ラットとおしゃべり
1
「川辺の症例は面白いと思うんだ。カフスボタンってまぁ二つ必要なわけじゃん。あいつは手首にちゃんと小さめの石が二つ付いているんだよね。レントゲンで見たらそれぞれ独立して二つ、体に石が埋まっている」
「ああ、三条さんとこの
「……あいつのところは確かに、興味深い
くすくすと小さく笑う鈴に、隼人は顔をしかめる。ああ、面白い。本当にからかいがいのある子だ。鈴は普段は研究に没頭しがちな隼人が、
閉塞した男ばかりの研究室で、こうしてたまに学生が話し相手になってくれることを鈴はひそかに楽しみにしている。研究一筋でやってきたせいで、気付けば三十半ばに差し掛かり、同年代の友人たちはみんな母親になっている。男社会の中でも負けぬようにと、たった一人で頑張ってきたのだが、やっぱりなかなか成果は認められず、いまだに大学の講師どまりだ。人寂しさで誰か話し相手を求めるなんて、まるで隠居した老婆みたいだ。そんなことを考えながら、鈴はちょうど歳が十離れた隼人の寝癖がついた髪を見つめる。
「ごめんごめん。で、川辺さんの症例がどうしたって?」
「ああ、うん。川辺は変身するとまぁ体が二つにわかれるわけだよ。それを離しておいたら元に戻んないのかなって思ってさ、晃に頼んでちょっと別の部屋に置いておいてもらったことあったんだけどやっぱり戻らなかったんだよ。」
戻れない時間が長引けば長引くほど、人間に戻った時の体力の消耗と疲弊は激しい。体を動かせなくなるからか、あまり長期間にわたり人間の姿に戻らないと筋肉が強張ってしまい、しばらくうまく関節を動かせなくなるのに。残酷なことを、と鈴は一瞬思ったが、それよりも好奇心が勝った。
「へぇ、やっぱりそうなんだ。どれくらいの距離、離れてたら戻れないんだろうね」
「そうそう、俺もそれ思った。とりあえず晃が着用しているときは戻ったことないみたいだからそれぞれ人の両手首についてるくらいの距離間でもダメみたい。使わないときはケースに蓋をしないで横並びにしてると、大体一日もしないうちに戻ってるって」
でもパーティ参加してる時に、急に袖口から男が出てきたらビビるよなぁ、と隼人は笑いながら話す。
「でさ、晃の使用人で粂川って女の子もいるんだけど、その子はショットガンになるのね。銃だからパーツごとに分解できるわけだ。でもその子は石を一つしか持ってない。でっかいのが胸元に一つ。変身した時も銃床にだけついてる」
「へぇ。その子は分解したらどうなるんだろうね」
どこかが欠損した状態で戻ったりとかするんだろうか。なんか、グロテスクだ。
「そうそれ。それもやってみてもらったんだけど、やっぱり人間に戻らなかったって。その子の場合は完全に変身した時の銃の状態にしておかなきゃいけないみたい。弾を装填しているだけでも戻れなくなるみたいでさ。スイッチャーにとって都合の悪い時には戻らないようにできるから、便利といえば便利なのかな」
隼人はそう、こともなげに言う。隼人に限らず、四日谷の一族はみんなこうだ。
――私もそう見えてるのか。
鈴は腿の付け根をなぞり、そこに確かに存在する硬い手触りを確かめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます