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結局、男子生徒も含め十人弱でのカラオケとなったが、その費用も全額葵が出した。支払いのレシートを見て、葵はため息をつく。親名義のクレジットカードを渡されてはいるものの、あまり遊びに使いすぎると母の美里は露骨に嫌な顔をする。頭が悪く見える金の使い方はするな。莉奈未たちに付き合わされたあとは、いつもそんな風に叱られる。
――強くありなさい。それが無理なら賢くなりなさい。
ずっと小さい時からそのように言われてきた。強くなどなれるものか。生まれた時にはすでに圧倒的な強者である兄・晃がいたのだ。いつも周りに人を従えるカリスマ性。常に華やかな雰囲気を身にまとい、そこに立つだけで人の注目を集める男。葵は早々にあきらめた。
元から悪くはない頭を持っていたのだ。多少意識的に勉強するだけで、トップクラスの成績を維持することはできた。祖父の資産争いだって、何か間違いが起きない限りは、圧倒的に
「葵様、迎えの車を駅前に呼びました。移動しましょう」
唯は淡々とそういうと、葵の手から鞄を引き取り先に歩き出す。結局、唯はついてきたもののカラオケでは一曲も歌わなかった。
美里の経営する児童養護施設で育った唯は、自分の両親を知らない。赤ん坊の時に施設の前に捨てられていたのだ。
三条の養護施設では赤ん坊やまだ幼い子供が置き去りにされることがままある。そしてその子供たちは
葵と唯が駅前に着くころにはすでに迎えの車が到着していた。雑然とする街中では浮いてしまう、高級車。
「おかえりなさいませ、葵様」
低く、落ち着いた声が聞こえ、運転席側から男が降りてくる。その姿が目に入り、葵の胸は不意にときめいた。すらっとした長身と、整えられた頭髪。中年らしい小じわはあるものの、精悍な顔立ちをしている。三条家の専属運転手である川辺は、葵とは二回りくらい年齢が離れているものの、微塵もそれを感じさせない。
大学進学後のやりたいこと。葵は面談の時の質問を思い出す。
――やりたいことなんてない。でも、なりたいものはある。親にも、兄弟にも、誰にも言っていないこと。
後部座席に乗り込み、運転席に座る川辺の後姿を見つめる。座席の位置を微調整する彼と、ルームミラー越しに目が合った。一瞬、川辺が穏やかにほほ笑む。その顔を見ただけで、葵は顔が熱くなった。
――川辺さんが好き。私、川辺さんのお嫁さんになりたいの。
サイドブレーキを引く彼の左の袖口から、一瞬だけ緑の光がこぼれる。左手首の石。四十を超えている川辺は、ステージ3の
早く、早く卒業したい。胸の動悸を感じながら、葵は静かに兄との約束を思い出していた。
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