サマーダイアローグ

1

 結局、諒太とは連絡がつかなかった。留守番電話に気休めにしかならない励ましを入れてはみたものの、かえって余計なお世話になってしまったのではないかと気になり、なかなか寝付けなかった。

 寝返りを打ちながら考える。みづきの話をどこまで信用していいのかはわからなかったが、悠人が本当に諒太のスイッチャーであるならできるだけ近づけないほうがいいだろうし、向居さんも心配だ。変に目をつけられてトランサーになってしまったら取り返しがつかない。とにかく明日の朝、諒太と話そう。きちんと事の真偽を確かめないと。そう思っていたのに。


 次の日も、さらにその次の日も、諒太は学校に来なかった。もうすぐ期末テストもあるというのに一向に学校に現れない。直接、家まで会いに行こうか。そう決意した日の放課後、学級委員長の秋塚あきづかかおるに話しかけられた。

「お、荻原くん。ちょっとお話し……したいんだけど……」

 蚊の鳴くような頼りない声。秋塚はおおよそ学級委員長などするようには見えないのだが、大人しく真面目なのをいいことに面倒ごとを押し付けられるタイプだ。小柄で、運動神経もあまりよくない。成績も平均よりやや良い程度で、学年の上位ランクに入っているわけでもない。たれ目ぎみの狸顔で、なんというか……少し胸が大きな、普通の女の子だ。一部の男子からは人気があるらしいが、仲良しの女子グループからほとんど離れないので、委員会絡み以外で男子と話しているのを見たことがない。

「ごめん、僕ちょっと急ぐから」

 あまり目線が下に落ちすぎないように気を付けながら、彼女の胸元のバッチを確認する。校章の横には緑のバッチがついていた。

 彼女が学級委員長を押し付けられている理由の一つがこれだ。中等部でも生徒会役員だったらしい彼女は、高等部も入学早々に生徒会に入った。内部進学生が多いこの学園では、中等部の生徒会役員がそのまま高等部の生徒会に入るケースがほとんどらしい。生徒会役員だと各行事でクラスの融通も利きやすいからと女子数人から熱烈な推薦を受け、入学式の次の日には、彼女は学級委員長になっていた。

 生徒会。緑のバッチ。四日谷陣営の子だ。

 正直言って、諒太と会うまでは四日谷の関係者とは話したくなかった。余計な偏見を持たずに、諒太の話を聞きたかったから。

 鞄を手に取り、さっさと廊下に出ると、秋塚は後ろからぱたぱたとついてきた。

「ま、待って。柳楽くんに会いに行くの? あの……今はまだ会えないから……やめておいたほうがいいと思うよ……」

ぎりぎり聞こえたその言葉に、思わず振り返る。どうして会えないってわかるんだ。

「あの……柳楽くん、一昨日谷本くんと喧嘩したんでしょう。その時、学校で変身しちゃったって聞いて……。柳楽君は変身すると三日ぐらい戻れないタイプみたいだし、戻りたてはかなり体力消耗してるから……休ませてあげたほうがいいと思う」

諒太はあの後、変身していたのか。それすらも知らなかったこと、それをほとんど話したことがないクラスメートから知らされたことに、多少なりともショックを受けた。――僕は諒太のことをまるで何も知らない。

「……あ、私……学級委員長で、柳楽くんが副委員長だから……柳楽くんの仕事も代わりにやるから、先生が教えてくれて……」

秋塚はおどおどとした様子でフォローをしてくる。別に彼女が悪いわけではないのに、何故か無性に腹が立ってきた。

「わかったよ。じゃあ、来週くらいに連絡してみる」

ぼそぼそと彼女と同じくらいの声量でそう返し、背を向けて再び歩き出そうとしたら、今度は腕をつかんできた。

「待って。あの……柳楽くん、たぶんもう一学期は教室に来れないの。荻原くん、編入生だから知らないかもしれないけど、学園内で変身した場合は、二週間は経過観察になるの。保健室登校で試験だけ受けて、ほかの時間は自宅待機になっちゃう。経過観察中は過度なストレスを与えないようにって、生徒同士での接触が禁止されるから……」

振り返って秋塚の顔を見ると、なぜか泣きそうな表情になっていた。

「ごめんなさい。余計なことかと思ったけど、荻原くんは柳楽くんのこと心配してると思って……」

小さな声がさらに小さくなり、最後らへんはほとんど聞き取れなかった。眉を寄せながらうつむく姿は小動物のようで、まるで僕がいじめているような気分になってきた。

「……いや、こちらこそごめん。さっきから態度悪かったね。教えてくれてありがとう」

秋塚はぱっと顔を上げると、表情を緩ませた。確かに男子に少し人気があるのはわかる気がする。なんというか庇護欲をくすぐるような子だ。

「多分、夏休みに入るころには落ち着いていると思う。試験が終わったら夏休みの課題も出されるから……柳楽くんの家に届けるの、頼んでいいかな?」

願ってもない申し出に、二つ返事で了承する。僕に気遣って諒太に会いに行く理由まで作ってくれるなんて。先ほどまでの自分の態度を思い出し、胸がちくちくと痛んだ。


 秋塚はそのまま生徒会があるからと、さらっと立ち去って行った。バッチをつけていても普通に話せる人もいるんだなと変に安心したところで、ふと諒太の言っていたことを思い出す。

 ――これは噂なんだけど生徒会役員はほとんどが石持ちだといわれている。

 秋塚の小さな背中が遠ざかる。彼女も石持ちなんだろうか。彼女も、人には言えない何かを抱えているのだろうか。

 外ではセミがうるさく鳴いている。なぜだか急に、諒太のいない夏の放課後に心細さを感じた。

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