第二夜 隠れん坊

目を開けると私は豪華な部屋のソファに座っていた。


「○○を見つけ出し、捕まえてほしい。あの、バカ息子を」

○○の父が私に言った。

昨日から○○は彼の家こと、今私がいる豪邸から忽然と姿を消したという。たった一枚のメモを残して。

そのメモには「もういいかい?もういいよ」とだけ書かれていた。


○○は私の幼いころからの親友でよく一緒に遊んでいた。しかし十六歳を境に私と彼はパッタリと会うことをやめ、電話も手紙も何もしなくなった。理由は忘れた。

それから四年が経った今日、私は彼の両親に呼び出されたのだった。


彼の両親は金持ちだ。

よく彼は沢山の友達と私を招き豪邸全ての部屋、敷地を使って隠れん坊をした。全員を見つけるのには丸一日かかる。それくらい豪邸は広く、彼らは金持ちであった。


「バカ息子…大バカ野郎めが!」

「あなた、落ち着いて…」

「落ち着いてられるか!なんだってあいつは親の言うことを聞けないんだ!今まで育ててきた恩と言うものを感じないのか?」

怒鳴りながら部屋を歩き回る夫を妻が宥める。

私が口を挟む。

「彼はもう二十歳です。もう親の意思全てに従わなければならない年齢ではありません」

「違う!子供はいつまでも親の言うことを聞いていなければならないんだ。なんたって、子供は親の所有物なんだからな」

「そうよ。私たちは彼の為を思って教育してきたのよ。私たちの言うことさえ聞いていれば彼は幸せになれるのに!」

「せっかく俺の社長の座を譲ってやろうとしたのに!」

両親は荒々しく言った。


彼の両親はとても躾が厳しく、息子が望み通りの動きをしないと毎回打っていた。彼はよく両親に反発していたのでいつも背中や尻は青い痣だらけであった。

そんな彼の唯一の楽しみが隠れん坊。

それは両親や執事、メイドに見つからないように豪邸で隠れん坊をする彼にとっての最高の遊びだった。この隠れん坊は特殊で鬼に見つかった人はその人も鬼になると言うどんどん鬼が増えていくシステムになっていた。そして彼の家の者、すなわち両親や執事メイドたちに見つかってしまった場合、その人はもう二度と豪邸へ足を踏み入れてはいけなくなる。要するに隠れん坊に金輪際参加できなくなるルールがあった。

隠れん坊は両親に禁止されていたが、それでも彼は十六歳になるまで三ヶ月に一回の頻度で飽きずに定期的に開催していた。毎回沢山の参加者が集まっていたが、初回から一度も家の者に見つからずに参加し続けられたのは私と彼の二人だけだった。


「これを君に」

彼の父は私に二丁の銃といくつかのカートリッジ、ホルスターを渡してきた。ずっしりと重い。

「なんですか、これは」

私は確認の為に聞く。

「生きていれば良い。息子をこの屋敷の中から見つけ出し、何が何でも捕まえるんだ。そう、隠れん坊だよ」

「もし私が嫌だと言ったら?」

両親は黙って懐から散弾銃を取り出し、私の腹の高さに狙いを定めた。

母は冷たい声で言う。

「散弾銃の場合、頭を撃つよりお腹を撃った方が死亡率が高いのはご存知?」

その言葉に私は頷くしかなかった。


私は二丁の銃をホルスターに入れ、廊下に出た。私の服装はスーツに銃、と言う可笑しな恰好な上に動きにくかったが仕方がなかった。

廊下には沢山の人がいた。六十人はいるだろうか。彼らは皆、隠れん坊のかつての参加者たちだった。


「よぉ、久しぶりだな。お前は隠れん坊のプロフェッショナルだろう?期待してるぜ」

彼の元同級生が声をかけてきた。

「すっごい久しぶりの隠れん坊だからドキドキしちゃう。一緒に頑張ろうねぇ」

○○の元カノが体をクネらせながら私に言った。

「いやしかし、私も久しぶりの参加なのでご期待に応えられるかどうか」

「でもでも、頑張らなきゃだよう。だって○○を見つけて捕まえられた人には一千万の賞金が出るんだからぁ!」

どうやら私以外の参加者たちは金の匂いにつられてやって来たようだった。

参加者たちは皆、私が銃を持っているように自分好みの武器を手にしていた。


「よし、これを言い終わったら隠れん坊をスタートさせるからな」

父が廊下に出てきた。

「執事やメイドたちには息子が消えたことをまだ言っていない。だから君たちはくれぐれも彼らには見つからないように。息子は絶対にこの屋敷の中にいる。何故なら彼が屋敷外に勝手に出たら鳴る警報装置がまだ作動していないからだ。多少の怪我は目を瞑る…いや、どんな状態でも命さえあれば良いから捕まえてくれ。捕まえた人には一千万の賞金をやろう。…さぁ、スタートだ!」

参加者は一斉に豪邸内へと散った。皆爛々と目を輝かせている。金に目が眩んでいるに違いない。彼女ら参加者に○○が見つかったら武器で尋常ではないほど痛めつけられそうな、悪い予感がした。

私はなんとしてでも○○を彼女たちより先に見つけ出さなくては。そして何より、彼をこの豪邸、両親から外の世界へ連れ出してやりたかった。


私は一人、廊下に取り残された。

さて、どこから探そうかと考えていた矢先、不意に横から空気が避けるような音がした。私は咄嗟にしゃがんだ。

鋭い光を放つ日本刀が私の頭上を勢いよく通過した。

「くそ、とらえ損ねたか」

日本刀の持ち主が言った。顔を見上げてみると、刀を握っていたのは○○のいとこだった。

「何をするんですか!」

「何って、参加者を減らそうとしてるの。この俺が○○を捕まえる。他の人は邪魔だ。だから、殺す。もうすでに二人に切ったからお前は三人目になる」

いとこはじりじりと私に詰め寄ってくる。

「そんなに賞金が欲しいんですか」

私は立ち上がりながらホルスターに手をかける。

「そりゃあ欲しいさ!」

彼は両手を刀に添え、私の懐へ飛び込んできた。私は必死に横へ転がり攻撃を避け、銃を掴み、撃った。

弾は運よく彼の太ももに命中した。

「クッソ野郎!」

「先に襲ってきたそっちの方がクソ野郎だと思いますよ!!」

私はもう片方の太ももにも弾を撃ち込んだ。

いとこはうずくまり、完全に戦意消失したようだった。


廊下の向こう側から執事とメイドが銃声を聞きつけて走ってきた。私は急いで傍にあった部屋に飛び込み、隠れた。

「執事さん、なんか屋敷中に怪我をした見知らぬ人がちらほら転がっているのですが、いったい何が起きているのでしょう?」

「さぁ…。しかしまずはこの銃で撃たれたとみえるこの人を介抱しなければ」

彼女たちの声といとこをどこかへ引きずって行く音が遠ざかっていった。

メイドたちの話によると、どうやらほかの参加者たちも賞金を得られる確率を少しでも高めようと参加者同士で殺しあっているようだった。


私は豪邸中をくまなく探した。参加者と鉢合わせをすることは何回かあったが、○○の姿はどこにもなかった。屋根裏部屋、馬鹿でかい車庫、彼が分厚い壁の間にこっそり作った秘密の部屋にも。


どれくらいの間探しまわっていたのだろうか。窓の外を見ると太陽が地平線へ消えようとしていた。

私は襲ってきた参加者数名を先頭不能にさせてきた。最初のうちは銃声に執事たちが駆けつけてきたが今はもうそれもなくなった。参加者たちが「見つかると面倒だから」と執事たちまでも襲っていたのだった。今や豪邸中には人が至る所に転がっていた。


私は唯一まだ確認していない倉庫へ行ってみることにした。

廊下は血の臭いに溢れていて気分が悪くなった。

倉庫のドアを開けるとそこには手に武器を持った十人ほどの参加者がいた。元カノの姿もある。

まずい、殺される。そう思ったが、彼らは何もしてこなかった。

「ここで何をしているんですか」

私は彼らに聞いた。

「しーっ。あのね、倉庫の奥にもう一つ扉があるでしょう?そこに絶対○○が隠れてると思うの。これから皆でそこに入って○○を捕まえようって作戦を立てたわけ。君も参加する?賞金は山分けよ」

斧を持つ元カノの言葉に私は頷いた。

一緒に行動するふりをして彼女たちより先に彼を見つけなければ。


「最初に突入するのは女組よ」

扉に近づいた私に元カノが言った。彼女はいつの間にか全裸になっていた。

「…なぜ?」

「色仕掛けよ、色仕掛けぇ」

色仕掛けに何の効果があるのかわからなかったが、彼女の持つ斧の餌食になりたくなかったので私は黙った。


「Go」

武器を握る全裸の女五人が静かに扉をくぐって行った。非常にシュールな光景であった。

彼女たちが中に入った後、私はそっと中を覗いてみた。中には沢山の棚が並んでおり工具や何に使うのかわからない部品、資材などが所かまわず山積みにされていた。電球の数は少なく、薄暗い。その中を全裸の女たちは床を這い、棚によじ登ったりして○○を無音で探していた。

○○が女たちに見つかってしまうのではないか。私は気が気でなかった。

「ええい、じれったい!」

私と共に外で待っていた男組の一人がそう言い放ち、勝手に中へ飛び込んでいった。私もその後に続く。

私は彼が隠れそうなところを探した。幼いころから彼は隠れるのが上手かった。物陰やタンスの中など当たり前の所に隠れるのではなく、「そこにあって当然」なものに身を隠すのであった。

大量のネジが入った箱の中を弄る。いない。

ダメもとで大きな工具入れを開ける。もちろん、いない。

鉄骨の山が目についた。いるわけないよな、と思いながらも私は一番上の鉄骨を下に降ろす。ものすごく重かった。

下の鉄骨と鉄骨の間に彼が隠れているのでは、と少なからず期待したが彼はいなかった。

しかしふと、一番下の鉄骨に乾いた赤茶のものがこびり付いているのに気が付いた。

まさか、ね。

私は全ての鉄骨を横へ移動させた。

なんと鉄骨の下には穴があった。床のタイルを剥がし、スコップで掘ったと思われる穴が。


そこには一枚のメモが落ちていた。

「君たちに僕を見つけることは一生できないよ」

かつての親友、○○の筆跡でそれだけが書かれていた。


そして私の目は覚めた。

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