第四夜 硝子のオルゴール

目を開けると私は石畳の道を歩いていた。

あてもなく歩いていると教会の前に出た。今日は日曜日ではないので周りにそこまで人はいない。

教会の裏で露店を見つけた。

「お兄さん、一ついかがかね」

腰の曲がった皺々の老婆が手招きしながら言った。

「どうだ、綺麗だろう」

幾つか並べてある中の一つの箱を手に取りながら老婆は言う。

「これはね、オルゴールなのさ。だけど普通のものじゃあない。これは魔法のオルゴールなんだよ。見ててごらん」

箱の蓋が開けられると中から小さな陶器の女性が出てきて歌い出した。異国の歌なのか歌詞は理解できない。しかしとても澄んだ声で陶器の人形は歌い、箱の中を美しく舞った。

私はオルゴールに、歌に、その姿に魅せられた。

「おっとこれ以上聞きたければこれを買うんだね」

箱は閉じられてしまい、歌は止んだ。

「これの値段は」

私が聞くと老婆はかなりの高値を言ってきた。

「その値段でいったいどれくらいの数が売れるんだ。これだけ高額だといくら美しくても買う人は少ないだろう」

「それがたまぁにまとめて沢山買ってくれる人がいるんだよ。それよりお兄さん、買うのか買わないのか早く決めてくれんかね」

「わかった、買おう。だけど一個だけだ。しかしこんなに高額なものをまとめて買う人なんて余程の物好きだね。それか腐らせるほど金を持つ金持ちか」

「毎度あり。いや、まとめて買う人は案外お兄さんのような人だよ」

老婆は黄色い歯を見せて笑った。

私は銀細工で飾られた蒼い硝子ビードロのオルゴールを手に抱えた。



家に帰った私は早速オルゴールの蓋を開けてみた。

陶器の女性が異国の調を歌い、舞う。その音はなめらかでまるで本物の人間が歌っているかのような音だった。

歌が終わり人形が箱の中心へと戻ってくる。スカートの端を摘み、お辞儀をした。とても軽やかな動きだ。どのような仕掛けになっているのだろう。

私はオルゴールの蓋をそっと閉めた。蓋と連動して人形が箱の底へとゆっくり沈んでいく。蓋が完全に閉まる直前に「ふぅ」と溜息が聞こえた気がした。

私は驚き蓋を半分まで持ち上げた。変わらず陶器の女性はスカートを摘んで止まっている。空耳か。私が再び閉めようとしたとき、人形が瞬きをした。私は目を疑い、人形を凝視する。一回、二回。人形は瞬きを繰り返した。

私は老婆の言葉を思い出した。「これは魔法のオルゴールなんだよ」


「ねぇ、君は生きている魔法の人形だったりするのかい」

私はそう言いながら蓋を完全に開けた。

人形はお辞儀をし、歌い始める。

そうだよな、魔法なんてあるわけがない。これはただのオルゴールで人形も普通のものだ。

私は人形の歌に耳を傾ける。しかし今度は異国の歌ではなかった。私と同じ言葉を使いたどたどしく人形は歌っていた。

彼女は歌う。


聞いて、わたしの声を。

わたしはあの女に騙された。

気が付いたらわたしは暗い箱の中。

箱が開くとわたしの口は勝手に歌を紡ぎ、体は踊りだす。

一年、十年、百年。

もうどのくらい箱の中にいるのかわからない。

お願い、わたしをここから出して。

お願い、他の子たちも助けてあげて。

わたしはもう疲れたの。


人形は歌い終わりお辞儀をして止まった。

人形は生きていた。そもそも元は人間だった。私は呆然とオルゴールを見つめた。


私は教会へ走った。あの老婆の露店へ行くために。まだ店は出ているだろうか。私は焦っていた。


幸いにも老婆はまだいた。しかし彼女は店じまいを始めていた。

「おい、婆さん。何ていうものを売っているんだ」

「おやおや、これはさっきのお兄さん。さてはオルゴールが気に入らなかったのかい。商品を返してくれれば金は返すよ」

「そうじゃない。聞きたいことがある。お前は生きている人間をオルゴールに閉じ込めて売っているんだろう」

「はて、何のことだか。人間がこんな小さな箱に入るわけないじゃないか」

「婆さんも自分で言ったじゃないか。これは魔法のオルゴールなんだ。魔法だ。お前が魔法で人を縮めたんだ」

「魔法なんか使えないさ」

私は焦ったくなり、商品のオルゴール一つをひったくって蓋を開けた。

陶器の少女が出てきて歌いだす。私は彼女をじっと見つめた。瞬きをする瞬間を、生きている証拠を見つけるために。

歌の最初から最後まで彼女は瞬きをしなかった。

「もう気は済んだかい?返しておくれ」

婆さんが笑みを浮かべて言った。

「…この金で買えるだけのオルゴールをくれ」

私はありったけの金を財布から取り出して老婆に差し出した。

「これだと四つだけだね」

「もっと買えないのか」

「値下げはしないよ。この値で買わないんだったら一個も売らない。早く店じまいをしたいんだ」

「もういいわかった。四つくれ」

「毎度あり、物好きのお兄さん」

婆さんは口の端をつり上げて笑った。

私は金、銀、緋、翠の硝子ビードロのオルゴールを両手に抱えた。


家に帰り、オルゴールを置く。半開きにして確認するとやはりどの人形も生きていた。私は一度全てのオルゴールを閉じ、溜息をついた。


「君たちを元の人間に戻すのにはどうしたら良いんだ」

私はそう言ってから蒼のオルゴールを開いた。


他の子たちも連れて来てくれてありがとう。

わたしは自分が助かる方法をひとつだけ知ってるの。

銃よ。銃が必要だわ。

銃でないと壊せない。

銃で箱の鍵穴、それを撃って。

さすれば私は救われる。


私は引き出しから一丁の銃を取り出した。

オルゴールの箱には鍵穴があった。しかし鍵はなかったのでただの飾りだと思っていたが違ったようだ。これは彼女を縛り付ける錠だったのだ。

「これを壊せば良いんだな」

私は鍵穴に狙いを定めて、撃った。


発砲音と硝子ビードロの割れる音が部屋に響き渡った。

オルゴールが割れたあとには一人の女性が横たわっていた。彼女の胸からは赤い液体が止めなく流れ出ている。


「ありがとう」


彼女はそう言って動かなくなった。


そして私の目は覚めた。

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