私が追い打ちをかける。
「そうか、ありがとう」
先生は図書館の方へ行ってしまった。
「助かったよ、ありがとう」
「礼には及ばないよ」
丸顔が笑顔で言い、メガネがそれに頷いた。メガネがふと思いついた顔をして聞いてきた。
「ところで、君の名前は」
「私の名前はーー」
そして私の目は覚めた。
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