かわいそうなのは誰?

1

 学校から最寄りの駅まで移動し、さらに急行二駅でまあまあ発展した街に出ることができる。僕は二階堂みづきと二人でそこまで移動をし、駅前のファッションビルを並んで歩いていた。一瞬、これはデートに見えるんじゃないかと考えたりもしたけど、電波系の原宿ギャルと地味男じゃカップルと言い張るには無理があると思い直した。

「おっぎーって用心深いんだね。別に何もやましいことなんて何もしないのに」

周りをきょろきょろと落ち着きなく見渡しながらみづきがいう。みづきと二人で話す条件として、場所の指定は僕が行うこと、僕が場所を決めた後にほかの人間にそれを知らせないように携帯を僕に預けることを提示した。みづきはことのほかすんなりとその条件をのみ、二つのスマートフォンをその場で預けてきた。

 ファッションビルにしたのはそこら辺に人目があるのと、ここでは他人の挙動や話に興味がある人間のほうが少ないと思ったからだ。みんな自分の買い物に(というよりも買ったものを使っているという未来の自分に)しか興味がない。

「二階堂さん、早いところ話をしてほしいんだけど」

「みづき! 二階堂は高等部に四人いますー」

いーっと歯を見せてくる。いちいち行動が子供っぽい。

「……みづきさん。諒太のこと教えてくれるんだよね……」

怪しげな雑貨屋の店頭に並んでいる鹿の被り物に近づいていくみづきを引き留めながらそう言う。

「呼び捨てでいいのにー。まあいいか。うん、教えたげる。諒タンについて話すには悠ちゃんの話もセットにしないと進まないから一緒に話すねー」

みづきは鹿の被り物をつけて、こちらに向かって「がおー」とライオンのようなジェスチャーをする。

「あっくんが言ってたんだけどねー。悠ちゃんはねー、メサコンなんだってー」

「メサコン?」

救世主メサイアコンプレックス。誰かを助けてちょーかっけー俺! っていうのをしたがるコンプレックスだってー。みづきも難しいことわかんないけど」

 救世主メサイアコンプレックス……確か前にどこかの本で読んだことがある。人を救っている自分という状況を好み、人に感謝されることに快感を覚える。行き過ぎるとほかの人間をわざと貶めて、自分がその人を救うという状況を無意識に作り上げてしまうという。

「今ではだいぶ良くなったんだけどねー。昔は諒タン、ひどい小児喘息だったのー。諒タンは出生時診断の時から宝石人種ジュエロイドキャリアだったのはわかっててー。ずっと一氏の病院をかかりつけにしてたんだってー。そこで入退院を何回も繰り返してたのー。でもー、そこでいじめにあっちゃって、それを助けたのが悠ちゃん」

みづきは馬の被り物を外して、今度は雑貨屋の中にずかずか入っていった。慌ててその後を追いかけて店の中に入る。狭い通路にムスクのような香りが充満して気持ちが悪い。気味の悪い置物を手に取りながらみづきは楽しそうに笑っている。

「でねでね。諒タン、悠ちゃんに助けられたのがよっぽどうれしかったのか、ずーっとついて回るようになってね。悠ちゃんもまんざらでもなさそうだったのー」

と、みづきはここまではニコニコと明るい声で話していたが、急に立ち止まると真剣な面持ちになった。おもちゃのナイフを手に取るとこっちに振り向き、いきなり僕の首筋にナイフの先を当てる。突然のことに驚き、数歩後ろに下がった。

「でも、二人が一緒にいると変なことが起きるようになったの。諒タンの喘息の発作を止める薬がなぜか頻繁になくなる」

みづきの声が低くなる。不自然に大きい茶色の瞳でこちらをぐっと見つめる。先ほどまでとはまるで別人のようだ。

「発作の薬は悠ちゃんが必ず見つけて、諒タンも周りの大人たちもみんな悠ちゃんに感謝するの。ありがとう、君のお陰だって。悠ちゃんはいっつもヒーローだった」

おもちゃのナイフが僕の首元でつーっと横に滑る。喉元のあたりにプラスチックの硬さを感じて、ぞわりと肌が粟立った。

「諒タンが小学校の五年、悠ちゃんが六年の時の夏、臨海学校があったの。夜、キャンプファイヤーをやっているときに諒タン、また喘息がおきちゃってね。やっぱり薬はなくなってて、その日は悠ちゃんも見つけられなかった。苦しい、苦しいって諒タンは喉を抑えながらヒューヒューいっててね。ずっと悠ちゃんの手を握りしめてた」

ナイフは喉から今度は胸元へとおりていく。みぞおちの真上の、胸の真ん中でナイフの先は止まった。

「結局発作は収まらなくて、悠ちゃんの腕の中で諒タンは変身した。諒タンはすっごく綺麗な栞になったの」

どん、とナイフを胸に突き立てられる。カシャ、と小さな音を立てておもちゃの刃が柄の中に引っ込んだ。

「……というわけでー。その時からずーっと、諒タンは悠ちゃんのトランサーなんだよぉ」

先ほどまでの様子が嘘のように、みづきは明るい声を出す。

「そのときの臨海学校に参加していた生徒はみーんな知ってるよー。なんとなく学内ではステージについての話はタブーみたいな空気になってるから、おっぎーや陽ちゃんは知らなかっただろうけど。びっくりしたよぉ。初めて見たんだもん、人が変身するところ」

ナイフの刃先に指を当て、カシャカシャと鳴らす。

「……代理ミュンヒハウゼン症候群か」

病人の世話をすることで周囲の関心を集めようとする精神疾患。子供に毒を盛りながら、献身的に世話をしていたという母親の症例を聞いたことがある。おそらく悠人は故意的に諒太の薬を隠していたのだろう。それを自分自身の手で見つけることで「諒太を助ける救世主」を演じてきたのか。

「みゅ? ……んー、わかんないけど、たぶんそう! とにかく悠ちゃんはめちゃやばいの! いい人っぽいけどけっこう怖いの!! だから青はやめとけってあっくんが言ってた!」

ふん、とみづきが胸をはる。確かに彼女の言うことが本当であれば悠人はやばいし怖い奴だ。だけど……。

「諒タンが心配?」

黙り込んだ僕の顔をみづきが覗き込む。そりゃそうだろう。諒太が心配だ。そんなとんでもない奴と一緒にいるなんて。どうにかしてやりたい。僕が黙り込んでいると、みづきは冷めた視線をこちらに向けた。

「諒タンを助けるのは無理だよ。トランサーになっちゃってるから諒タンは悠ちゃんを裏切れない。ほかにも何人か悠ちゃんに助けられてステージ3に上がっちゃった子がいる。それでなくても普段からあんな感じだからね、人望はすっごく厚い。学園内に青バッチつけてる生徒もいるでしょ。あれ、悠ちゃんの信者だよ。自分たちで勝手にバッチ準備してつけてるの」

悠人自身は何のバッチもつけていないのに、青バッチをつけている人間がいるのはそういうことか。でも。

「諒太は別にバッチもつけていない。そんなに悠人さんが危ない奴だっていうなら、やっぱり僕は諒太を守りたいし、何とかしてあげたいよ」

ぐっと、心を決める。高校に入って初めてできた友達だ。諒太が僕のことを守ってくれていたように、僕も諒太を守れるようになりたい。

「……守るって何? 助けるって何するの?」

すっとみづきが目を細める。

「ねぇ何をするの? トランサーになった宝石人種ジュエロイドが変身しない体に戻る方法なんてないしぃ、何をもって助けたっていうの?」

「それは……」

「ねぇ、おっぎー。おっぎーはかわいそうだから諒タンを助けたいって思うの? だったらみづきたちを助けてよ。みづきたちはもっとかわいそうだよ」

にぃ、とまた気味の悪い笑みを浮かべた。

「それってどういう……」

「あんまり余計なこと言うとあっくんに怒られちゃうからここまでにしとくね。でももし、みづきたちを助けてくれるんだったら」

ぐい、と腕を引かれてみづきの顔が近づく。耳元に生温かい息があたった。

「みづきのこと、好きにしていいよ。……おっぎーはどんなプレイが好き?」

かっと顔が熱くなる。腕を振り払い、彼女から体を離した。

「何を言ってるんだ」

「おっぎー、耳まで真っ赤になってるー。うけるんですけど」

みづきはきゃっきゃと笑う。さっきから態度がころころと変わり、どうにもつかめない。なんなんだ、この子は。

「あーあ、みづき、いっぱい話したから疲れちゃった。おっぎー、帰ろう」

すっと右手をこちらに差し出す。いまいち不完全燃焼な気もするけど、今日はここまでか。諒太も様子も気になるから連絡したいし。

 ため息をつきながら預かっていた携帯電話を手に乗せると、みづきは一瞬きょとんとした顔をし、そのあとお腹を抱えて笑い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る